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0483 死は急に訪れる

吉村昭の破船を読んだ。

どういう話なのか、あらすじは知っていたのだけれど、改めて読むと、いつそれが起きるのかハラハラする。

父親が3年間、よそで働いている間の物語なのだが、大半はとある村の日常が描かれる。
喜びも含めて、なんだか私は当たり前のようにして読んでいた。

その習慣などは、今の感覚からするとまったく異世界で、しかし、まだどこか日本の地方にはありそうな気もした。祖父や祖母あたりはこういう世界にいたかもしれない。
いや、コロナ初期のころに、何とかという妖怪がもてはやされた?のを見ると、根っこは同じか。

それはさておき、「死」は急に来る。
吉村昭の小説はいつもそうで、突然恐怖や不安が現実のものとなり、形になってやってくるのだ。
もうそこからは読むのを止められない。電車で最寄り駅が近づいているのに、あわあわしてしまった。

そしてあっという間に去っていく、死んだ人々。
生き残った側は、ぼんやりとしてしまう(読んでいる私も)

好きな作家の一人なのだけれども、ほんともう、毎回「それ」がいつ来るか、いつ来るかとハラハラして読んでいるのに、来たと思ったらあっという間にかすめ取られていて、いったい何の違いがそれを分けたのかと、しばし考え込んでしまう。

でも、「それ」はそういうもので、当たり前のように昇る日と、明日を約束する朱の夕陽は、当たり前ではないのだと、主人公に突き付けるのだ。

…しかし、主人公、まだ9歳じゃなかったかしら…

ぐったりしながら、次の本は紛争地域を旅する人の本なのだ。
明るい本は今の気持ちに合わないのでね…。

職場で、偉い人が、自分のいる1年や2年かそこらで、形にできるものしか取り組まない様子を見ていると、明るくはなれんのだよ。

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