【Emile】1.ヤタカ
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「母さんは、僕のことを愛してくれない。」
赤土色の髪をした少年が、眼鏡の奥の青い眼を天井に向けて、不満そうに言いました。
目線の先に広がる天井は、この世界を包み込むように存在しています。天井には大きな絵が描かれており、中心には、心臓に大きな穴が空いた人のようなもの、真っ赤な色をしています。
その人間の近くには宙に浮く大きな丸。この絵は、とても昔から存在していて、何を意味するのか、誰も何もわかりません。
そして、このドーム状の天井は、まるで、外敵から身を守るように存在しておりました。絵の意味と同様に、この天井の先がどうなっているのか誰もわからないのです。
「僕は、こんなにも愛してるのに。」
「はぁ…」ヤタカは、わざとらしい溜息を吐き、さっきからずっと、自習中で話しかけては無視を貫き通している生徒を横目で見ました。
薄いグレーの髪色、中性的で整った顔立ちの生徒が本から目線を少年に移し、睨みました。ヤタカは、餌にかかったようなオヴを見つめ笑いました。目を合わせてしまったオヴは、遇らうように適当に相手しました。
「母さんは、我が子なら、誰でも愛してくれるよ。」
女王様が統治するこの世界は皆、彼女の子どもで、皆等しく、女王からの愛を受けているのは事実でした。そう呟いて、オヴは本に目線を移しました。
「だよね。僕は利口だし、可愛いしね。」
「お前以外な。調子に乗るな」
そう、付け足してしまった。オヴはこうして、ヤタカと過ごす日々が増えていったのです。
「女王に誰よりも近い、キミみたいな優秀な子供だったら、母さんに認められたんだろうね。でも、僕は至って真面目に生きているし、誰よりも母さんのこどを思っている自信があるよ。
優秀なオヴくんよりも。」
「呆れた。そんなんだからみんなに嫌われるんだよ。」
「別にいいさ一。」
少年は、生意気そうに笑いました。ほお杖をついて少年はオヴを見つめました。
「でもさ、オヴ。
僕は何のために生まれてきたと思う?
…そんなの1つしかない。」
少年が見つめるオヴの眼はまるで、黄金のように綺麗でした。
「女王のためさ。
僕は女王に拒まれたら、生まれた意味がない。
子どもは、母親から無条件に愛されるために生まれるんだ。」
そう言ったヤタカ達の側を黒い服を纏った、年上の先輩達が歩いていました。
腰には綺麗な装飾が施されたナイフ。ヤタカはそれを見て少し寂しそうな顔をしました。
「君は立派な兵士になるんだろうな。」
ヤタカは立ち上がり、ポケットに入れていた物を取り出しました。赤く光る女王の愛の塊です。
「僕が女王様なら、あんな物騒なことに愛を使わないで、こんな風に使って欲しいけどな!」
オヴがヤタカを見上げると、美しい小さな紫色の花が舞いおりてきました。
「なに、これ」
オヴは、目を見開き驚いた顔で言いました。
ヤタカは、女王様からの贈り物を使って、
花を生み出したのです。
「こんな使い方、できるんだ。」
オヴはびっくりした様子で言いました。
「可能性は無限大だよね」
そう笑うヤタカにつられそうになったオヴは、
ハッと我に返って
「おい、それ、もう二度とやるなよ。」
小さな声で注意したオヴは、さっきの黒い服を纏った人たちの方を見ました。
彼らはこちらの出来事に気づいていませんでした。それを知ってホッとしたオヴはヤタカを睨みました。
「これ以上、母親に反抗するな。」
女王様からの贈り物は、イドらを殺すためのものでした。それが、それこそが、女王の愛なのでした。
しかし、この赤く光る宝石は、本来、何でもできる可能性を秘めていました。
花を散らしたり、音楽を奏でたり、その使い方は無限大だったのです。
そのことを知る者はほとんどいません。
学校で習わないため、使い方がわからないのです。
仮に、知ったところで、誰も使おうとしません。
誰も使いこなせないのです。生徒達から見れば、ヤタカは自由に思えたでしょう。しかし、誰もうらやましいなどとは、思わないのです。
ただ、恐怖の対象でしかなかったのです。