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こんこんさま こんこんさま

 町外れのお稲荷様には、商店街のひとたちが、あれやこれやと、願い事をしにやって来る。
 まるの兄さまは、立派な「おけんぞく(稲荷の使い)」だ。稲荷様にも、町の人にもとっても頼りにされている。このまえだって、町内会のもめごとを、ちょっとご神木を揺すって見せて、くるっと治めてしまったんだ。まったく、たいした、りきりょうだ。
 それなのに、妹狐のまるときたら、泣き虫で甘えん坊で気分屋。なにひとつ、ひとりでできた、ためしがない。はやく兄さまみたいに、りっぱな「おけんぞく」になりたいなあ。
 ある日、兄さま狐が稲荷のお使いで隣町に出掛けたすきに、まるは、ひとりで「おけんぞくしゅぎょう」をすることにしたのだ。
 賽銭箱の後ろに隠れてうかがっていると、さっそくひとり、やってきた。
米屋の田中さんだ。
「こんこんさまこんこんさま。今年の夏は日照り続きで、稲の育ちが良くないんです。雨を降らしてくださいな。」
 よしきた!まるは、兄さまの見よう見まねで、雨乞いのお祈りをしてみた。
するとすると、一緒に来ていたお嬢ちゃんが、持っていた袋を落としてしまった。コロコロ、コロン。田中さんの足元に、コンペイトウが散らばった。
「ひゃひゃひゃ。これはこれは、可愛いアメが降ってきた。心配しすぎても仕方ない、もう少し気長に構えるとしよう。こんこんさまよ、ありがとさん。」
 田中さんは、面白がってくれたけど、アメと雨では、ぜんぜんちがう。
まるは、くやしくて泣き出してしまった。
それでもお供えの、のり巻きをたべると、すぐに元気になったんだ。

しばらくすると、またもうひとり、やってきた。
魚屋の大川さんだ。
「こんこんさまこんこんさま。今日の競馬は、負けられねえ。なんとか勝たせてくださいな。」
こんどこそ!まるは、兄さまの見よう見まねで、賽銭箱をトントンたたいた。
トントン、トトン、トトトトト…。あれあれ、うまくたたけない。お酒に酔ったお囃子衆の、調子外れの太鼓のようだ。
「こんこんさま!今ので思いだしやした!今日はだいじな、宴会の注文があったんだ!あぶねえ、忘れるとこだった。助かりました、こんこんさま。」
 大川さんは、よろこんだけど、まるには、なぜだか、わからない。
まるは、くやしくて泣き出してしまった。
それでもお供えのおはぎをたべると、すぐに元気になったんだ。

するとまたまた、もうひとり、やってきた。
角の本屋の木下さんだ。
「こんこんさまこんこんさま。最近めっきり、本が売れなくなりましたよ。どうしたものでしょう。
さんどめの、しょうじきだ!えっと、これは、占いだ!!
まるは、兄さまの見よう見まねで、目をつむって前足をすりすり、すりすり、すりあわせてみた。
するとね、ふわっと風が吹いてきて、紙が一枚飛んできた。下の小学校で一生懸命読み書きを練習している子供たちの、書き損じた一枚だ。
木下さんは、ぱちんと手を打って、
「こんこんさま。わかりました。買ってもらうには、読んでもらう。じぶんで読めない子供たちには、まずは、読んであげないとねえ。さっそく帰って、ためしてみますね。いつも、おちえを、ありがとうございます。」

木下さんはごきげんだけど、これは、わたしのおかげなの?
まるは、くやしくて泣き出してしまった
お供えのおむすびを食べて、元気を出そうとしたんだが、こんどは、なかなか元気が出なかった。

お願い事をかなえられないのに、お供えものだけ、いただけない
そう考えると、さすがの食いしん坊も
胸がつまるようで、たべることができなかったのだ。

みんな、にこにこ帰るけど、私は、なにもしていない。
やっぱり私には、兄さまのような「おけんぞく」になるのはむりなのかしら。
まるはどんどん悲しくなって、どんどんどんどん悲しくなって、夕暮れの空にかがやきはじめた、いちばん星がボヤけて見える。

暗くなりかけた夜の参道を、ぱたぱたぱたっ、とぞうりで掛けてくる音がした。
ボヤけた目をこらして見ると、印刷屋のむすこ、正太じゃないか。

「こんこんさまこんこんさま。明日の運動会では、どうしてもいちばんになりたいんです。これまでいっぱい練習してきた、その力を出しきれるように、お守りをひとつ、くださいな。」

どうしよう。兄さま狐がお守りを、だしたとこなんて見たことないや。
迷いに迷って、しかたがなくて、まるは、小さなドングリを正太の足元にポーンと落としてやったんだ。

正太はとても喜んで、小さな手にドングリを握りしめて、跳ねるように境内をあとにした。

次の日正太がやってきて、ぴっかぴかの笑顔でこう言った。
「こんこんさまこんこんさま。お守りを握って走ったら、一等賞をとれました。さすが、町のお稲荷さまだ。こんこんさま、勇気をくれて、ありがとう」

わたしのあげた、お守りのおかげ!まるは、こんどは嬉しくて、得意になって賽銭箱の後ろでくるくる回った。

「ひとのこころの、あつかいを、まるは、ようく、わかっているよ。お前もりっぱに「おけんぞく」の血を引く、わたしの妹なのだねえ。」
 まるをやさしくみおろしながら、兄さま狐がそう言うと、大きな大きな夕日が、真っ赤な鳥居の真ん中でキラキラ輝きはじめた。まるは、兄さまが大好きだなあ、と思いながら、兄さまのおみやげのおいなり寿司を、ちょっとずつ、ちょっとずつ、大事に大事に食べたんだ。

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