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アモールとプシュケー〈4〉照らし出された距離

[frontispiece]Francois-Edouard Picot: L'Amour et Psyché (1817)


第4章 照らし出された距離




 アモール──愛の神クピードは強い痛みに目覚め、頬に手をやり、目を開いた。
 眠ってしまった──そう思った刹那、眼に入ったのは、燭台を掲げた妻の、蒼白な顔だった。
「プシュケー…私を、見たのだね」
 いているようなその声の深いわななきに、プシュケーは打ちのめされた。
「私の愛を疑うのだね。私が何者なのか、どのような姿をしているのか、そのようなことを離れ、ただあなたに愛してほしかっただけの私を」
 ──もう、ここにはいられないのだ。
 蜜月は終わった。立ち去らねばならない。

 臥所ふしどから半身を起こした神の輝ける裸身の背に、純白の翼があった。先刻と同じ翼の風音がする。
 幾度となく、なめらかな肩や背中の稜線をなぞっていた時には、決して翼などなかったのに。
「この姿を見たあなたは、私をおそれるかあがめるかどちらかになるだろう…だがそれは、愛ではない」
 なぜわたしは愛の顔を、そのほんとうの姿を見てしまったのだろう。人間には手に入らない完璧なるものの姿を。
 もうここにはいられようはずもない。
 卑小なる身を思い知り、いずれ老いて死んでいく人の定めの中で、嘆き果てるしかないのだろう。

 クピードは、死者のように青ざめて、ゆっくりと言った。
「その燭台を、あちらに置きなさい。あなたはもう、ここにはいられない…今日のうちに、去りなさい。地上のどこか望むところに、住処を調えるようゼフュロスに伝えておく。だが私はその場所を決して訊かぬ」
 クピードは、形の良い手を差し伸べた。最後に一度、かき抱こうとする若い神の腕から、プシュケーは逃れた。
「あなた様のお言葉などなくても、わたくしはここにはいられません」
 アモールは、もうどこにもいなくなってしまったのだと、プシュケーは思った。
 目の前にいるのは、なにか違う、別の存在だった。アモールには、もう二度と会うことはできないのだ。
 ともにした夜の深い交わりを思い、身体じゅうの力が抜けそうになる。

 いま、ここを離れてわたしはどうすればいいのだろう…ぼろをまとい半身を露わにして狂い、あてどなくさすらう、泣き女たちの姿が脳裏をよぎる…あれはみなあるいは、神々にたわむれに愛された女や男たちのなれの果てではなかったか。
「クピード様──最後に、あなたの頬の火傷やけどの、手当をさせてくださいませんか…貴方様あなたさま使つかとして」
 プシュケーは、凍り付いた表情でささやいた。神殿の女官でさえない自分は、なんと遠く隔たった存在なのだろう…。


 薬草を浸した冷たい水を布にしみこませ、そっとクピードの頬の赤い腫れにあてる。布を折り替え、取り替えて宛てがいながら、彼女は静かに泣いていた。
 クピードの、やさしげな茶色の瞳は、深い悲しみを宿して揺れていた。
 やがて彼はプシュケーの手を取り、かぐわしい薬草の香りたつ布を、玻璃クリスタルの鉢に沈めた。

 プシュケーの両手首を、それぞれの手に取ると、なにか言いさしては口をつぐみ、言い表しようのない悲しみを籠めて、二、三度揺らした。
 それから、静かに妻の肩を抱きよせた。
 プシュケーは、拒まなかった。疲れ果て、自分の身体がたまらなく重く感じられる。アモールの声をしたそのひとの肩に、頬を預けるしかなかった。

 クピードは、ためらいがちな指先で、妻の頬を流れる涙に触れた。
 妻が初めて見せたその涙は、彼女が囚われている有限なる《時間》が雫を結び、零れていく様にも思われた。それは、侵しがたい尊きもののようで、触れてもよいのかどうか、わからなかった。

 風のようにかすめて去った指を追い、プシュケーは、優しい指先の感触の残る己の頬に手のひらをあてた。
 どれほど崇高であっても、その瞳に宿るのはまぎれもなく深い優しさだった。まるで、アモールの抱擁そのもののように。
「アモールに…会いたかったの……約束を破って……ごめんなさい…」
 クピードは、たまらず妻を抱きしめた。

 プシュケーは声を殺して泣きながら、身を委ねた。拒んでもよいのかどうかさえ、定かではなかった。悲しくかぶりを振る唇だけが、アモールの名を呼んでいた。

 薄いキトンの上から、愛の神の唇や手のひらが触れて過ぎていく己の身体に、痺れるような甘やかさとともに、熱にも似た光が肌の奥へと降り積もり、雪のように光を透かせて輝くのを、プシュケーは横たえられたまま、抜け殻のように見つめていた。けれどそこには、いつものやわらかないつくしみがないように感じられ、身がすくむのだった。

 クピードは、己の神威しんいのすべてがあふれ出そうになるのを辛うじてこらえながら、凍り付いた妻の硬い身体を抱きしめた。怯えている乙女はなぜか、いつもより一層美しいのだった。
 ほとんど泣いているような声でささやく。そんな時でさえ、彼の声は馥郁ふくいくたる春の憂愁なる調べのように甘美だった。
「プシュケー…あの日から、私は自分がわからない…おそらく──私は己を恥じていたのです。あなたの姿を初めて目にしたとき、あまりの清らかさに驚いて、迂闊うかつにも、あなたを妻合めあわせるはずだった人間の代わりに、己を矢で傷つけてしまったのです」
 プシュケーは腑に落ち、そして震えた。
 なにもかもが間違いだった、ということなのだ──。

 幕引きを前に、思いの丈を収めておけない胸の裡もわかるだけに、なおさら苦しかった。
「…武神アレースの息子、射損じたことのない…おもいの矢を自在に操るはずの私が、無様ぶざまに操られてしまうことになろうとは…その哀れな姿を見られたくなくて──それでもあなたが恋しくて、このような真似を──だが私はその前にたしかにあなたの胸を射貫いぬいたのです。その炎は、まだ消えてはいないのでしょう?」
 プシュケーは、刹那、熱いものがこみ上げてくるのを感じた。それは悲しみなのか怒りなのか、判然としなかった。
「そうですわ…きっとわたしも矢に射貫かれたのです…見ず知らずの、何者とも分からぬ方に肌を許すくらいなら、その崖から身を投げた方がましでしたもの」
 腰紐が解かれる音に震え、胸元を押さえて起き上がろうともがいたけれど、却って衣を奪われてしまう。

 クピードは壊れそうなほど強く、プシュケーの裸身を抱きしめ、頬を重ねた。
 ふっと気を失いそうになり、プシュケーは荒い息をついた。寒気のように身体の奥が熱く、息苦しかった。

 クピードは何度も妻の名を呼んだ。呼び重ねることで、悪い呪縛が解けるとでもいうかのように。
 ──人間の娘は、何故か判らぬが、死ぬのだよ…枯れるのを待つほどもなく、淡い蕾のままで──予言の神アポローンの言葉が脳裏をよぎる。
 いつか死んでしまうのなら、それが今でないという保証は、どこにあるのか。

 こわばって震えている冷たい身体を抱きしめていると、死んでゆくプシュケーを暖めようとしている気がして、怖ろしくてならなかった。
「あなたはきっと、間違えて人間に生まれてしまったんだ──せめてニンフなら、もう少し長く、いっしょに生きていられたのに」
 数百年の若さと寿命を持つニンフとは違い、人間は三十年ほどしか生きられない者も多い。まだ幼さの影をどこかに残したプシュケーも、早晩、人生を終える時が来る。
 プシュケーの母国が興るよりはるか昔に生を受け、不老不死の身であるクピードには、それは須臾しゅゆの間に思えるのだった。

 これほどに短い愛ならば、せめて一度でいいから、本当の姿で、思うさま愛し合うことができたらよかったのに。
 その脳裏に去来するのは、かつてゼウス自らが懺悔ざんげのように呟いた、こんな話だった。

 恋人であるテーバイの美姫セメレーに、何でもひとつ願いを叶えるという、冥府の川ステュクスにかけた誓言せいごんを取られ、添い臥しの床で心ならずも真の姿を示すこととなった。最も軽い、ほとんど飾りのような雷電を選んだにもかかわらず、彼女は一瞬で撃ち滅ぼされたという。
 それもまた、アフロディーテの命を受けクピードが放った恋の矢が発端ではあったのだ。ゼウスの跡を継ぐ神ともなるべきディオニュソス若き神の種を育む母胎を、借りるために。

 心のままに振る舞えば、プシュケーもまたろうでできた人形のように、愛のほむらにゆらめいて、心臓から溶けだしてしまうに違いなかった。
 どの道、同じ時を過ごすことができないのならば、いっそこのままふたりで溶けて、ひとつに混ざり合いたいとさえ願う昂ぶりを、クピードはやっとの思いで捻じ伏せた。今でさえプシュケーは、苦しいのかもしれないのだ。
「ゼウスやあのハデスまでもが、恋の矢を恐れ、忌まわしいものとしてしりぞける。その熱病のような力を、身をもって知ったのだ…だが、なぜあなたはそんなに美しいのだ…女神さえも退けるほど…それが私を狂わせる」
「恋は盲目…恋とはまことに愚かなものですわね…そのようなまことの美を、この人間の身体からだれることなど、できようはずもありませんのに」
 身体の芯の奇妙な熱さにあぶられて、プシュケーの美しいおもてに玉の汗が浮いていた。

 首筋に熱い口づけを受け、プシュケーは身の裡を揺りあおる嵐もろとも、震えながら若き神の首筋をかき抱いた。
 その手に、神の証たる翼の感触を、刻み込むために。そして、ほかの思い出をすべて、葬り去るために。

 けれどそれよりも、身体中が熱くばらばらにほどけ、このままでは煮え崩れていきそうだった。苦しみのただ中で、プシュケーは、不敬と知りつつ、神の清冽なる身体の涼しさにすがりつき、ぴたりと身を添わせながら、こらえきれず喘いだ。
 クピードは、不意に全身に絡みついた透き通る妖しい熱に、身体中が燃え立つのを感じた。それは宵の口に抱いたばかりのほの白いぬくもりにつながり、彼は我を失いかけて呻いた。
 己がプシュケーに灯したはずの愛の火が、もはや御しがたく彼を圧するのだった。

 プシュケーの声がした。
 ようやく喉を漏れたそのささやきは、苦しみを伝えながらも、ぞっとするほど優艶に響いた。
「クピード…さま──」
 きみも私をその名で呼ぶのか──《情熱的な欲望クピード》の名を持つ神は、悲しみのうちに、プシュケーを抱く腕に、知らず、力をこめた。

 きみは我が祭壇に捧げられた贄代にえしろなのか──あふれんばかりの花々を人の形に結んだものなのか──思いのままに摘み取ってもよい供物くもつなのか。

「腕を──あつくて…くるしい……アモール…?」
 絶え絶えに唇を漏れたその名を耳にし、刹那、翼をあおったクピードは、ほとんど突き飛ばすようにプシュケーから身をもぎ離した。

 高い寝台から弾き落とされたプシュケーを振り返ることもできず、クピードはそのまま、哀しいほど優美な足取りで、己自身から逃げるように続きの部屋を抜け、暗い空へと飛び立った。



 大理石の床と壁に身体を打ち付けたプシュケーは、肩で息をしながら痛みをこらえた。けれど身の裡の猛り狂う熱はすっと鎮まり、胸のつかえも治まっていた。

 自分が危うく、神威しんいのために命を落とすところだったことを悟り、プシュケーは起き上がる気力もないまま茫然としていた。
 怯えるというよりはむしろ、人の身の惨めさに打ちのめされて。

 しばらくの自失ののち、ようやく起き上がったプシュケーは、蝋燭の光を頼りに夜着を拾い上げた。もはやむつびのとこに身を預ける気にはならず、アモールの残り香から遠ざかろうと、部屋の隅の長椅子に身を寄せた。

 アモールが夜ごと、彼特有の静かな指先で、すべての束縛から解き放つように肌から滑り落としてくれた絹衣を重く身につける。見れば、肩の縫い目のところが大きく裂けていた。

 羽衣を破られた天女がいたとしたら、どんな気持ちだったろう。──そのようなことをわずかに思いながら、鎖につながれたようにしてうずくまり、長い髪で顔を隠して夜明けを待った。




 日が昇ると、プシュケーは旅装に身を包み、髪紐で栗色の髪を結いあげた。身支度を済ませると、ゼフュロスの起こした風に乗って、彼女は宮殿を去った。

 もう故郷には帰らない…もう、なつかしい人々のもとにも、戻る気にはなれなかった。この後は、塵と灰の上に伏し、遠い昔に死んだ者のように独りで果てるのだ。
「辺境の森の外れにでも投げ出してくだされば」
 その声音は、研ぎ澄まされた刃のように凍てついていた。

 ゼフュロスは曖昧に頷いたようだった。しばらく風を駆り、それから言った。
「今回の件、あなたの落ち度は何ひとつないことをはっきりさせておくようにとクピードに言われていましたから、すでに王と王妃に言い含めてあります。それでも、相手が神とはいえ……その…お立場がなくなるようなことにもなりましたし、クピードの用意する館にお住まいになった方が──」
 末娘とはいえ、諸侯や王族から、輿入れの話もいくつかあるにはあった。まだ早いからと、王妃が断るので、近しくしたことはなかったけれど。おそらく、このようなことがなければ、わたしもいつかそれらのひとに嫁いでいたのだろう…。

 プシュケーのあずかり知らぬことではあったが、彼女の美しさは遠くまで鳴り響いていたため、縁談の申し込みも絶えることはなかった。けれど、王妃がミレトスの神殿で娘の将来を占ったとき、予言の神アポローンは、乙女が世俗の婚姻を結び得ないであろうことを知らしめた。──良人おっととなる者は人間のたねから出た者ではなく、翼もて虚空高く飛翔し、万物を責め、炎と剣もてすべてのものを痛め弱らす男──ゼウスさえもおそれ、冥府の暗闇さえも怖気をふるう者──と。

 王妃は、娘を誰にも嫁がせまいと心ひそかに決意し、折を見てプシュケーにそれを知らせるつもりだったのだ。
「──わたくしの父母は、クピード様だということを、存じ上げているのでしょうか?」
「いえ、明かしてしまうと、それ限りであなたがご両親に会えなくなりますから、これまでのところは一切。おそらく、アポローンの神託を得にミレトスには行かれたでしょうが、この件に関しては固く秘していますから、アポローンとて知らぬこと。ですので、お二方はご存じないはずです。必要ならすぐに伝令に参りますよ」
 ゼフュロスは、娘を心配するあまりにすっかりやつれ果てた王と王妃の姿を思い起こし、いつも朗らかな彼にしてはめずらしく、暗い面持ちになった。

「──両親は、わたしをひっそりとかくまって、世間の口の端に上らぬよう、大切にしてくれるだろうとは思います。けれど、もう故郷へは戻りませんし、クピード様の館へも参りません」
 ためらいなくプシュケーは答えた。ゼフュロスは首を振って、ため息をついた。
「そうですか…ですが私としても、あなたをどこかに放り出して帰るわけにもいかないので──お察しいただければ、ありがたいのですが…」
「でしたら、どこかクピード様の宮居みやいへ参りますわ。折を見て抜け出せば、ゼフュロス様の咎にはならないでしょうから」

 ゼフュロスは困ったように何かつぶやいた。少しためらってから、口を開く。
「──隠し立てはあなたのためになりませんから、はっきり申し上げましょう。クピードが心配しているのは、アフロディーテのことです」
「アフロディーテ様…?」
「──そもそもあなたはあの方の怒りに触れていますからね…なぜなのか、うすうす察しはつくでしょう?」
「……あるとすれば…人々がなぜか、わたしをアフロディーテ様のようだと持ち上げていたからでしょうか? それ以外に、わたくし自身はなにも失礼をしてはおりませんもの。むしろ、とうときお美しさは、世の習いにたがわずわたしの憧れでした」
「そう、そのことです。それで、女神の仰せで、あなたはこの世で最も下劣で醜い男のものになることとなり、クピードが使いに出されたわけです──」
「どのような方であれ、互いに慈しみ合うことさえできれば、下劣だとか醜いかどうかなんて関わりないことですわ。心を尽くして向き合えば、必ず慈しみ合えるとわたしは思っています──それがこの身に与えられた生き方ですから」

 我が身を嘆き、人の世の常にもなくアモールに恋い焦がれながら、ゼフュロスの言葉に怒りを覚え、プシュケーは言った。
「美しさとは魂に宿るもの。見かけの美しさが愛されるのであれば、その美はむしろ呪いでしかないわ」
 なぜ、彼はあれほどに甘く清らかな姿をしているのだろう…絶望的なまでに美しく、わたしはそれに焦がれるのだ、疼くばかりに。
 あのかぐわしさ、あの声の深いやわらかさ、暖かくて強い腕の感触。いたずらなほほえみ。
 ──自分を罰したくてたまらなかった。
 プシュケーは鋭く、決然とささやいた。
「アフロディーテ様のもとに伺い、この身に裁きを受けましょう──女神の怒りとなれば、どのみち逃れるすべはありませんもの……貴き御顔に火傷まで負わせた今なれば、なおさら」

 ゼフュロスは、プシュケーに聞こえないように、口の中でつぶやいた。
「──そもそも蝋ごときで肌を灼かれる我々ではないはずなのですがね…」
 夜更けに突然現れたクピードの、苦悩の影に青ざめ、取り乱した面差しに走る痛々しい頬の腫れを思い出し、ゼフュロスは怪訝そうに頭を振るのだった。
 そのクピードに頼まれて、ゼフュロスはエオスの空をくぐり、プシュケーのもとにやってきたのだった。
「──この身がどうなろうと、冥府で永遠の責め苦を受けるような罰より、はるかにたやすいことですわ」
「なるほど。人間にとっては、冥府の王ハデスの怒りを買うほど怖ろしいことはないのかもしれませんね。──けれどプシュケーさん」

 ゼフュロスは、西風──つまりはそよ風の神らしく、蒼い目を明るい方へ上げ、葉を鳴らす風のように涼やかな声で応じた。
「あなたはクピードが思うほどか弱い人ではありません。しなやかな、強い心をお持ちです。きっとあなたなら、クピードの頬の傷と、ひとたびきずを受けた心とを、癒やしたいと望まれる…私にはそう思えますが?」
「そのようなすべがあるのなら、どんなにうれしいか…何をすればよいのでしょうか?」
 ゼフュロスの銀色の髪を、プシュケーは見つめた。それは、はじけるままに流れ出る初夏の源流のように、のびやかで快活だった。

 西風の神は、それきり黙って、彼女を運び続けた。やがて、地上に降り立つと、プシュケーをそっと立たせた。
 夜空のごとく深い瑠璃ラピスラズリの瞳が、プシュケーを射た。
「さあ、ここです。ここはキュアネ河の岸辺。かつてペルセフォネーが良人に見初められ、冥府へ下ったその入り口です。あなたはそこで女王ペルセフォネーから、霊薬を受け取ってくるのです。生き身のまま冥府の奥底まで分け入れば、きっとアフロディーテの怒りもおさまるでしょう」


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