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場所のあいだ

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詩集Ⅰ
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美のプラトー

美のプラトー

水面が揺れるように、春の断崖から落ちてゆくいのちの燦々。何かに耐えられずに、ひかりになった人たち。その代弁者が、笑いながらお互いを傷付けあっている稜線の上で、ぼくは1組の男女に出会った。

ぼくは尋ねた。
「あなたたちは何とたたかっているのですか?そして、なんのために?」

女性は目を閉じて、開口した。
「人間は哀しい。美を目指すものしか美しくなりえないのは、何という悲惨でしょう。美を目指すものに

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内省する雪原

純白がこの土地から言葉を奪ったとき。風は凪いだ。息さえも見えてしまう白昼に、世界はあらゆる種類の汚れを奪われてしまったようだった。すべてを黙らせ、窒息させる風景。ここに声は存在し得るだろうか。

ぼくが汚し続けている風景。この重責はぼくを、極めて冷淡に潰してしまう。土を蠢く言葉はコスモスを、脱色した上で枯らす。血液を終わらせる感情はウサギを、死ぬよりもはやく腐らせる。いきものとしての望みは絶たれて

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牧歌の眠る丘

牧歌の眠る丘

きみはまっしぐらだった。みんなここではないどこかへ行くことを望んでいたのに、きみはきみであることがわかっていて、ちょこんと座り込んで、息をするように花を摘んでいた。あまりにも楽しくて、眠れない夜もあった。そういう時は、ホットミルクを飲んで、それから、幸福のぬくもりの中で安らいだ。あの甘い匂いを覚えているだろう?

きみは恋をするように、野放しで、たくさんのきみではないものと遊んだ。たんぽぽの綿毛、

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なにもない森

なにもない森

トンネルを抜けるとそこは、なにもない森だった。なにもない、けれども明白な森が、そこにはあった。

ちからなく、すぐにへし折れてしまいそうな儚さで、草木が群棲していた。ぼくは、祈るように彼らを撫でる。彼らはぼくの存在によって揺れている。でも、そこには沈黙だけがあって、そのことがなによりもよかった。ぼくはまだ、彼らと語らうための言葉を持っていないから。

ここには、信頼のやわらかな光が降っていた。この

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終わりの海

終わりの海

子どもたちは踊っていた。甲高い声はどこまでも響き渡り、太陽は、ぼくたちが永らえるためだけの鐘を鳴らし続けていた。光と熱とが飽和してゆく中、砂浜は、歓喜とはどんなものだったかを教えてくれる。空気をたっぷりと含んだ細波は、少年のくるぶしを濡らし、また、彼らの母のもとへと帰ってゆく。

純粋さそのもののような渇望の上で、泡沫というものについて、表現し尽くすためにあったあの踊り。きっとこれは、約束だった。

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