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試し読み:『システミックデザインの実践』日本語版序文

2023年5月の新刊『システミックデザインの実践 複雑な問題をみんなで解決するためのツールキット』より、監修者の慶應大学 武山政直さんによる序文をご紹介します。

原書は、『This is Service Design Thinking』などの良書を多数刊行しているオランダのBIS Publishersより2022年に刊行された『Design Journeys through Complex Systems』。ドナルド・ノーマン、テリー・アーウィン、リズ・サンダースといった錚々たる面々から推薦の言葉を受けている本です。

ますます複雑化する社会課題/ビジネス課題に立ち向かうには、システム思考的なホリスティックな捉え方とデザイン実践によるアプローチが必須です。その両者の融合とも言える「システミックデザイン」にぜひ触れてみてください。

ちなみに、武山さんに監修をご依頼しようと思ったきっかけは以下の記事、ACTANTの南部さんと武山さんの対話を読んだことでした。併せてぜひ。


日本語版序文:
サービスデザインからサービスエコシステムデザインへ

武山政直

ビジネスや社会に生じる課題の複雑性の高まりから、デザインにおいてもシステム思考への関心が高まり、その方法を取り入れる動きが広がっている。デザインとシステム思考のつながりは最近に始まるものではないが、両者を結びつける意義を今あらためて考えてみる必要がある。

サービスデザインとシステム思考

サービスデザインもシステム思考との関わりが深い。サービスデザインに取り組む多くの人が、システムという言葉にまず思い浮かべるのが、複数のタッチポイントを横断するインタラクションや体験のシステムとしてのサービスの姿ではないだろうか。実際に、魅力的なユーザー体験を生み出すことを期待して、カスタマージャーニーマップ等を使い、スマホやウェブサイト、製品、店舗や施設などを連携させるシステムとして、数多くのサービスがデザインされている。また今日のサービスには、複数のプロバイダー組織の連携(MaaSなど)や、異なるタイプのユーザー間の取引(プラットフォーム型サービスなど)のように、マルチステークホルダーのシステムとして実現されているものも増えている。そのような共創型のサービスをデザインするプロジェクトでは、ステークホルダーが互いの利害関係を前提に、新たなコラボレーションの機会を求めて共同でデザインが進められている。

これらのサービスデザインの実践には、いずれもサービスを構成する要素としてタッチポイントやインタラクション、ステークホルダーに注目して、それらの関係をホリスティック(全体的)なシステムとしてまとめ上げ、世に送り出そうとする姿勢が現れている。しかしこれまで、システムとしてデザインされたサービスが、実際に社会に導入され、期待された役割を継続的に担い、広く浸透していくことができるかどうかは、デザイン後の実装や実用段階の活動として扱われてきた。ところが、近年のサービスデザインの方法論には、社会の中で繰り広げられるサービスの利用や提供のパフォーマンスを、多様なアクターが相互の価値共創を追求する慣行ととらえて、そのような慣行が成立し、持続する制度的な仕組みを含めてデザインの対象とする「サービスエコシステムデザイン」のアプローチも生まれている(Vink et al., 2020)。以下では、特にサービスエコシステムデザインの特徴を紹介しながら、本書の意義を示したい。

サービスエコシステム

サービスエコシステムとは、サービス(自らの能力を誰かのために用いることとして、かなり広い意味でとらえる)を繰り返し交換して互いに価値を共創し合うアクターのネットワークのことで、その交換をルーティン化する制度、すなわち社会規範、商習慣、生活上の慣行や風習、共通の価値観や信条、文化、表現などの一定の社会的ルールセットの共有によって特徴づけられる(Lusch&Vargo, 2014)。カフェで考えると、そのサービスエコシステムには、客や店員、経営者だけでなく、飲料や食べ物、什器の生産者や流通・配送業者、インテリアの調度品の販売業者、保健所、地域コミュニティなどを含む、さまざまなアクターが関与する。そして、これらのアクターの価値共創の慣行を、飲食店の商習慣や規制、カフェ業界のトレンドやカフェ文化の流行、地域のライフスタイル、アルバイト雇用の慣習などが支えている。またカフェのサービスエコシステムで注目するサービスの交換には、市場の交換(カフェの飲料の販売など)だけでなく、政府や自治体との税を介した交換(カフェや客が支払う税金など)や家族や知人との互恵的な交換(友達や家族でカフェに訪れるなど)、さらに人工物や自然生態系との情報やエネルギーの交換(物質資源や電力の消費と廃棄物の処理など)も含まれる。サービス交換の範囲も、カフェと客の関係に注目するミクロレベル、カフェ業界や飲食産業といったメゾレベル、さらにコーヒー農家とのフェアトレードを推奨する国際的な動きなどのマクロレベルと、適宜焦点を切り替えて、各レベルのサービス交換を支える制度の性質が階層的にとらえられる。

サービスエコシステムをデザインする

サービスエコシステムデザインは、このように複数の領域とレベルでサービスエコシステムが入れ子状に重なり合うようにして張り巡らされる世界の中で、どのようにして新たなサービスが誕生し、それが日々の活動に浸透していき、既に社会に広まっているサービスに入れ替わっていくのか、という問いを投げかける。そして、これまでのサービスデザインよりも広い視野と時間のスパンで、よりダイナミックなデザインの課題と役割を追求する(Vink et al., 2020)。たとえば、一部の国で広がっているライドヘイリングのサービスを利用する際、専用アプリを使って車を呼び、目的地まで届けてもらい、移動距離に応じた支払いを済ませ、その後ドライバーの質を評価するという一連の手続きが遂行される。そのような新たなサービス利用のルーティンは、それ以前に広がったタクシー利用のルーティンの一部を壊し(ドライバーの資格の認定制度や、手を挙げてドライバーを呼び止める、電話をかけて車を呼ぶ、利用料金を現金で支払う慣行を廃止する)、一部を維持し(移動距離に応じた料金の支払い、個人のニーズに応じた送迎などの慣行を踏襲する)、一部を他の制度を流用してそれに加える(オンラインのマッチングサービスで一般化したレイティングシステムの制度を流用して、ドライバーや乗客の質をアプリで評価する)ようにデザインされていることがわかる(Wieland, et al., 2017)。

また、ライドヘイリングサービスの普及は、その営業への規制をはじめ、さまざまなシェア(P2P)サービスの広がりやそれに対する人々の受容度、自動車のエネルギー転換の動き、AIを活用した配車技術の開発、鉄道やバスなどその他の交通サービスとの連携、さらに都市や地方の交通問題への対策や観光産業における取り組みなどの影響を受ける。このように個々のサービスは、それに関連する他のサービスや異なる産業分野、政策などのジャンルやレベルを超えた複数のサービスエコシステムのルーティンや文化、制度のもとに成立し、展開していく。したがって、デザインされたサービスが人々に認知され、利用され、次第に普及していくということは、相互に重なり合い、影響し合うルーティンや慣行や制度の、意図的な、また意図せざる変化や再編のプロセスとして理解できる。逆に言えば、そのような制度的変化をもたらすことのできないサービスのデザインは、どれほど魅力的な体験を提案できたとしても、社会に浸透し、インパクトをもたらす可能性は低くなる。

サービスエコシステムデザインへの期待

ときに、サービスと関連を持つ複数の領域の慣行や規範、ルールや文化の間にコンフリクトが生じることもあり、それが社会課題の複雑性をもたらす要因となる。たとえばファッション業界において、グローバルに広がるサステナビリティへの意識やシェア文化の推進から、衣服をできるだけ長期間使用できるように努力するサブスクリプション型ビジネスモデルが生まれている。しかし、そのような事業は、流行のスピードや手軽さの価値を訴求するファストファッションの小売事業のビジネスモデルとの間に齟齬を生み出す可能性がある。そして、ある消費者が、地元で生産された衣料品と短距離のサプライチェーンを優先するサステナビリティの考え方に同意しながらも、日常生活で重視するコストや利便性の理由からサステナブルでない従来型のルーティンを追求してしまうかもしれない(Fehrer&Wieland, 2021)。また、あるアパレル企業がサーキュラーエコノミーを標榜して自社ブランドの衣服をリサイクルするサービスを進めながら、同時に計画的陳腐化の戦略をとり、次々と新製品を市場に投入して流行を仕掛けていくといった矛盾も起こりうる。

今後の社会では、地球環境問題や社会的格差の拡大、食糧やエネルギーの危機、テクノロジーの発展などの影響を受けて、これまでに慣行化、制度化され、安定を保ってきたサービス交換のエコシステムのあり方に大きな変革が迫られる。それゆえ、サービスデザインは、ユーザーにとっての利便性や体験価値、プロバイダー企業の事業性といった範囲を超えて、既存の生活や業務のルーティンから、産業や経済、そして政府の慣行や制度、それに伴う価値観も含めた変革の可能性を検討し、それに伴う各種のコンフリクトや矛盾を乗り越えながら、より望ましい社会への移行を推進していく必要がある。そのとき、制度的再編への働きかけによってマルチアクターのサービス交換ネットワークの創発を促すサービスエコシステムデザインに大きな期待が寄せられる。

システミックデザインの方法論

しかし、サービスエコシステムデザインは方法論として発達途上であり、さらなる手法やツールの整備が望まれる。特に、システム思考の考え方や方法を取り入れることによって、多様なアクターを巻き込んだ実践的かつコレクティブ(集合的、共同的)なデザインのアプローチとして発展させることが有効と考えられる。サービスエコシステムデザインがシステム思考を取り入れるにあたって重要となるのは、生態系と人間、社会と技術といった区分を越えるソシオマテリアルあるいはソシオテクニカルなシステムとして対象をとらえ、さらに企業、消費者、政府、コミュニティなどの役割を横断してデザインの課題や機会を探り、活動を進めていくことである。その際、注目する現象が発生するレベルや、その現象に見られる特性やパターンを把握するレベルにとどまらず、そのパターンを生み出し続ける構造のレベル、さらにその構造の成立と持続を支える人々のメンタルモデルのレベルにまで目を向け、これらのシステム認識の異なるレベルのつながりを理解する必要がある。特に、複雑なシステムに発生する創発性、レジリエンス、構造的ロックインといったシステム論的な視点や、システムアーキタイプのフレームワークを取り入れることで、原因から結果への直線的推論に向かいがちな思考法や、表層的な現象への対処療法によって問題を解決しようとする拙速なデザインを回避しやすくなる。

システミックデザイン実践の心得

本書『システミックデザインの実践』は、そのようなシステム思考の主要な考え方やツールを、サービスデザインをはじめとするデザインの方法に統合し、デザインプロジェクトでの活用をナビゲートする絶好のガイドとなる。ただし、システム思考を単なるデザインの強化や拡張の道具とするのでなく、本書のタイトルにもなっているシステミックデザインを実践するうえで注意しなければならないことがある。さまざまなシステムのマッピング(視覚化)ツールをデザインプロジェクトで用いるときに、デザインの参加者が記述されるシステムを分析対象のように扱い、それを外部からコントロールして、あるいはシステム内の他者に働きかけて変化させようとしてしまう場合がある。しかしシステミックなデザインにとって、デザインに加わるステークホルダー(個人であれ、組織であれ)は皆システム内の存在であり、デザインの活動もまたシステム内で自己言及的に起こるリフレクシブな(自分自身の価値観や行動、それ支える前提を省みる)行為とならなければならない。それは、私が対象としてシステムを変えるのではなく、システム内の私が自ら変わることでシステムを変えていくようにデザインに臨む態度と言える。

本書で紹介される一連のシステミックデザインツールは、いずれもデザイン参加者の自己変容を促すものであり、さらにシステムの主要なステークホルダーの創造的対話を通じた相互の変容と、システムの認識や関係性の変化をコレクティブに引き起こすことを狙っている。したがって、これらのデザインツールを活かすために大切なのは、用意されたテンプレートに情報を埋めることではなく、ツールによってステークホルダー間の対話を触発し、各自の振る舞いやメンタルモデルへのリフレクションを促すことにある。またオットー・シャーマーがU理論で推奨するように、デザインツールキットを活用したリフクレションによって、システムの望ましい未来の姿を描き、その創造に関与する「未来の私」と「現在の私」がつながるプレゼンシングの感覚を抱くことが理想となる(Scharmer,2016)。デザインのリフレクションやセンスメイキング(意味づけ、意味形成)の方法には各種の視覚表現によるマッピングの他にも、ストーリーテリング、イメージによるコラージュや身体を動かしたロールプレイ、物理的な表現を用いたプロトタイピングなども多く用いられる。本書では認知的で視覚的なマッピングツールにフォーカスしているが、異なる感性に働きかけ、五感を刺激する各種のデザインツールや技法と組み合わせるのが効果的だろう。

ツールという名前から、つい利便性や即効力を期待しがちだ。しかし本書の著者らが形容するように、一連のデザインツールキットはコンヴィヴィアルな性格なものと特徴づけられる。つまり、それはある決められた目的やゴールに容易かつ着実に到達する手段としてのツールではなく、使い手や使う場面によって、その個性や独自性、自律性が発揮される触媒としてのツールと言える。それはまたデザイン参加者どうしのフラットでコラボレーティブな関係性を柔軟に引き出すためのものであり、使うこと、使い続けることを通じて、使い手自身が変わっていくツールキットなのである。

武山政直(たけやま まさなお)
慶應義塾大学経済学部教授。カリフォルニア大学大学院博士課程修了(Ph.D.)。経済地理学やマーケティング論を背景に、サービスデザインの手法開発や、その成果をビジネスや社会課題の解決に応用するの産学共同研究や実践活動に従事。サービスデザインの国際機関Service Design Network日本支部共同代表。2014〜2016年に内閣府経済財政諮問会議政策コメンテーターを務める。著書に『サービスデザインの教科書』NTT出版、訳書に『行動を変えるデザイン』オライリージャパンなど。


Amazonページはこちら。Kindle版(リフロー形式)もあります。

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