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2 春祭

おとうとのうつくしかりき春祭り

 弟に紅を引いた。

 今日はこの集落の春祭りだ。土地の祭神は雷の化身。稲を実らす神でもあり、この国で最古、最長と言われる刀を護る、戦いの神でもある。青年たちは皆、女装して囃子に加わる。白塗りに紅を引き、色とりどりの衣に五色の襷をかけた様は、まさに異形の列である。何故女装か?正確なところは伝わらない。そういうものだ、ということである。
 彼ら(彼女ら)は、10人ほどの組に別れ輪になり、身の丈の倍を越える棒を太鼓の調子にのせて打ち合わせながら、本殿までを列を練り歩く。
 久しぶりに間近に見る弟の顔。18の男子というのは、誠に、神とも人ともつかぬ美しさと野蛮さを併せ持つ。私は彼に紅をひくことに、一瞬、躊躇した。
―私が引いて、良いの?
―ねえちゃんがやってくれよ
 誰からの遺伝なのか。彼の唇はぷっくりと厚く、華奢ではないその体躯ににあわぬ色白な肌が、遠慮なくあざやかな紅をいとも容易く受け容れ、その事実に、姉である私は少なからず焦り、嫉妬した。
―きれいよ、あなた
―そんなことは、ないだろうけど
 そんなこと、あるよ。自分がこれだけ美しかったら、私はもっと勇気を出して、前に進めたかもしれない。これまでの自分の選んだ路、選ばなかった過去の記憶が、残酷なまでに押し寄せる。弟は、悪くない、ただ、今、透明で、美しいだけだ。
 思うに、若いとは、そういうことなのだろう。私にしても、弟にしても。
―あのね。今あなたが奇麗だって事、わすれちゃだめよ
 今のあなたは存在するだけで、誰かを傷つけてしまいかねないのだと。姉として、そしておそらく、不安定に今日を歩んできた女としての傲慢さと、男になる直前の若者たちに対する、幾分かの畏怖をもって、私は弟を祭りの列へ送り出した。

 東国一の大鳥居へ向かい、荒々しく棒を打ち付け練り歩く異形の列に、散り始めた桜の花びらが、遠慮がちに降ってきた。

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