人生なんて最期に何を思うかだ。

人が死ぬ時に、最期に何を思うかが一番重要だと思う。死ぬ間際にどういった光景が見えるのか。 ある人は自分が苦しんできた姿、苦労してきた場面、ある人はたくさんの人が自分の死を悲しむ場面、楽しかった思い出、色々な場面を浮かべるだろう。ボクは最期の情景として浮かぶのは自分じゃなく、他の人がよいと思う。

ボクは、愛を感じて死にたい。自分は愛されて生きてきたんだなと思いながら、最後を迎えたなら幸せではないだろうか。

結局、何もかもそこに行き当たると思う。人生で辛いことや苦しいことがあって、本当に投げ出したり逃げ出したりしてしまいたくなるようなことがあったとしても、最期の最期にこんな人生でよかったって思えたならそれが1番だと思う。

そして、これだけやってるから愛されるでしょとか、いつもしてやったんだから充分だろうっていうような見返りを求める行動なら、愛は返ってこないと思う。一生懸命、他の人に対して貢献していたら、気が付いたときに愛はそこにあるもの。人生の終わる直前までがむしゃらになって何かに走り続けて、立ち止まったときに、そこにポッと愛があることに気がつく。そんな生き方が理想。

だからボクは、今やこれからの苦しいことがたくさん起こっても乗り越えて、乗り越えて、最期の最期に「いろいろ苦しいことあったけどなんだかんだ愛された人生だった」と言って生涯を閉じたい。それさえ思えれば全てがよい人生だ。それで人生の逆転は可能。まだまだ、若いボクらは人生の9回裏じゃない。最期に笑えるように今日も闘って行こうや。