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ビジネスモデル講義02:ビジネスの構造設計とストーリーテリング

ここで紹介するイヴ・ピニュール、アレックス・オスターワルダーのビジネスモデル・キャンバスは、いまやビジネスモデルを記述する標準的なツールとして広く認知、活用されている。しかし一方で、その本来とは違う使われ方をされることも多い。「ビジネスモデル・キャンバスは情報整理には使えるが、それ以上のものではない」という指摘は、その一例である。ビジネスモデル・キャンバスを紹介した『ビジネスモデル・ジェネレーション』の翻訳者として、ビジネスモデル・キャンバスを過大評価することを慎重に避けながら、しかしその本来の姿、本来の活用方法について紹介したい。

1. ビジネスモデルの再定義

ビジネスモデル・キャンバスの議論に入る前に、まずビジネスモデルそのものについて整理しておこう。ビジネスモデルについては、さまざまな定義が行われている。諸説をいくつかの軸で分類していくと、ひとつには「儲けのしくみ」という収益性の側面を中心に捉えるか、より広く「価値創造のしくみ」として捉えるかという点がある。また、その目的について、客観的に「ビジネスを分析・評価する」ためなのか、「ビジネスのプロセスを理解する」ためなのか、はたまた「新しい事業を創出する」ためなのかといった違いがある(「ビジネスモデルの定義及び構造化に関する序説的考察」)。

ここではまず、ジョアン・マグレッタの議論を押さえておきたい。インターネットの登場により、ビジネスモデルという言葉がブームとなった。日本でもいわゆる「ビジネスモデル特許」という言葉が踊り、それさえあれば永続的な競争優位を持った事業を構築できるというような捉えられ方がされた。買うほうが価格をあげるのではなく、売るほうが価格を下げて競争するプライスライン・ドットコムの「リバースオークション特許」は、大きな注目を集めた。しかし実際には、「ビジネスモデル」の神通力は長くは続かなかった。インターネットバブルが崩壊すると同時に、ビジネスモデルという言葉もすっかり時代遅れのものとして追いやられそうになった。

そうしたタイミングにおいて、マグレッタはビジネスモデルを改めて正しく定義し直そうとした(ビジネスモデルの正しい定義 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー論文)。論文の中でマグレッタは、ビジネスモデルは「顧客はだれで、顧客価値は何か」(ピータードラッカー)や、「どのようにこの事業で儲けるか、どのような論理に基づき、適切なコストで顧客に提供するか」に答える「物語」であると定義した。この物語は人の心をつかみ、社員はその物語の中での自分の役割を見出し行動することができるようになる。

そして、ビジネスモデルを「すべての構成要素が、全体としてどのように機能するか」をシミュレーションできる、プランニング・ツールであるとし、ビジネスモデル思考が事業の成功を分ける鍵であったと指摘した。このシミュレーションは、「ストーリー・テスト」(話の筋道が通っているか)、「ナンバー・テスト」(収支が合っているか)という二点について行われる。このどちらかでも不合格となれば、その事業はうまくいかない。

マグレッタはさらに、ビジネスモデルと戦略は異なるとも指摘する。ビジネスモデルとは、「事業というパズルの各片がどのように組み合わさるのかを一つの体系として説明するもの」であり、そこには戦略上もっとも重要な「競争」が組み込まれていないのだと指摘する。(ビジネスモデル・キャンバスも、しばしば「競合他社はどこに記述するのか」という質問を受ける。)

マグレッタは具体的なビジネスモデルの構成要素については言及していない。その部分を補完したのがビジネスモデル・キャンバスであるというふうに理解すると、わかりやすいだろう。

2. 事業の構造的把握とストーリーテリング

イヴ・ピニュール、アレックス・オスターワルダーは、ビジネスモデルを戦略とプロセスの間にある建築レベルのものだと位置づける。ビジネスモデルは、実際のビジネスで行われているさまざまなディテールを捨象して記述されるものであり、また、戦略を描くときのもとにあるコンセプト的、建築的なベースとなるものだと定義する("An eBusiness model ontology for modeling eBusiness")。

その観点から、ビジネスモデル・キャンバスの作成が、単なる構成要素のチェックリストになってはいけないと警告する。そうではなく、要素間の関係性をしっかりと把握した全体のストーリーが語られなければならない、すなわち、構造として把握しなければならないという。9つの構成要素がそれぞれ、どのように全体性を支えているのかという構造的ロジックが欠かせないのである。

そしてこれは、いわゆる三段論法のようなロジックとは根本的に異なる。「人は死ぬ」「ソクラテスは人である」「ならばソクラテスは死ぬ」という高い必然をもった因果関係を記述したものではなく、どのような構造からどのような事業がたち現れるかという、組織的複雑性を持ったものとして取り扱うのである。

さて、ビジネスモデル・キャンバスをストーリーテリングのツールとして徹底するために、アレックスはワークショップにおいて、要素の書かれたポストイットを一枚一枚、空欄のキャンバスに張り替えながらステップ・バイ・ステップで説明するように指示する。また、『ビジネスモデル・ジェネレーション』の中でも、ストーリーテリングを10ページにもわたって解説する。そこでは、投資家へのプレゼンや従業員の巻き込みといった効果や、ビジネスモデルの企業視点、顧客視点での語り口の違い、また未来へのストーリー展開という時間的なストーリーの広がりや、さらにはビデオやロールプレイなどのストーリーテリングの具体的テクニックにまで言及している。アレックスは9つの構成要素を一度に見せるやり方を、「認知の殺人行為(cognitive murder)」として厳しく禁じている(5 Tips to Tell Your Business Model as a Story)。

重要なことは、世界を客観的に記述するということではなく、どのように認知するのかという認知構造なのである。

3. 事業の認識構造とナラティブ

このビジネスモデル・キャンバスのもとには、アレックス・オスターワルダーの博士論文で定義された「ビジネスモデル・オントロジー」がある。オントロジーとは存在論という意味で、ひとつの全体性(コンセプト)とその構成要素、構成要素間の関係性が示されたものとして設計された。つまり事業全体がどのような構造をもって立ち現れているかを記述しようとしたものである。

ビジネスモデルには「モデル」という言葉は含まれているものの、ビジネスモデル・キャンバスにおいては、現実の世界の複雑性をただ単純化することを目指しているのではなく、現実のビジネスの動態的メカニズムを事業の内側から、構造として捉えようとする営みである。9つの構成要素によるビジネスモデル・キャンバスは、事業を立ち上げたり経営しようとする企業人がどのように事業を見るかという、主観的な認識構造なのである。

The Business model ontology (Osterwalder 2004)

たとえば、リッツ・カールトンですばらしいホスピタリティあふれる接客を受けたとする。そうした接客がどのようにして実現しているのか、なぜスタッフは先回りしてこちらの意図を汲んでくれるのか、その背景にはリッツ・カールトンをリッツ・カールトン足らしめているビジネスの構造があるはずである。接客するスタッフの立場やその接客を受ける立場に立ってその構造に触れていこうとするためのツールが、ビジネスモデル・キャンバスなのだ。

また、Instagramが流行しているが、実際に「いいね!」の数に一喜一憂しながらInstagramをやっていくなかで、そのユーザーインターフェースの秀逸さに驚かされながら、なぜ流行しているのかを主観的に認識するための構造がビジネスモデル・キャンバスなのであり、客観的になにかを記述したり証明することを目的としたツールではない。

事業と向かい合ったときに、事業者から語られる事業、顧客から語られる事業、投資家から語られる事業などさまざまな「語られうる」事業がある。こうした語り(ナラティブ)に潜む共通した構造が、ビジネスモデル・オントロジーであり、それをもとにつくられたビジネスモデル・キャンバスは、ビジネスを語るための共通言語なのである。

4. ビジネスモデルの共通言語化

こうした背景を見ていけば、ビジネスモデル・キャンバスの共通言語としての有用性は理解いただけるだろう。経営陣の立場からも、研究開発の立場からも、また顧客の立場からも、パートナー企業の立場からも、同じ言語体系で事業を語ることができるツールなのである。

筆者の関わっているところでも、たとえば管理職研修の中に組み込むことによって、事業全体を把握しながら個々の要素の関係性をつかむスキルセットの一つとして、ビジネスモデル・キャンバスが位置づけられているケースは少なくない。新規事業提案制度の中で、経営陣と同じ視座で持って事業を語るためのツールとして、応募に際しての必須項目として位置づけられていることも多い。

また、内閣府が推進している「経営デザインシート」の中でも、ビジネスモデル・キャンバスが言及されている。ビジネスモデル群が「ユーザーが求める価値と資源を結びつける仕組みのデザイン」と位置づけられ、そこでビジネスモデルを詳細化するツールとしてビジネスモデル・キャンバスが紹介されている(「経営デザインシート作成テキスト」)。

地域活性化の議論の中でも、地域ビジネスの持続可能なありかたを模索するのに、ビジネスモデル・キャンバスが使われている。筆者の経験の中でも、「地域おこし協力隊」に対して、短時間で事業化の要諦を伝えるために活用している。地域おこしというと、利益を追求しない慈善事業的な色合いが強くなるが、そうなると持続可能な事業とならない。

さまざまな領域において、さまざまな立場の人たちによって語られるビジネスモデル。その共通言語として、ビジネスモデル・キャンバスは効果を発揮するのである。

小山龍介(株式会社ブルームコンセプト代表取締役/名古屋商科大学大学院ビジネススクール准教授/ビジネスモデル学会プリンシパル)

未来のイノベーションを生み出す人に向けて、世界をInspireする人やできごとを取り上げてお届けしたいと思っています。 どうぞよろしくお願いします。