終わりの海
子どもたちは踊っていた。甲高い声はどこまでも響き渡り、太陽は、ぼくたちが永らえるためだけの鐘を鳴らし続けていた。光と熱とが飽和してゆく中、砂浜は、歓喜とはどんなものだったかを教えてくれる。空気をたっぷりと含んだ細波は、少年のくるぶしを濡らし、また、彼らの母のもとへと帰ってゆく。
純粋さそのもののような渇望の上で、泡沫というものについて、表現し尽くすためにあったあの踊り。きっとこれは、約束だった。永遠にも似た彼らの旅路は、涙そのもののように見えた。肩を組んで躍動する少年たちを、ささくれた唇を噛みながら、潤んだ目で見つめていた。
ぼくは何と無力なのだろう。ひとりの少年を愛するよりも前から、少年たちの身体を、運動を、その奥で煌めく水平線を見つめていた。それが完成されたものであるかどうか、ぼくは判断することができない。どこからどこまでがぼくの生きてよい世界なのか、それすらはっきりしない。ただ、彼らにこの火照ったまなざしを悟られないこと、それだけを願っていた。
美しいものには終わりがあって、ぼくはそれを待ち侘びているようだった。彼らは俄かに踊るのをやめた。そして砂の上に寝転がり、各々の好きなものを、自由に点在する雲の中から、見つけ出そうと躍起になった。ぼくはりんごを見つけた。それから、空を覆い尽くす不死鳥を。でも、その種の発見は子どもたちに委ねられなくてはならなかった。ぼくは彼らの輪の中には存在してはいけなかった。多分、ぼくの身体からは、工場のような、コールタールのような臭いがするのだろう。彼らの清廉を汚してはいけないから、こうして、ハマナスがかわいく揺れている側に腰を下ろして、日が沈むのを待っていた。
気付くとぼくは揺れていた。何人かの少年が、眠りこけたぼくの体をゆすって、起こそうとしたのだった。その中の1人がぼくにミント味の飴をくれた。名前を聞かれたけれども、ぼくはなんと答えるべきか分からなかった。彼らは自ら名乗った。それでも、確かに、ぼくに名乗るべき名前はなかった。
声はここから随分遠いところにあるようだった。それがどこなのか、今はまだわからない。声は、ぼくの過去と未来を貫く矢のようであり、銀河に眠るガス状の光の砕片のようでもあった。声は、この海にはない。音でも、音声でもない、声というなまのものは。ぼくは、向き合わなくてはならなかった。なにがそれに形を与えるのか、なにがこの身体をひとつにまとめているのか、そしてそれらはどんな手法で行われているのか。
海は、酷く汚れてしまっていた。抱えきれなかった思いが、悉く流れ着いてしまうためだろうか。ぼくは、ちいさく手を振って彼らに別れを告げた。こんな終わり方は望んでいなかった。あたりはすっかり暗くなっていた。少年たちはぼくをあっという間に追い抜いていった。ぼくは満足しているようだった。もう彼らに出逢うことはない。だからこそ、このうつくしい風景は、永遠になる。ぼくは波音に感化されるようにして、あてもなく海沿いを歩いた。
そうしてぼくは、海からできるだけ遠いところを目指すことにした。
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