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社会的インパクトを創出しても自覚が薄い企業 指標の策定を通じて社会的企業への成長を支援 紺野貴嗣さん〈後編〉

 6/29放送は、トークンエクスプレス株式会社 代表、紺野貴嗣さんの後編でした。
 
 さまざまな社会課題の解決の担い手として企業への期待が高まる中、同社は《企業がビジネスを通じて人々に変化を与え、社会全体をより良く変え「社会的インパクト」を生み出す》ためのコンサルティングを行っています。

JICAで抱いた問題意識からコンサルティング会社を起業

 私は大学卒業後、独立行政法人国際協力機構(JICA)に入職し、開発途上国の社会経済発展を支援する仕事に携わりました。具体的には、民間企業さんとともに、イラクやエジプトなど中東の国々の発展を促す事業を企画し予算を手配するというものです。

 実はこの活動を行う中で気づいたことがあります。JICAは当然、事業の成果としてその国や地域が狙い通りポジティブに変化したかどうかを評価するのですが、実際に事業の中心を担う企業さんたちが素晴らしい成果を出されているにもかかわらず、「社会的インパクト」にあまり頓着されないというか、視点をもっていなかったのです。

 もし、自分たちの仕事でこれだけ世の中が良くなったんだということを企業さんが胸を張っておっしゃるようになれば、そこで働く人たちが誇りを持ったり、新たなビジネスチャンスが生まれたりするかもしれない。そう考えて、ビジネスを通じた社会の変化=「社会的インパクト」に力点を置くコンサルティング会社を2019年に立ち上げました。
 
 企業に「社会的インパクト」を生み出しているという自覚が薄かった背景には、やはり財務指標が持つ影響力の強さがあったと思います。おそらく創業時には「社会のために」という思いも抱いていたはずですが、会社組織を維持することが先行し、だんだんとその観点が失われてしまったのかもしれません。
 
 私が会社を創業した2019年当時も「ビジネスを通して社会を変化させる」と言ってもピンとくる人はまだ少なかったように思います。しかし、時代とともにサステナビリティの考え方が浸透してきたことや、コロナ以降世界中が大きな社会構造の変化を受け止めざるを得ない状況の中で、こういったところに目を向ける人が増えてきました。今では「インパクト」という言葉に絡んで「インパクト投資」という金融分野も登場し、「ビジネスを通して社会を変化させる」という視点はどんどん伸びてきていると感じます。

 大変近い概念の金融商品で「ESG投資:(Environment(環境)、Social(社会)、Governance(ガバナンス(企業統治)」というものがありますが、こちらは指標が先にあり、それをどう満たしていくかという考え方です。一方、我々が目指す「インパクト投資」は、そこからもう一歩進めて「ではどういう社会を作っていきたいのか」というところまで持っていこうとしているので、ここが次のチャレンジになるかなと思っています。
 
 JICAは「公的な機関(日本政府)が公的な機関(途上国)を開発支援する」というスキームなのですが、私が在職していた2009年から17年あたりはどんどん民間の力が強まってきた時代でした。例えばアメリカのビル・ゲイツが作った財団がすごく大きな社会的事業を行うなど、これからは民間企業が主体的に活動する流れが来るだろうなという感覚がありました。
 
 そこでなぜ私が起業を思い立ったかというと、ひとつには開発機関が評価するようなインパクトという考え方を世間に対してきちんと伝えているところが当時はまだなかったということです。もうひとつは、昔スペインに留学していたことがあったのですが、スペインの人たちがもつ「やりたいことがあったら自分でやったらいいじゃない」というラテンの気風に影響を受けていたこともあります。
 
 そんな次第で自らやってみようと決意し、会社を立ち上げ5年ほどが経ちました。パナソニックさんやNECグループさん、商船三井さんなどの大企業の皆さんと一緒にやらせていただく中で、弊社が提供する指標とロードマップに沿って結果を出していただいていると実感しているところです。
 
 一方で、我々のクライアントになってくださる企業は社会課題にどう向き合うかという関心をもともと持っている方々、いうなれば「素養があった」と言える方々です。そうではない人たちにどうやってこちらを向いてもらうか、そこがやはり大きな課題だと思っています。

クライアントが掲げるミッションに基づく指標づくり
 ー株式会社雨風太陽の「都市と地方をかきまぜる」活動を支援

 最近お手伝いさせていただいている事例として、株式会社雨風太陽さんが行っている「ポケットマルシェ」という産直EC事業をご紹介します。同社は元岩手県議会議員の高橋博之さんがNPOから始めて株式会社化し昨年上場された企業さんで、「都市と地方をかきまぜる」という大変印象的なミッションを掲げて活動を行っておられます。
 
 このミッションはどういうことかと言うと、例えば都会の消費者、生活者の人々は自分たちの食べ物、野菜や魚や肉などを誰がどういう思いで生産したのか、どういう環境で育てられたのかをおそらくご存知ない。逆に地方の生産者の方々も、自分たちのつくったものがどういう人たちにどういう状態で食べられているのかをご存知ない。社会全体が効率化を求める中で、生産されたものが一挙に集められて大動脈に乗り、都市にいっせいに配られる物流の仕組みがそういう状況を生んでいるのだと考えられますが、雨風太陽さんはそれを「都市と地方の分断」とおっしゃっていました。そして、このことが大きな社会問題であり、またさまざまな社会問題の根源にあるとも考えておられました。
 
 私たちがお手伝いに入った時期はちょうどコロナ禍で、「ポケットマルシェ」はアプリを使って生産者さんから直接食材を購入できるサービスのため、需要が急激に伸びているタイミングでした。毎日仕事は忙しく利益はあげているけれど「本当に自分たちが目指すミッションにつながっているのだろうか」と、社内外ともに分かりにくくなっていたところで私たちが入らせていただいたわけです。
 
 「都市と地方をかきまぜる」とは、たとえば「2050年時点で地域人口の20%が関係人口になることを目指す」といった事業ですが、その手前で起こしていきたい変化を、短期的な指標として設定しました。それにより、この事業がどのような社会的な変化を目指しているのかがわかりやすくなります。
 
 同時に、これまでも有機農産物の産直宅配や生活協同組合さんがやってこられたような宅配システムが存在する中、どうやって雨風太陽さんのサービスを選んでいただけるようにするのか。その点では、これまでの効率重視の流通システムと一線を画した価値を提供する必要がありました。
 
 そもそも「都市と地方をかきまぜる」というミッションを掲げている雨風太陽さんは、生産者と消費者、また間に入る自らにとってもコストや時間がかかるやりとりの仕組みを構築されてきました。そのため、この仕組みを逆手にとり、コミュニケーションが増えれば増えるほど良い事業体なのだと定義づけることで、事業のポリシーを守っていこうとされています。「都市の人々が地方を訪れて、そこに滞在した日数」というのも面白い指標で、それも物流中心ではなく人と人との繋がりを重視していることの表れです。

全ての企業が社会的企業として成長していく仕組みづくりを

 今後目指していく方向性としては、我々がお手伝いする企業や自治体の「母数」を増やしていきたいと思っています。そもそもこれまでは、まず企業が事業を行い、その結果として社会に貢献するという順番が多かったのではないでしょうか。今後はより積極的に、こういう社会づくりのためにこの事業をやるんだという発想を持っていただき、それを発信して社内外にある種の約束をする。そういった大きなうねりを生み出していきたいと思っています。
 
 私たちはそのための指標づくりのお手伝いをしたいですし、企業で働く方々にとっても主体的に地域や社会に向き合っていくきっかけになると思うのです。ですから、ここが私たちのこれからのチャレンジかな、と。そのためには、こういった指標を策定して目標を達成できたという企業さんをたくさん輩出していかなければなりません。まずは今のクライアントのみなさんと全力で協働し、成功事例を増やしていきたいですね。 

◆中村陽一からみた〈ソーシャルデザインのポイント〉 
 「ソーシャルインパクトを見える化する」ということは、ソーシャルデザインの観点からとても重要なことだが、具体的な数値目標を掲げた指標を示すということはなかなか難しい。紺野さんらは、クライアントのミッションを深く掘り下げ理解する中で、「社会的なインパクト」を達成するための指標とそこに至るロードマップを提示し、最終的にはその企業が社会的な企業として成長するための文化や風土の醸成にもつなげようとしているところが素晴らしい。紺野さんがJICAという公的機関で途上国支援を行う経験の中で、民間企業がもつリソースや人材の力を重要視し、このセクターに働きかけることがよりよい社会づくりに必要であると信じて自ら起業された経緯も大変興味深い。
 「企業の社会的責任」と言われるようになって久しいが、紺野さんらの活動がこれまでそういった視点をもってこなかった企業に届くとともに、これからは全ての企業が社会的な企業であると言えるよう、大きなうねりが起こることを期待する。

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