この生きづらい世の中で生きること

「僕なんかいないほうがいい」って
自分の悲しみが襲ってくると
何度も口癖のように
この言葉が出てくる

僕の生きづらさは
今に始まったことではなくて
泣くことさえも
許されなかったことがあった

そして今も泣こうものなら
「大人のくせに」「男のくせに」って
言われてしまうんだ
自分の当然の感情でも

「つらい」という言葉を
僕が口に出せば
「私もつらい」と返されて
言葉は空気とともに流れる

だから何も言いたくなくなる
「相談してね」と言われても
何を言っていいのかさえ
分からなくなる

「どうして言ってくれなかったの」って
そう言われても
あのときに口を塞がれて
何も言えなくなったから

自分の心を漂う「つらい」を
受け止めてくれる
そんな場所はあるのだろうか
たとえそれが気休めでも

「言わなくちゃ分からない」
分かっているけれど
言ったところで
分かってくれる人がいるだろうか

僕は何度も「ふつう」になろうとした
街やネットで溢れているような
それがひとつでも沿っていなければ
仲間はずれにされそうだから

そうして「ふつう」になろうとして
人に追いつこうとして
けれどなりたいものにはなれなくて
負債だけが増えていく

障害とトラウマがある以上
僕には「ふつう」が縁遠い
自分を心置きなく晒せる人を
今も苦々しく羨ましく見てしまう

「人はみんな違う」
「だから違いを認めよう」
けれどそうやって弾かれたのは
僕だけではないよな

「苦しい」も「つらい」も
都合良く目の前でスルーされて
見て見ぬふりをされて
僕は静かに目を閉じる

「僕なんかいないほうがいい」
そして再び口をついて出る
どんなに生きていたいと思っても
理想と現実に差がありすぎる

どんなに言葉を書いて
どんなに言葉を読んでも
なれるものなんてあるのか
あるとは信じているけれど

僕自身が
世間一般的な「ふつう」ではないから
思い通りにはならないから
現実が容赦しないから

そして今日もどこかで
打ちのめされていく
明日も明後日も
打ちのめされていく

相対化されていく
僕の「つらい」という
言葉が宙に浮いたまま
打ちのめされていく

「生きていていいんだよな」
いろんなものを抱えたまま
沈んだり溺れたりしながら
「生きていていいんだよな」

「苦しい」も「つらい」も
簡単には言えない状況の中
ギリギリになりながら
首の皮一枚で生きている

そんな証明を
こんな僕でも生きているという
そんな証明を
書くと読むを繰り返しながら行う

「あなたはあなたでいい」と
すぐ近くで言ってくれる人がいるなら
僕の命はまだ
あたたかいままでいられる

何があっても生きてきた
何かに頼りながらも生きてきた
恥もあった それでも
生きてきたことには間違いはない

もういいよな
「苦しい」も「つらい」もぶっちゃけて
それさえも咎める世の中が
いちばんおかしいんだよな

だから
「生きていていいんだよな」
「泣いてもいいんだよな」
そうでなきゃ生きていけないよな

生きづらいよ
生きづらいよな
どこかでこうでなきゃいけないと
見過ぎて決めつけていた僕よ

その「ふつう」という
忌まわしき足枷を
囚われていた呪縛を
ぶった切るなら今だ

弱音を吐こうがかまわない
愚痴が出ようがかまわない
そうでなきゃやってられないことが多い世の中で
静かに軌道に乗る日を待つんだ

僕の命よ
どうかまだあたたかくいてくれ
くたばらないでくれ
まだ終わりではないだろう

僕の命よ
どうかまだ動き続けていてくれ
あきらめないでくれ
その呼吸を忘れないでくれ

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