圧縮new_11022404513_c1c102468a_z

「月の砂漠のかぐや姫」これまでのあらすじ②(第15話から第32話)


「二人だけの約束」、そして、「二人だけの秘密の名」を持った竹姫と羽。
「自分は人外の存在で、本当に一緒にいてくれる人はいないんだ」
 そのように感じていた竹姫は、このことをどれだけ喜んだことでしょうか。羽と出会えたことを、どれだけ幸せに思ったことでしょうか。でも、その竹姫の幸せに影を落とすように、夜の砂漠に大きな天候の変化が訪れたのでした。
 それは大規模な砂嵐「ハブブ」でした。
 二人は急いで駱駝に飛び乗りハブブから逃げようとしますが、とても間に合いません。襲い掛かる猛烈な風は、二人を砂上へ突き落しました。その風に乗って飛んでくる砂が次々と肌に突き刺さりました。さらにその砂は、二人に覆いかぶさってその腹の中へ飲み込んでしまおうとするかのようでした。
 このままでは、ハブブによって新しく作られる砂丘の下深くに、二人は埋められてしまうに違いありません。
 一体どうすればいいのでしょうか。
「もし私に、皆が言うような月の巫女としての力があるのなら。大事な羽を守るために、それを使いたい」
 そのように強く願った竹姫は、古から月の巫女に伝わる唄を静かに歌い始めるのでした。
 
 砂漠の天候はとても変わりやすいものです。
 夜空が削り取られるとさえ思われたハブブの狂乱も、数刻もすると収まってしまいました。しかし、その下から現れた砂漠の地形には、ハブブが残した爪痕がくっきりと残っていました。ハブブが通る前と通り過ぎた後では、砂丘の形や場所などがすっかりと変わってしまっているのでした。
「二人はどうなってしまったのか。大丈夫だろうか」
 一番離れたところから動向を見守っていた遊牧隊の隊長で羽の父である大伴は、急いで二人を探しに向かいました。その途中で彼は、二人が駱駝を探している間、後ろから彼らの様子をうかがっていた者を見つけました。急いで隠れてその者をやり過ごした大伴が考えるに、その者は砂漠の奥から引き返してくるところでした。おそらく、ハブブに巻き込まれた竹姫と羽の様子を確認してから引き返してきたであろうその者は、遊牧隊の一員で二人とも親しい、至篤(シトク)という女性でした。
 至篤が宿営地へ戻るのを確認した後で、二人の元へと向かった大伴が見たものは・・・・・・。これまでに見たことがないような歪な形をした砂丘でした。それは、「だれかが大きな手のひらを差し出して風砂から何かを守っていた」とでもいうような切り立った一辺を持つ、片側が壁となった半丘上の砂丘でした。そして、大伴が発見した「守られていたもの」とは、意識を失った羽と竹姫、そして、駱駝たちでした。
 
 それから三日後の朝、羽は宿営地で目を覚ましました。
 幸い彼は大きな怪我をしてはいませんでした。天幕を出た彼がまず向かったのは、もちろん、竹姫のところでした。ハブブから逃げるときに大けがをしていた彼女のことが心配でならなかったのでした。
 天幕の前で羽を出迎えた竹姫は、元気な様子をしていました。羽は心配で固まっていた心が、ほうっと緩まるのを感じました。
 でも、何かがおかしいのでした。彼女と羽の話はどうにもかみ合わないのでした。
 あの夜に駱駝を探し出した後、羽と竹姫は熱を出して倒れ込んでしまっていた。それを大伴に助け出されたのだと、竹姫は言うのでした。そして、ハブブなどに襲われたことなどないとさえ、彼女は言うのでした。
 ハブブに襲われたあの夜の経験は、とてつもない恐怖を羽の心に刻み付けていました。それを竹姫は「なかった」というのです。すっかり混乱した羽は、おそるおそる大事なことを竹姫に確認するのでした。そのことだけは、竹姫も「なかった」とは言わないだろうと信じて。その大事なこととは、「二人だけの秘密」、そして、羽が竹姫に送った「名」のことでした。
 すると、どうしたことでしょうか、竹姫はそのような「二人だけの秘密」を持ったり、「名」を贈ってもらったりしたことなど、全くなかったかのように振舞うではありませんか。
 羽は、すっかり惨めな気持ちになってしまいました。竹姫のことを心から大事に思い、彼女の夢をかなえてやりたい、それこそが自分の夢だと思っていたのです。それを竹姫も喜んでくれたと思っていたのは、自分一人の思い込みだったのでしょうか。
 二人の言葉はすれ違うばかりでした。深く傷ついた彼は、これまで一度も口にしたことのない言葉を竹姫に叩きつけて、その場を走り去ってしまいました。
 羽が彼女に対して口走ったその言葉は、「竹姫」、そう、彼女と周りの人とを隔てる透明な幕の象徴である、あの言葉だったのでした。
「どうして、羽がわたしを、竹姫と・・・・・・」
 竹姫には、自分がなぜあれほど羽を悲しませてしまったのか、そして、透明な幕の向こうへと彼を走り去らせたのか、その理由がまったくわかっていませんでした。
 ただ、彼は走り去ってしまいました。自分の隣から、あちらの方へと。
 天幕の中に戻り座り込んでしまった竹姫。涙を流しこそしないものの、天幕を通して差し込む朝の陽ざしの中で、彼女は寒そうに自分の体を抱きかかえるのでした。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?