#159 ニワ・ダイキは突然に【Jリーグ30周年 ガンバ大阪 vs 浦和レッズ 名勝負回顧録】第3位 明治安田生命2015 Jリーグチャンピオンシップ準決勝 浦和レッズ1-3ガンバ大阪



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1993年5月15日、華々しく開幕したJリーグ。
その翌日の5月16日、万博記念競技場で行われたガンバ大阪vs浦和レッズが、両者の因縁の始まりだった。
「Jリーグのお荷物」とさえ呼ばれた両者は同じ時期に栄華を築き、両者の対戦は「ナショナルダービー」とも称された。これまでこの両者が火花を散らした幾多の名勝負の中から、ガンバファン視点120%で印象的な名勝負をじっくり文章で振り返っていこうと思う。
第3位として振り返るのは2015年11月28日に埼玉スタジアムで行われた明治安田生命2015Jリーグチャンピオンシップ準決勝の一戦。スリリングな攻防の先に待っていた、あまりにも衝撃な結末とは…。


第4〜10位はこちらから



リザーブ:GK大谷幸輝,DF永田充,橋本和,FW高木俊幸
リザーブ:GK藤ヶ谷陽介,DF金正也,FW長沢駿,リンス



「丹羽大輝がすいません」
…ホーム最終戦、スベり散らかした丹羽大輝のスピーチに続く遠藤保仁の挨拶の第一声である。他会場のFC東京が引き分けた一報が入り、逆転でガンバのチャンピオンシップ出場が決まった事でスタジアム和やかな笑いに包まれていた。この時、クラブもファンもサポーターも、そして丹羽も遠藤も知らなかった。この一言が、後々思い返してみれば壮大な前振りであり、まるで準決勝で起こる衝撃を予言していたかのようなセリフだったという事を…。


2015年から復活したチャンピオンシップは年間勝点2位のチームと3位のチームが上位クラブのホームで準決勝を戦い、その勝利チームがホーム&アウェイの決勝を戦う形式で開催された。1stステージを無敗で制した浦和は年間4敗という驚異的な数字を残しながらも、それを上回るペースで勝利を積み上げた広島に勝点で僅か2点及ばず準決勝に回る事に。勝点72で年間1位になれなかったショックは少なからずあった事だろう。対するガンバはJリーグ史でも屈指の過密日程を強いられて取りこぼす試合が増える中、どうにか最終節で3位に滑り込む。年間勝点としては2位浦和と3位ガンバの間には9点の差があったが、同年の直接対決はゼロックス杯を含めてガンバが2勝1敗。更に前年の埼スタでの記憶を踏まえると、この試合に挑戦者的な意識というかリベンジ意識に近い感覚を持っていたのはおそらく浦和の方だったように思う。
11年ぶりに復活したCSの初戦が「最後(2004年)のCSが最初で最後のだった浦和」と「オリジナル10ながら旧制度のCSに一度も出られなかったガンバ」という1シーズン制の時代から台頭した両者だったところはどこか興味深い。

この頃の浦和vsガンバの構図といえば2000年代のそれとは真逆で、押し込む浦和と耐えてカウンターを狙うガンバの構図で試合は推移していた。実際、この試合も例に漏れずそういう試合展開として進んでいく。基本的には浦和が人数をかけて押し込み、ガンバが人数をかけて守る。攻撃陣のガンバは2トップを中心にカウンターを仕掛け、そこに両サイドハーフが追いついていく形で攻撃を試みたが、この年の浦和は前年までの反省もあってかトランジションの意識は強くなっており、素早く戻る浦和と固めるガンバの間で前半に大きな動きはなく終わる。
しかし後半、ガンバは前半とは打って変わって高い位置から押し込む急襲を仕掛けると、47分に森脇良太のパスをカットした大森が即座に折り返し、絶妙なトラップで抜け出した今野が最後はゴール右隅に流し込んでガンバが先制。この頃のガンバは遠藤や宇佐美といったスターはいたが、今野泰幸無しでは成り立たないチームだった。


スコアが動いた事もあって、浦和の攻撃は更に猛攻としての勢いを増す。だが別に、ガンバにとって何かスタンスが変わった訳ではない。しっかりと自陣を固めて守り、そこからカウンターに繋げていく。サイドの異常なまでの運動量とパトリックの機動力は、若干無茶に見えるその割り切りを現実的な作戦として可能にしていた。浦和の猛攻にさらされ続ける事が良い試合展開ではないが、ガンバも浦和に崩し切られる事はなく、むしろカウンターでの大森やパトリックのチャンスシーンのような決定機を作れていた分、試合は浦和ペースながらもその手綱はガンバが握れているようだった。
だが浦和は63分、ズラタンを投入して前線のパワーを増強させる。72分、柏木陽介のCKに合わせた森脇のヘッドはクロスバーに直撃。だがこの時、クロスバーはガンバに微笑まなかった。山なり跳ね返ったボールはズラタンの目の前へ。ズラタンはそれを押し込み、ガンバは勝つ流れに乗せかけていた試合が一転、再びイーブンに戻されてしまう。

こうなったらミシャ式を極める浦和はフルスロットル状態。技術、スピード、アイデア…彼らが持つすべてを駆使してガンバに襲いかかってきた。
だが、この日の主役はガンバのゴール前にいる。この試合を、後半アディショナルタイム以降の時間を一言で表現するならば、それは「東口順昭の為にあったような試合」だった。アディショナル、右サイドで関根貴大が大森を振り切って折り返すと、中に詰めた武藤雄樹のシュートを東口は右脚一本で弾き出す。
そして後半のラストプレー、右サイドに流れたズラタンから平川忠亮を経由し、森脇がダイレクトでクロスを送る。ファーサイドの武藤はフリーになっていた。これ以上ないクロス、これ以上ないポジション、これ以上ないタイミング……一度止まった時を再び動かしたのは、またしても守護神のセーブだった。壮絶な試合はこのプレーを最後に延長戦に突入する。絶対に決まったと思った武藤のショックは計り知れないだろう。東口に止められた彼の悔しがり方は、まるで後半終了の笛が試合終了の笛だったかのようだった。それだけに東口の神懸かり的なセーブの一つ一つが浦和を蝕み、そしてガンバには希望だった。


後半の時点でガンバは倉田秋と米倉恒貴を投入し、延長戦に入ると19歳井手口陽介も送り込む。ガンバが強度と運動量を確保してオープンな展開に持ち込むように仕向けた事もあって、延長戦はカウンターの応酬となった。引けば押される、気を抜けば刺される……絶えず訪れるスリルと、絶え間なく積もり重なっていく緊張は両チームを渦巻くドラマの上で壮絶な輝きを放っていた。
張り詰めた糸のような緊張感……異常なまでのそれを誰もが感じていた。この糸を先に緩めた方が敗者の立場を背負う羽目になる事は容易に想像できた。だが、その切ってはならない糸をぶった切ったのは、他でもないガンバのDFリーダーだったのである。Jリーグファンはこの瞬間、今までに見たことのない衝撃と直面する。


延長後半13分、お互いに攻め切るか、PK戦に賭けるかの選択を迫られ始める時間帯である。ガンバは息も詰まるような試合展開の中で、束の間の休息のようなビルドアップ権を手にしていた。
今野のバックパスを受けた丹羽はズラタンのプレスを受け、一度GKまで戻そうと試みる。だが丹羽のバックパスは到底「バックパス」と呼ばれる軌道ではなかった。敵味方問わずスタジアムに木霊したのは歓喜でも悲鳴でもなく、完全に困惑色の「え!?」。美しいループシュートの軌道…味方のバックパスゆえに手で触れない東口は懸命に脚を伸ばし、その軌道をほんの僅かに変える。転々とボールがゴールに向かって転がる時、全てのガンバファン(特に丹羽大輝)はギロチンを待つ受刑者のような気持ちだった。だが東口に僅かに触れたボールはポストに当たり、ゴールの中ではなく東口の足元に転がる。浦和が同点弾を決めた反対側のポストはガンバに微笑んだ。

浦和のゴール裏は目の前に突然転がり込んだラッキータイムに両手を突き上げ、それは浦和の一部選手も同じだった。だがその数秒後、ピッチで歓喜に沸いたのは青黒の戦士だった。丹羽大輝が切り刻んだ張り詰めた糸の先には浦和もいた。誰もが状況整理に追われている中、おそらくこの日ゾーンの中にいた東口にとっては、その空気までもが別世界の出来事だったのかもしれない。東口はキャッチやクリアではなくパスを選択。オ・ジェソクを経由し、遠藤に渡る。ピッチを俯瞰的に見ることに関してこの男の右に出る者はいない。その右足から放たれたパスはパトリックに渡り、米倉に渡る。米倉のクロスに走り込んだ藤春廣輝が逆足で叩き込む。おそらく私は死ぬまでサッカー見続ける事だろうが、人生でもう2度とこんな意味のわからないゴールは見ないと思う。それがその年一番に匹敵する大一番で起こってしまう辺りが、このスポーツが持つ最大のミステリーなのだろう。

浦和にとって、この混乱から冷静さを取り戻して追いつけ…という方がもはや酷だったのかもしれない。アディショナルタイムのガンバのFK、浦和の集中が切れた瞬間を見逃さなかった遠藤と、それに呼応したパトリックのコンビネーションで試合の全てを決定付ける。丹羽大輝が引いた引き金の行く末はあまりにも強烈なコントラストだった。丹羽大輝がすいません…。

第2位

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