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ホログラムで市民と対話!? 全世界が注目する台湾の"デジタル大臣"オードリー・タンが語るCOVID-19対策と新しいデモクラシーのかたち

「マスク」の行方をめぐって世界が大揺れに揺れるなか、全国の在庫状況をオンラインで可視化することでフェアな分配を実現する鮮やかな施策で世界を驚かせた台湾政府。同時に、そのプロジェクトを主導した"デジタル大臣"(正確には「デジタル担当政務委員〈閣僚級〉」)のオードリー・タン(唐鳳)の名も飛躍的に高まった。そしてその名前は、東京都が作成する「新型コロナウイルス感染症対策サイト」のGitHubに参加したことで日本でも広く知られることとなった。コロナ対策がマンパワーの容量を越えはじめ、デジタルソリューションによるアシストへの期待が高まるいまこそ、彼女のことばにいま一度耳を傾ける必要がある。台湾のデジタルイノベーションを後押しする歴史的・文化的背景なども含め、黒鳥社・若林恵の質問に1時間半にわたって答えてくれた。

【インタビュー収録:2020年3月27日11時(日本時間)】
Interviewed by Kei Wakabayashi
Translation by Taeko Ise/ Kei Wakabayashi
Cover Photo by Vernon Raineil Cenzon on Unsplash
In Cooperation With Institute of Administrative Information Systems

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唐鳳|Audrey Tang
中華民国の政治家、プログラマー。「台湾のコンピューター界における偉大な10人の中の1人」とも言われ、2016年10月に台湾の蔡英文政権において35歳の若さで行政院に入閣し、無任所閣僚の政務委員(デジタル担当)を務める。幼い頃からコンピューターに興味を示し、12歳のときにPerlを学び始めた。14歳で中学を中退、19歳でシリコンバレーでソフトウェア会社を起業した。2016年8月、唐鳳は林全内閣の政務委員に任命された。10月1日にデジタル担当の政務委員に就任、35歳での閣僚就任は台湾史上最年少。


──おはようございます。


今日はありがとうございます。お話できて光栄です。音声は聞こえますか?

──こちらこそ光栄です。聞こえてます。大丈夫です。

さぁ始めましょう。

──今日は貴重なお時間をありがとうございます。今日の調子はいかがですか?

起きてからちょうど3時間ですが、これが3つ目のビデオ会議です。マスクの大量流通やコロナウイルス対策についてアメリカの関係者とお話をしました。あちらでも、かなり話題になっているようです。

──お休みは取れていますか? それとも常に仕事をしている感じですか。週末には休めてます?

ええ、もちろん休みは取っています。ポモドーロテクニックも採用していて30分ごとに5分の休憩を取るんです。おかげで元気にやっています。


──へえ、そうなんですね。さて、このインタビューでは、行政府のデジタルトランスフォーメーションを中心にお話をお伺いしたいと思っています。その観点からCOVID-19をめぐる対策についてもお伺いすることになるかと思います。

了解です。

──いまチラと言及されたマスクの在庫管理アプリですが、日本でもかなり話題になりました。まずはこのプロジェクトについて教えていただけますか。どのように始まったのか、誰がどのような意思決定をしたのか、実際に誰がつくったのかといったあたりですが

マスクについては2つのシステムがあります。ひとつ目は薬局のマスクの在庫管理です。いつでも薬局に行って国民健康保険証を提示するだけで大人なら3枚、子どもなら5枚のマスクを受け取れます。これは「マスク配布システム1.0」と呼んでいます。これに加えて「e-mask」もしくは「e-mask2.0」と呼ばれるシステムがあります。オンラインでマスクを注文して、近くのコンビニエンスストアで受け取るというものです。わたしも昨日事前注文をしましたが、作業は1分もかかりませんでした。薬局ですと購入に何分もかかりますが、このシステムは前払い制ですし、コンビニは24時間営業なのではるかに便利です。唯一の難点は事前注文したマスクが近くの店舗に入荷するまで1週間待たなければならないことですが、それでもとても人気があります。今朝の時点で、すでに150万人以上がe-maskを使ってます。

【註|リアルタイムマスクマップと購入者の分散化】
新型コロナウイルスによるマスク不足を受けて、台湾政府は2020年2月6日からマスクの購入規制をスタート。この購入規制は、1人が購入できるマスクを大人なら週3枚に制限するというもの。身分証番号の末尾が奇数の人は月曜日、水曜日、金曜日、偶数の人は火曜日、木曜日、土曜日にしか購入できないよう制限を科した。購入制限によりマスク販売場所に指定された薬局へ人が殺到することも予想されたが、オードリー・タンの主導で政府が公開したデータをもとにした「リアルタイムマスクマップ」の登場で、薬局の在庫が一目で分かるようになり、マスクを求める人がひとつの薬局に集中することなく、分散化された。


──すごいですね。 そのプロジェクトはどのように始まったのですか。あなたのアイデアだったのか、それともチームや外部の人のアイデアですか。

薬局でのマスク配布は、蘇貞昌・行政院長(首相)のアイデアです。彼は、ユーモラスな発言や、買い占めに対して「もっと買って!」と呼びかけたことでも日本でも話題になりましたね。わたしがやったことといえば市民が開発したものを首相に見せることだけでした。2月3日だったと思います。海南省のハワード・ウーとウー・チャンウェイという人がマスクの在庫とコンビニエンスストアのインタラクティブマップのプロトタイプをすでにつくっていたのです。

動画「買い占めパニックのなか、蘇首相がもっと買うように呼びかける」


──マップを制作するためのマスクの在庫データは、どのように集めたのでしょう。すでに薬局の在庫ネットワークがあったのでしょうか。

在庫データは、基本薬局が自発的に公開しています。システムの構築は、全民健康保険(NHI)のプログラマーやコントラクターがすべてやってくれました。わたし自身はまったく手を動かしてはいません。このシステムの考え方はとてもシンプルです。毎日、薬局にマスクが届きます。それが届いたら、薬局が3枚入りのパックに分けます。それを終えたら、大人用と子供用のマスクを何パック詰めたかをVPN接続を使ってNHIのシステムに登録するだけです。とても簡単です。

──なるほど。

お客さんがマスクを受け取って、薬局がその方のNHIカードをスワイプしたら、そのデータがリアルタイムでNHIにAPIでピンバックされ、別の薬局ですでにマスクを受け取ったりしていないかなど、受取り資格が確認されます。これは二重支給を避けるためです。NHI(全民健康保険)が素晴らしいのは、一日ごとのデータではなく、数分ごとにデータを更新することに同意してくれたことで、この部分においてシビル(市民)セクターとの協働が実現しました。

──どのようにして薬局を巻き込んでいったのですか? 彼らの自主性をどのように喚起していったのでしょう。

薬局は、もともと健康保険(NHI)と契約関係がありますので、そこを通じて参加を呼びかけたわけですが、すごく小規模であったり、なんらかの理由で参加が難しい薬局は参加する義務はありません。任意参加型の「オプトアウト・メカニズム」になっていますが、ほとんどの薬局が協力してくれています。なぜなら、きちんとした衛生を国民に啓蒙するのも彼らの重要な仕事だからです。おかげで今では、マスクはきちんと手を洗ってこそ役に立つということを誰もが知っています。薬局がこのように国民の公衆衛生教育の機能を果たしていることは、今回プロジェクトに非常に役立ちました。

──どれくらいの数の薬局が登録されているんですか。

日によって異なります。「口罩儀表板」を見てみていただくとわかりますが、今日の時点では大人用マスクの在庫がある薬局は4254件、子供用マスクの在庫がある薬局は 6069店となっています。


──オードリーさんのチームは何名いるんですか?

このタスクフォースは巨大です。しかもわたしがチームをリードしたわけではありません。今回のマスクのプロジェクトは、シビックテックコミュニティと政府内のテックチーム(GovTech:政府のテクノロジー活用。政府が積極的に新しい技術を取り入れ、公的サービスをテクノロジーの力でより良いものにする活動)の主導によるもので、わたしはあくまでも、彼らが円滑にコミュニケートするためのパイプの役割を果たしているだけです。シビックテックサイドの「g0v」(gov-zero・零時政府)のCOVID-19チャンネルには、現時点で431人の市民が参加しています。政府内のテックチームにも同程度の人数がいます。わたしはどちらのチームを率いているわけではありません。わたしはこれらのチームが協力し合えるようにするパイプ役にすぎないのです。

【註|「g0v」とは?】
「ゼロから行政府の役割を再考する」をミッションとした「g0v」(Gov Zero)は2012年に立ち上がったシビックテックのコミュニティ。政府に対して徹底した情報公開と透明性を求め、数々の社会変革をもたらし、さまざまなオープンソースプロジェクトが生まれている。オードリー・タンはこのコミュニティの中心的人物で政府とのパイプ役を担っている。現在はリードプログラマーとして大規模なプロジェクトを推進することはないが、大臣となったいまも年間1,000~2,000のプロジェクトにコミットしている。


──「g0v」には、どんな人たちが参加しているのでしょう? 主にプログラマーやエンジニアですか?

そうですね。加えてデザイナーも多く参加していますし、東京都の「新型コロナウイルス感染症対策サイト」の制作を手がけている人たちも参加しています。

【註|鳳が東京に舞い降りた!】
オードリー・タンが日本で注目を集めた大きなきっかけとなったのは「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」への「降臨」だった。都の公式サイトでありながらGitHubでソースコードが公開されており、ユーザーが提案を行えるオープンソース設計になっていた同サイトにオードリー氏が言語選択欄の漢字を「繁体字→繁體字」と変更するよう提案し、その内容が反映された。このサイトの構築には日本のシビックテックコミュニティ「Code for Japan」が参加している。


──なるほど。「g0v」(零時政府)は台湾における「Code for Japan」のような組織ってことですよね。

そうですそうです。基本同じことです。サイトにアクセスすれば、誰でも参加できますよ。


──オードリーさんは「g0v」の活動にはどれくらい携わっているのでしょうか。

「g0v」は、2012年の後半にスタートしました。わたしが手がけた最初のプロジェクトは、2013年初頭に始めた「MoE Dictionary」です(台湾の複雑な言語事情を解消するために、台湾の北京語、客家語、閩南語に対応する英語・フランス語・ドイツ語の辞書を作成したプロジェクト)。それから7年以上経ちますね。


──現在、マスクマップ以外に取り組んでいるプロジェクトはありますか?

そうですね。マスクのオンライン注文システムは、新しいシステムなので、ここ数週間それに集中していましたが、とてもうまくいっています。これと並行して進めてきたのはデマ対策の取り組みで、これは日本からも注目を集めています。“Humor over Rumor”(噂よりもユーモアを)というプロジェクトです。
今年の2月にイスラエル、オーストラリア、台湾をはじめとする各国のチームがフェイクニュースにいかに対抗するかをテーマにした「US-Taiwan Tech Challenge」というイベントに招待されたのですが、そこで優勝した「ドクトリンメッセージツール」(Doctrine Message Tool)は、台湾のセキュリティソフトメーカー「トレンドマイクロ」の社員が開発したものでした。

【註|トレンドマイクロの出自】
トレンドマイクロは、創業はアメリカで、現在本社は日本にあるが、台湾出身のスティーブ・チャンが創業し、台湾に本社があったこともある。


──へえ。

このツールは、日本でも使われているLINE上で利用できるボットです。まず、ロボット犬をあなたのLINEのグループに招待します。LINEグループに10人ほどの友だちがいた場合、パソコンのウイルス対策ツールのように画像やテキストをスキャンしてくれます。ロボット犬は、ファクトトラッカーによって情報をデータベースや台湾疾病管制局のものと比較します。それが信憑性のない情報だった場合は、ロボット犬が1秒か2秒以内にすぐにユーモラスな反応をするのです。そうすると、人びとは陰謀論や噂に憤慨する代わりに、可愛いらしい犬の微笑ましい写真でなごむことになります。これは、非常に有効な手段です。また、ファクトチェックのためにより多くの政府機関に参加してもらうことにも力を入れています。

上が「Fact-Checker」。下は「US-Taiwan Tech Challenge」


──ファクトチェックというのは非常に難しいものですよね。日本ではPCR検査の是非をめぐって医療関係者が二分されるようなことも起きています。これはどちらかがデマであると言えるような類の議論ではありませんが、どちらが正しいのかを判断するのが非常に困難でもあります。そうした際のある種のファクトチェックは誰が担うことになるんでしょう。

それはインディペンデントなジャーナリストでしょう。

──そうなんですね。彼らが、双方の意見を聞き取って、それぞれの言い分を計るわけですね。

おっしゃる通りです。台湾疾病管制局が果たしている中核の業務のひとつは、毎日行なっている記者会見のライブストリーミングと同時中継されるリアルタイムの手話だと思います。これらの会見はセンター長にどんなことを聞いてもいい場となっています。ジャーナリストには情報にフルアクセスする権利が与えられており、聞いてはいけないことは何もありません。記者会見は、質問者がいなくなったときに終了します。ジャーナリストとのこうした協力関係、コラボレーションは非常に重要な鍵です。そして、そこでジャーナリストが得た回答は、いま申し上げたボットにも反映されることとなります。“Humor over Rumor”は、ジャーナリストが政策決定の全体のコンテキストを理解しているからこそ機能するものです。そうでなければ、ボットの判断は、単に気分を反映したものでしかなくなってしまい、デマやフェイクニュースをむしろ助長してしまうことになります。

──まさにそれが日本で起きています。閣僚や官僚は回答を拒み、回答することを回避するための制限が勝手につくられているような感じです。

それは文化的な相違かもしれませんが、どうでしょう。台湾では、政府よりもシビックセクター、ソーシャルセクターの方により権威があり、むしろ政府よりも支持されているほどです。もっとも現政権の支持率は、今回の事態によって非常に高いものになってはいますが。それでも多くの人びとは慈善団体やジャーナリストといったソーシャルセクターのほうをより信頼しています。台湾には、総統選挙が行われるようになる前からコミュニティビルディングの長い伝統があります。ですから、内閣は、ソーシャルセクターやその一部であるシビックテックコミュニティと敵対するよりも、むしろ積極的に協働することが文化となっているのです。

【註:ソーシャル・セクター】
social sector とは、パブリックセクター(公共セクター|行政府など)、プライベートセクター(民間セクター|企業)とは異なる中間的なセクター。非政府組織や非営利団体が管理する経済活動の分野。日本では「第三セクター」と呼ばれているものがこれに当たるが、本インタビューのなかでオードリー・タンは、この呼称を否定している。


──シビックテックのコミュニティは、国民から広く支持されているのでしょうか。日本では、そもそも「シビックテック」という言葉すら、市民権があるとは到底言えないような状況です。

「g0v」は非常によく知られています。それはg0vが、2014年に「ひまわり学生運動」のさなか議会が占拠されている期間、通信インフラを支える技術を持つ人たちを経済的に支援していたからです。2014年3月の前は誰もg0vという言葉を聞いたことがなかったはずです。知名度が上がったのは、その後です。

「ひまわり学生運動」にまつわる『WIRED』UK版の記事。オードリー・タンは「ひまわり学生運動」のネット中継に携わっていた。


──オードリーさんが入閣し、IT大臣になった時に、何か反対意見はありましたか? 年配の人からとか?

いえ、そんなことはありませんでした。わたしは、政府と“一緒に”仕事をしているのであって、政府の“ために”仕事をしているわけではないからです。先ほども言ったように、わたしは世代間、セクター間、文化間の連帯を構築する「チャンネル」なのです。それに反対している人はいないと思います。

──大騒ぎになったわけではなかったんですね。日本では、オードリーさんの年齢で大臣なんて、想像もできないわけです。

前内閣の大臣のもとで2年間働いていたという背景もあったと思います。加えて、行政府で働く人たちの仕事を外部から妨害するのではなく、彼らのリスクを軽減し、業務時間を効率化させ、国と公務員の信用を高めるためにいることを徐々に示すことができているからだと思います。2年間のインターンの間にそれを明確にできたので、役人たちはわたしが大臣に就任することに安心感があったのではないでしょうか。

──台湾政府のデジタル化は世界的に注目されるものとなっていますが、こうしたドラスティックなデジタルトランスフォーメーション(DX)にいたる動機はいったい何だったのでしょう? そのプロセスはどのように始まり、どう発展したのか、少しだけ歴史を教えてもらえませんか?

いわゆる「デジタルデモクラシー」に関して言えば、台湾で最も重要な発展の契機となったのは、もちろん「ひまわり学生運動」だと思います。「オープンガバメント」の概念のないところでは、NGOを通してデザインされた権利を通して実際に50万人もの人を路上に動員しないといけないわけです。けれども、どこにも行き着かないオキュパイ(占拠)運動や抗議運動のようにただやみくもに敵対するようなやり方ではなくとも、大まかなコンセンサスに達することはできるんです。プルーフ・オブ・コンセプト(概念実証)も、デモも行うことなく、見ず知らずの市民同士が協力しあうのはとても難しいと考えられてきましたが、それを可能にするのが、シビックテックというものの核心で、クロスセクターによる信頼というものなのです。

──なるほど。

付け加えるとすれば、ひまわり学生運動の前は、1999年に起きた921大地震も大きな契機として挙げられるかと思います。そこでは市民のみなさんが、復興のために通信を担ったり、物流を担ったりしました。台風や地震といったものは人びとを結びつけるものです。日本の方には言うまでもないでしょうが。

──つまりシビックテックというのは、ある意味デモの延長線上にあるものだと言えるわけなんですね。

はい。デモはデモンストレーションであってプロテストではありません。またデモは、世界に向けて行われるものでもあります。現在のコロナウイルスの状況を見て、多くの人が全体主義的な「国家統制」の必要性を感じていたり、あるいは逆に政府はまるっきり無能で役に立たないから政府の指示や権力をあてにしないで自助でやろうとなったりするわけですが、シビックテックはその中間をとって、ふたつの強力なセクターを、補完しあうように仕向けるわけです。

──台湾では、政府のデジタルプラットフォームにアクセスするために、国民にはデジタルIDのようなものがあるんですよね。

はい、あります。健康保険(NHI)カードがそれに当たります。台湾は単一支払者制度で、ユニバーサルアクセスとなっています。認証はしますが、それを使って書類に署名することはできません。電子署名カードや、日本のマイナンバーカードにも似た電子住民票は4分の1の人のみが持っているカードですが、健康保険(NHI)カードは、誰もが持っています。

──それが行政のデジタルサービスの基盤となっているわけですよね。

マスク配布に関しては、サージカルマスクを医療品として分類し、健康保険(NHI)カードを利用してオンラインまたはオフラインで入手できるようにしています。

──2014年以前から、政府はDX(デジタルトランスフォーメーション)を熱望していたのでしょうか。それとも学生運動を通じて、その重要性に気付いたのでしょうか?DXに対する政府の態度はどのように変化しましたか。

わたしたちは、デジタルに“トランスフォーム”(変換)するとは考えていません。どちらかというと従来のアナログのプロセスをより多くの人に届くように“増幅”していると考えています。「デジタルトランスフォーメーション」は何かを奪うものではないんです。たとえば、電子署名法を導入したときも、台湾で広く使われている木彫りの「印鑑」が「もう使えません」とは言いませんでした。印鑑は継続して使えます。電子署名も、印鑑も、どっちでもいいんです。ちなみに、印鑑の電子化を受けてマルチタッチの電子印鑑を生産するイノベーターもいて、印鑑を携帯電話のスクリーンに押しあてると電子印鑑として使えるというものです。それは“トランスフォーム”(変換)ではなく、既存の文化を「増幅」することを意味しています。

──デジタル化の話になると、つい話が「効率化」に向かいます。で、必ず「雇用が減る」と言われます。

いやいや。そうじゃないんです。むしろもっとインクルージョン(包摂)を高めようということなんですね。人びとがよりクリエイティブになり、仕事がよりインタラクティブになることで、ロボットに雑用を任せることができるようになります。日本が掲げている「Society 5.0」のビジョンもこうした考えに基づいていますよね。

──そうなんですね......ときに、オードリーさんがなんらかのプロジェクトを進めるときは、基本どんな手順で進めるのでしょうか。どうやって始めて、どのように終わらせるのでしょう。

わたし自身がプロジェクトを始めることはないんです。プロジェクトは常にソーシャルセクターやシビックテック、g0vや行政の方々のアイデアから生まれます。わたしの役割は、彼らの業務を可視化し効率化し、コラボレーションを最大化することだけです。わたしのオフィスには各省庁から派遣されているスタッフとシビックテックの人びとが半分ずついます。そして、毎週水曜日にランチやオフィスアワーを設けて、わたしのところに遊びに来てくださいと声を大にして呼びかけています。台湾国内から生み出される、どんなセクターから提出されたどんなに小さなイノベーションであっても、それがきちんと増幅されるように気を配ることがわたしたちの仕事です。ですから、わたしたちは絶えず何が起きているのか学び続けています。

──ファシリテーターというかモデレーターというか、シビックテックのコミュニティや政府からアイデアが出てきて、それを関係する省庁に橋渡しをしていくということですね。

ええ、先ほども言ったようにわたしの仕事は「チャンネル」なのです。そしてこれを遂行するにあたって、わたしは3つの原則をもっています。ひとつ目は、「自発的な協働」(Voluntary Association)です。ですから、わたしは自分からは決してアイデアを出しませんし、自分から提案にも行きません。

──そうなんですね。

ふたつ目は、ラジカルな透明性(Radical Transparency)です。わたしが議長を務める会議や、わたしが行ったインタビューなどは、このインタビューも含めて全て録音して、クリエイティブ・コモンズを使って公開しています。記録を見れば、わたしがどれだけ公共の利益のために活動をしているかを判断してもらうことができます。ただ公開するだけなのですが、こうした公開情報がセクターを超えたコラボレーションをもたらすことにもなります。文化の翻訳者のようなものです。

──いいですね。

「自発的な協働」「ラジカルな透明性」に加えて、3つ目は「空間からの自由」(Location Independence)です。これは、世界中のどこにいてもわたしを呼びだすことができるという意味です。わたしはロボットとしてホログラムのなかに登場して、世界のどこの誰とでも仕事をすることができます。これが重要なのは、台湾が日本と同様多くの島で構成されているからです。あらゆる決定は首都で行われていますが、首都にいない人は、移動のための時間を取られてしまいます。つまり「情報の非対称性」が生まれてしまうわけです。わたしが行っている「ソーシャルイノベーションツアー」では、首都から一番遠い沖合の島にもひとりで出向きます。そして、そこから首都にあるオフィスの業務も行います。台北をはじめ台中、桃園、高雄といった大都市の人も、わたしが遠くの島で開催しているタウンホールミーティングにテレプレゼンスで接続し、地元の人びとの意見に耳を傾け、意見を述べたりすることがリアルタイムでできるのです。こうすることで、地元の人たちが主役になることができますし、数時間の会合のために丸一日旅する必要もなくなります。

──面白いですね。それは、 どれくらいの頻度で行っているのですか?

コロナウイルスの前は、毎週のように行っていました。隔週火曜日に各省庁が推進しているツアーを行っていますが、シビックセクターもデバイスを使って、陳情や請願書を出したりできるので、総合すると週に1回程度ですね。

──そうしたミーティングには誰が参加するんですか? 主にソーシャルセクターの方々ですか?

地元の生協や社会起業家、先住民族の暮らす地域であれば先住民族の指導者の方が参加することもあります。

──いつからそれを行っているのでしょう?

3年間やってきました。

──それは、地域ごとの問題や課題を発見することが目的ということですよね。

そうです。今リンクを2つ送りました。1つはわたしが行ったツアーとQ&Aについてです。32の省庁がすべて参加しているのがわかります。もうひとつは、わたしたちが発見し、出会うことができたソーシャル・イノベーション組織についてです。どの郡や市がSDGsのどこのゴールに注力しているかがわかります。


──実際の反響はいかがですか?

わたしがこのツアーを始めた頃は、台湾で5分の1以下の人しか「社会起業家」(ソーシャルアントレプレナー)の存在を知りませんでしたが、いまでは3人に1人以上の人が社会起業家がどういう存在なのかを理解するようになっています。やがて彼らがメインストリームになっていくと思いますが、それの意味するところは、社会のマジョリティが、社会起業家がSDGsを達成するための中心的な存在であると認識するということです。

──ソーシャルセクターは基本的には非営利(Non-Profit)の組織ですよね?

利益を“伴う”(With-Profit)と言った方がいいかと思います。

──ソーシャルセクターで働きたいと考える若者はたくさんいますか?

ええ、とてもたくさんいます。お年寄りも多いですね。わたしたちのプラットフォームで一番活躍しているのは、15歳前後と65歳前後の方たちなんです。

──15歳? ほんとですか?

ほんとですよ。彼らは時間に余裕がありますし。それに、次世代のことを一番気にしているのも彼らです。リタイアした人たちは孫のことを気にかけていますし、未来の気候変動について言えば15歳の人たちこそがステークホルダーです。ですから、地域活性化やソーシャルイノベーション、SDGsの啓蒙などで彼らと一緒に活動することは理にかなっているのです。そしてもちろん、現役世代の人たちも、企業活動を通して、もしくは投資などを通じて彼らを支援することができます。

──同じことが日本で起きるのには、結構時間がかかりそうですが、高齢化が進む日本で、できるだけ多くの人たちにデジタルテクノロジーの恩恵が行き届くようにするにはどうしたらいいのでしょう。

定額で4Gの使い放題を提供することが鍵だと思います。

──そうですか。

はい。台湾では月15ユーロで、どこでも無制限に4Gを使えます。年配の方たちはテキストよりもビデオ通話を好みます。自由に通話できるのであれば、電話よりも人の顔が見えるビデオ通話の方がいいですし、 使い方を覚えてもらうのも簡単です。年配の方には、スマートフォンはコストも節約できるスーパーフォンなんだと思ってもらうことが理にかなっていると思います。従来の電話の通話料金は通話時間が長くなった分、高くなります。でも無制限4Gが定額であれば、1日に5時間テレビ通話しようと料金が変わりません。

──たとえばそうしたデジタルテクノロジーの使い方に対する教育に、国はどの程度力を入れたのでしょう? ITリテラシーを高めるための投資ということですが。

わたしたちは「リテラシー」という言い方をせず「デジタルコンピテンス」、および「メディアコンピテンス」と呼んでいます。「リテラシー」という言い方は、ユーザーが読者や視聴者といった受け手であることを前提としているからです。コンピテンシーは能力や適性という意味ですが、「あなたがつくり手である」ということを意味しています。高齢者や子供たちにデジタルセンサーの入門クラスをするとき、わたしたちはいつも「あなたはつくり手なのです」と伝えます。デジタルネットワークのなかでは、何かを撮影したい人は撮影をして、それをみんなと共有することができます。みんながつくり手であるという前提に立てば、みんなに、ジャーナリストがどのように働き、情報ソースをどうチェックし、どんなふうにファクトチェックを行っているのかを、学んでもらうことができます。受動的な視聴者や読者にそれを教えることは大変困難です。それが社会にも生産にも役立つスキルなのだということを念頭に学んでもらい、かつ、誰もが民主的にさまざまなソースにアクセスできるようにすることが大切です。

──ITテクノロジーを行政府が最大限に活用していくにあたって、推進しやすい部門とそうでない部門とがあるような気がするのですが、いかがでしょう。行政のデジタル化は、どこから手をつけるのがいいのでしょうか。

手作業が面倒だと感じる業務があれば、それをデジタル化するのが一番手っ取り早いかと思います。フェイクニュース対応のボットがいい例です。家族とのグループチャットのなかでいちいち誰かが誤りを指摘するのは面倒で時間もかかりますよね? そこにデジタルは関与することができます。オートメーションのチャンスがあると感じたところ、それが誰でも同じようにできる非常につまらない仕事だと感じたところ、最低限のトレーニングをして、誰がやってもスピードと正確さしか違いがないところ、そこがデジタル化とオートメーション化を図るポイントです。

──政府内で、先進的な省庁と遅れている省庁のギャップはありますか?

あまりないですね。というのも国民と向き合っている省庁は、どこも同じ問題に直面しているからです。そこで台湾では、全省庁の共通のオープンデータプラットフォームである「data.gov.tw」と、共通の参加プラットフォームである「join.gov.tw」を立ち上げ、データの共有を行うようにしました。国家発展委員会(NDC)は、長期計画を立案と同時に、あらゆる省庁が同じKPIに則って動くように監査しています。他の省庁がオープンデータのプラットフォームに参加するときのハブのようなものです。つまり省庁がすべきことは、このプラットフォームに参加し、協議や審議のプロセスをそれに沿うようにコミットすることだけです。技術的なところは、すべて国家発展委員会がやってくれます。

──地方自治体とはどのように連携しているんでしょうか?

自治体は一般的に、独自の予算とデジタル化のビジョンを持っていて、ときには中央政府よりもはるかに進んでいます。わたしたちは最も優れた事例となる6つの自治体を選びだし、彼らのアイデアを広めるようにしています。R&Dにおいては先行者が常にコストをかぶることになり、後続者は初期の研究開発費を負担しなくて済みます。初期の研究費はそれぞれの自治体が負担しますが、開発のところについては、中央政府が介入して、県や小規模地域、農村地域などに便乗してもらうことで負担を軽減できるようにしています。このようにいくつもの自治体が参加するような形の予算の組み方は、台湾の他の地域に広まる前に市町村の自治体レベルで始まりました。

──あるシステムやプロジェクトが機能していることが証明されれば、それを公共資産にできる、ということですね。

ええ、その通りです。わたしが伝えたいのは、これもオープンイノベーション・ネットワークの一例だということです。ですから、わたしたちは台湾の自治体と日本の自治体の区別もしていません。東京都がコロナウイルス感染拡大のためのダッシュボードを作成したら、国際化のための翻訳を手伝い、台湾の人にも読んでもらえるようサポートします。シビックテックコミュニティの情報部門も同じダッシュボードをもっていますので、東京で開発されたソリューションを台湾で実装し、台湾の状況を日本語で読んでもらうために使うことも可能です。ここ台湾でおきたイノベーションが流れを遡ってオリジナルである日本版にも貢献することができるわけです。

──それぞれの地方自治体には、オードリーさんと同じような立場の人がいるのでしょうか。

各自治体のIT部門は、より短期的な喫緊のニーズを重要視しています。市民からの非常に具体的な課題に対応しなくてはいけませんので。一方で中央政府は、標準化や国際化といった仕事にあたることとなります。たとえば、GDPR(一般データ保護規則)のコンプライアンスといったことですね。つまり、中央政府と地方自治体とが補完的な役割を担ってわけです。お互いの足を踏み合うのではなく、オープンデータに関する明確な基準を設け、それに則ったかたちで、ある地方自治体が実践したいい事例があれば、それをほかのあらゆる自治体が真似することができるようにしていくのです。

──自治体がやっているいい実践例などは、どのように把握しているのでしょう。定期的にコミュニケーションを取っているわけですか?

そうですね。地方自治体のCIO、CTO、CDO(Chief Data Officer)を束ねる「Smart Region」という仕組みがありますが、わたしたちは、都会と田舎の両方の意味を持つ「新尊」(shinzon)という言葉を使っています。それ以外にも総統主催のハッカソンのような仕組みもあります。総統ハッカソンには、市町村も含まれていますので、市町村の情報部門にアイデアを提案することができます。これによって、非常に早い段階で社会福祉サービスを作動させることができます。さらに国全体のサービスを提案することもでき、受賞したアイデアは実際に国に採択されることになります。1年の間に授与されるのは5つの賞ですが、これは一種のマイクロ政策立案装置とでもいうべきもので、 3ヶ月でまとめあげたアイデアを、12ヶ月以内に実際の政策として実装することを首相が約束しています。

──へえ。これは年に一度ですか。

ええ、年に一度です。

──面白いです。

実は日本向けのプロモーションビデオもあるんです。YouTubeや、総統ハッカソンのサイトでも見ることができます。


──なぜ日本語のものがあるんですか?

インターナショナルなイベントだということです。

──実際海外からの参加者はいるんですか。

もちろんです。去年の優勝者は、ホンジュラスとマレーシアの参加者でした。

──ほんとですか。こういう言い方をすると語弊もあるかとは思うのですが、COVID-19をめぐるこの状況のなかで、多くの政府が新しいシステムや新しい方法論を実験するチャンスだと感じているのではないかとも思うのですが、オードリーさんもそのように感じていらっしゃいますか? 

比喩的な言い方になりますが、今回の状況下で、人びとはお互いの顔を、いつもよりもはっきりと見ているような感じがします。マスクをしたまま人と対面するよりも、よりくっきりと相手のことがわかるというか。これが、つまるところ、一種のデモ、デモンストレーションということの意義なんだと思います。普段あまりビデオカンファレンスをしてこなかったような人は、一昔前の遅くて画質の粗いビデオ会議の印象のままでいたかもしれません。でも今は、いとも簡単にできますよね。レイテンシーも気にせずにやれるようになりました。驚くほど使いやすくなっていますので、おっかなびっくりしていた人でも簡単にやれるようになっています。ビデオカンファレンスだけでなく、今回の事態を通して得たテクノロジーをめぐるポジティブな体験を人は忘れることはないように思います。

──その一方で、デジタルテクノロジーに対して、それが監視社会につながるのではないかという懸念も強くあります。そのモデルとしてかたや全体主義的な中国本土のようなモデルがあり、かたや巨大テック企業がスーパーパワーをもつアメリカのモデルがあります。

そうですね。一方に、テクノクラシーによる全体主義的監視国家があり、一方にコーポレートキャピタリズムがあります。これが極の両端ですよね。公共セクターと民間セクター、それぞれにおけるエクストリームですが、このように、公共セクター、あるいは民間セクターを肥大化させてしまうと、ソーシャルセクターが無視されることになります。ですから、わたしは、「PPP」(Public Private Partnership)という言葉にアレルギーをもっています。なぜなら「シビルセクターは? ソーシャルセクターは?」と思うからです。「第三セクター」と呼んで、いかにもマイナーなもののように扱うのではなく、わたしたちは正しい言葉でそれを呼びたいと思っています。わたしたちは、ソーシャルセクターがデータを所有すべきだと明確に主張しています。ソーシャルセクターがデータ連携、データ活用の土台を構築し、ソーシャルセクターが設定したアジェンダに対して、公共セクターにそれを社会化することを促し、同時に、民間セクターに対しても彼らの保有する資本資源を提供するように説得していきます。ソーシャルセクター主導のアプローチは、官主導と民間主導の折衷案ではなく、それ自体が独立したあり方なのです。

──それは、興味深いです。台湾のソーシャルセクターが強いのは、歴史的にどのような背景からなのでしょうか。

社会民主主義的なコミュニティづくりは、少なくとも80年代から始まっていますが、それは戒厳令の解除が検討され始めた頃にまで遡ることができるかと思います。ご存知のように台湾では総統選挙は1996年まで行われていませんでしたから、ソーシャルセクターは総統選挙が行われる10年以上も前から、その存在感を高めてきたということになります。それはわたしたちにとっては非常に幸運なことでもあり、それが台湾という国を定義づけているものでもあるのです。わたしたちは自分たちの国を「民国」と呼んでいます。文字通り市民の共和国でという意味です。直接参加型のデモクラシーについて言えば、これは孫文以来の伝統で、彼はその理論を英国のヘンリー・ジョージに学んだのです(*)。ヘンリー・ジョージはソーシャルセクターの思想家で、左翼でも右翼でもなく、ソーシャルなんです。

*5月8日に修正|修正前「直接参加型のデモクラシーについて言えば、これはヘンリー・ジョージの理論を学んだ医師や科学者たちによって推進されてきました」


──先ほどオードリーさんは、ラジカルな透明性ということをおっしゃいましたが、オードリーさんと同じように徹底的に情報を公開することは、他の大臣も同じようにやられているんでしょうか。

わたしがこれまでに政府で開発したツールはすべてフリーソフトです。ですから、よその省庁が、たとえばオープンガバメントに関する国家行動計画のマルチステークホルダーフォーラムを開催した場合、わたしは内部のベンダーのようなものですから、どこにもお金を払わずに同じツールを使うことができます。その方がみんなの時間もコストもリスクも節約できます。だからみなさん喜んで使ってくださるのですが、といって強制するわけではありません。わたしのオフィスには、どこの省庁からでも人をよこすことができますが、といってもすべての省庁がそうするわけではなく、防衛省のように誰も送ってこないところもあります。ですからわたしは国防については何も知りません。すべて、彼らの自発的な選択です。

──防衛省も参加してくれればいいのに、とは思わないですか?

あくまでも彼ら次第です。わたし自身にはこうしてほしい、ああしてほしいということは一切ないんです。外務省も当初は誰も送ってきませんでしたが、ジョセフ・ジャウシェ大臣が外務大臣に就任してTwitterアカウントを開設したところ大人気になり、わたしの部門に気づいたのです。とはいえ、外交を民間と協働で執り行うというようなことはなく、Twitter外交といった程度のことで協力を求められたわけですが、それから彼はわたしのオフィスにも代表者を派遣してくるようになりました。

──「ラジカルな透明性」に対して、内閣から反対意見が出たり国家安全保障との対立が起きたりしませんか?

「ラジカルな透明性」とは透明性が根底にあるということ、透明性が前提だということです。もし会議中に友人の話をして、その友人が自分の話を外に出すのを許可しなかった場合、議事録を公開する前に、もちろん、その友人のことは匿名化します。それは良識の範囲内での個人情報保護ですよね。といって、これが「ラジカルな透明性」に反しているということにはならないんです。「ラジカルな透明性」は「デフォルトで開かれている」という意味でしかないので、プライバシーや望ましい判断を無視して何でもかんでも公開してしまえということではありません。透明性と個人情報保護は、相反するものではありません。

──透明性に違反したら罰せられるとか、そういう強制力はあるんですか。

透明性がイヤであれば、わたしに面会ができなくなる。それだけのことです。これがわたしが蘇貞昌内閣に望む公式訪問の原則です。その原則に違反して、秘密裏にロビー活動をしようとしたり、業務規定、法律上の協定に違反するようなことを求められたら、わたしは公務員倫理の部署に報告しますが、それは法律で定められていることでもありますからね。

──マスクやボットのようなプロジェクトをリードするとき、誰がそのプロジェクトを決裁するんですか?

政策決定を行うのはもちろん、行政院長(首相)です。わたしたちが提案したすべての規制や予算は首相の承認が必要となりますが、わたしは政府を横断的にまたぐ大臣なので決められた予算もなく、自分の関わる事案は、閣僚予算から出ています。それぞれの省庁がそれぞれの役割を果たせるようにすることがわたしの役割ですから、「さあ、この予算を使っていいぞ」と言って与えられるものはありません。わたしには予算も人員も分配する権限もないんです。それぞれの省庁の困りごとに対してなんらかのアイデアを提案し、そのアイデアを行政院長(首相)に持って行き、彼がOKと言ってくれたら、各省庁がそれを実施するために必要な予算を得ることができるというわけです。

──なるほど。

完全に横断的な組織なんです。

──プロジェクトの予算はあくまでも当該の省庁に割り当てられると。

まさにその通りです。

──COVID-19対策のなかで民間企業は、どのような動きをされているんでしょうか。オードリーさんが巻き込んで、一緒に連携したりしているのでしょうか?

ええ、それもかなりやっています。社会に受け入れられる解決策があって、それを実施するために大掛かりなプロダクションが必要な場合には、民間セクターにお願いするのが一番いいかと思います。それこそが彼らの得意分野なわけですから。g0vのプロジェクトで作成したボットのプロトタイプとなった「CoFacts」は、非常にシンプルなボットから始まりました。それに「LINE」が目をつけて、彼らのダッシュボードに、同じようなものを埋め込んだのです。ですから「factcheker.me」のダッシュボードは、CoFactsのそれとそっくりなのですが、LINEがスポンサーとなったことで、開発リソースも潤沢になりサービスの展開規模も格段に大きくなります。ソーシャルセクターは、LINEがもっているようなインフラストラクチャーはもっていませんから、民間企業が入ってくることでスケールの経済を作動させることができるようになります。

──それはコラボレーションと言っていいんでしょうか。

オープンイノベーションのなかでは、プライベートセクターとソーシャルセクターの境目を見分けるのはとても難しいですよね。というのも、g0vで活躍している参加者は、本職でIT企業に勤めている人も多かったりしますし、メディア企業やTSMC(台湾セミコンダクター・マニュファクチャリング・カンパニー)などで働いている人も少なくありません。犬のボットもトレンドマイクロのペットプロジェクトとしてスタートしたものでしたが、トレンドマイクロの公式製品ではありませんでした。けれども賞を受賞したことをきっかけに、トレンドマイクロは、より多くのリソースをこのプロジェクトに投入しました。オープンイノベーションに取り組んでいると、セクター間の線引きが非常に曖昧になってしまうのです。

──そうですね。ちょっとあといくつか個別の質問があるのですが、いいですか?

大丈夫ですよ。まだ時間はあります。

──プログラミング教育を受けるのに最適な年齢ってありますか?

150歳以下なら何歳でもいいと思います。150歳以上についてはちょっとわかりません(笑)。

──日本政府は小学校からプログラミング教育を始めようとしましたが、効果があると思いますか?

台湾では、ロジックやプログラミングを教える際に、おもちゃのように触れられるインタラクティブなツールをたくさん使います。アルドゥイーノをベースにしたものやスクラッチベースのインタラクティブなものなど、それほど高度な知識は必要ありません。子供たちはそれが大好きなんです。そういうものに触れるのが早ければ早いほうがいいというのは、プログラミングはただの言語ではなく、思考方法だからです。コンピューテーショナルシンキングやデザインシンキングを身につけていくことなんです。ですから早ければ3歳か4歳くらいの子どもたちに、デザイナーやプログラマーのように話しかけることは、それだけでプログラミング教育なのです。プログラミング教育とは、プログラミング言語を覚えることではないんです。

──デザインシンキングのお話が出ましたが、イギリスやデンマークのような国では、行政府もアジャイル型開発に移行しようとしています。台湾ではどうですか?

そうですね。ただ、台湾には、アジャイル開発を使うべきときと使用すべきでないときを策定した政府のデジタルサービスガイドライン(Government Digital Service Guideline)というものがあります。大まかに言いますと、自分がどのような問題を解決しているのかがわからないときにはアジャイル開発を行い、解決しようとしている問題がわかっているときは、そこで必要なのは「最適化」ですから、アジャイル開発は意味がありません。そうしたこともガイドラインのなかには含まれています。

──たしかにその通りですね。これで最後ですが、情報技術やデジタルテクノロジーは、現在のこのような状況でどんな希望を与えることができるのか、メッセージをいただけますか。このような時に、デジタルテクノロジーが持つ力についてメッセージをいただけませんか。

お気に入りのレナード・コーエンの詩から引用します。

Ring the bells that still can ring
Forget your perfect offering
There is a crack, a crack in everything
That's how the light gets in

まだ鳴らせる鐘を打ち鳴らせ
完璧な捧げ物なんて忘れてしまえ
すべてのものはひび割れている
光はそこから射しこんでくる

——レナード・コーエン「Anthem」


──かっこいい。レナード・コーエンのファンなんですね。

そうなんです。

──レナード・コーエンのお話が出たところでせっかくなのでお伺いしたいのですが、文化支援のための政策やプログラム、プロジェクトにも取り組んでいたりはしますか?

はい、文化部でたくさんやっています。たとえば歴史的建造物のデータをVR用にデジタル化するために行なった投資は、この間のソーシャルディスタンシングの観点からも、いま本当に実を結んでいると思います。携帯端末やVRを使って美術館に行ったりすることができます。いまは、誰もが家で時間を持て余していますから、アートやカルチャーをより深く体験するには、絶好のタイミングだと思います。

──音楽業界はどうですか。

最近、バンドの半分のメンバーが台北にいて、残りのメンバーが別の都市にいるのを5Gでつないでジャムセッションを行うという実験が行われました。これは、音楽業界を本当に自由にすると思います。大きなドームでなくても、文字通りどこでもライブパフォーマンスができるようになるのですから。現在のような状況のなかでもです。オンラインでジャムることができるようになれば、ほとんどのことができるようになります。音楽の演奏が何よりも通信の遅延が許されないわけですから。それができれば、他のことはほとんど何でもできますよね。

──うまくいきました?

ええ、かなりうまくいきました。

──すごいすね。最後にもうひとつだけ。オードリーさんのお名前は、漢字で書くと「鳳凰」の「鳳」、つまり「オオトリ」じゃないですか。「オードリー」に掛かってるのは、これ偶然ですよね?

ええ、偶然です。これを発表した途端、日本の友人が「鳳さん」って言ってきて、「悪くないね」みたいな感じでした。

──いいですね。本当にありがとうございました。これからの予定を立てるのは難しいと思うのですが、またぜひ日本にいらしてください。

もちろん日本に行けることは嬉しいです。 9月に来日する予定がありましたが、実際に行けなかったとしても、ぜひビデオカンファレンスで参加したいと思っています。



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コメント (1)
「海南省のハワード・ウーとウー・チャンウェイという人」の部分は台南好想工作室の吳展瑋(Howard)の事ですね。
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