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神山のことば

2019年2月のとある週末、若林恵は徳島県の神山町を訪ねた。地方創生の星と謳われ、国内外からの視察が絶えないと噂されるその町の取り組みをどう評価するのか。半信半疑で訪ねた町で見たのは、想像していたものとはまったく異なるものだった。3つの「ことば」の不在が、とくに若林の気をひいた。「地方創生」の困難と、その可能性を、神山はいかに語り、いかに語らなかったのか。若林によるエッセイを特別有料公開(愛飲するたばこ一箱の半額です)。

Text by Kei Wakabayashi,  Photographs by Takashi Yokoishi, Illustration by Natsujikei Miyazaki

トーキョーもんの善意

地域復興やら地方創生といったお題目のついたプロジェクトにときどき関わることがあって、地方に行くのは嫌いではないので基本断りはしないのだけれども、内情をよく知らない部外者が見ても「それほんとに大丈夫か?」と思うような一幕は結構ある。当該地域の人間がなんか新しいことをやらねばと焦り、よく考えもせずトーキョーもんをいたずらにあてにした結果、いいように食いもんにされるというのはありがちな構図だ。

もちろん、トーキョーもんだって、か弱い小羊を取って食ってやろうという狼ばかりなわけではなく、何かの役に立ちたいという強い思いはあって、その誠意を疑う気は毛頭ないけれど、そんな誠意なんかよりも自分がトーキョーもんであるという事実そのものの方がが重大な意味をもってしまう、というあたりの機微を測り間違えると善意は害にもなりうるということをあまりよくわかってない人間が無邪気にそういうところに首を突っ込むのは、ときに狼よりも始末が悪いのではないかと思ったりする。

と言いながら、こちらも間違いなくそういう中途半端な善意をもったトーキョーもんでもあって、お座敷がかかればついつい出向いてしまうのだが、とはいえ功を焦った行政担当者の意向に沿って、最新のイノベーションや有名人を動員したイベントの企画などを望み通りに提案すれば彼らのメンツも立つとは知りながら、そこまで狼気質でもない上に過度な天邪鬼なので、額面通りに期待に応えてあげようという気持ちには、どうしてもなれない。

彼らが喉から手が出るほど欲しがりそうな飛び道具のようなアイデアは、どうしたってその地域のためになる気がしない。そこで置いてけぼりになるのが結局本来主体であるはずの住民なのだとすれば、飛び道具の使用は、多少の功はあれども罪のほうが大きいのではないかとまず勘ぐってみたくはなる。

観光立国への疑問

だいたい観光、観光と日本中どこも自らの土地を観光客向けの消費空間へとつくり変えようと躍起になっているけれど、観光客が増えれば増えるだけ地元との軋轢は大きくなるというのは、ただでさえヨソモノの多いバルセロナのような大都会ですらそうなのだから小さな町や村であればなおさらなはずで、観光客の増加は生活者の生活を犠牲にしうるというシンプルなトレードオフを、いったいどれくらい考慮にいれて観光立国とか言ってるのか、さすがに心配になってくる。

そもそも生活空間のなかにヨソモノが入ってくることをまったく警戒しないなんていうおめでたい人はよほどにおめでたい。ヨソモノと馴染むことはさほど難しいことでもないという軽いノリで「地方にはヨソモノ、ワカモノ、バカモノが必要なんです」なんて言われたりすると余計なお世話ながら、ちょっと待てと言いたくなる。人が流動化すればするだけむしろ分断が広まるというパラドックスにいまや世界中が苛まれていることを知らないわけでもなかろうに。

一方でトーキョーもんはトーキョーもんで、会社や業界というそれぞれの村のなかですっきりしない日々を送っていたりするのであろうことも想像できる。であればこそ、地方でなら何かインパクトを与えることができるのではないかと淡い期待を抱きもするわけで、その期待が正当な理由と良心に導かれたものであったとしても、トーキョーもんらしく先進的なとこを見せないとといらぬ功を焦ったりすると、ついついツテのある有名人の名前をドロップしたり、仕入れたばかりのテック情報や流行りのビジネスモデルやフレームワークをひけらかすようなことになってしまう。

なんてことを言いながら、自分もそうやって地方に呼ばれてちやほやされたりするとうっかりいい気分になって似たようなことをしてしまうのだから何をか言わんやだ。というわけでここまで書いた多くは、ひとさまの悪口というよりはむしろ自分への戒めなのだが、それというのも、最近そういう冷や水を自分自身が地方で浴びせられて帰ってきたからだ。いやあ、もう、ほんとに恥ずかしい。

なんの話かと言うと、神山というところに行ってきたのである。

アイデアはいらない

地方創生の希望の星と、たぶん世間的に目されている徳島県神山町に3日間ほど滞在したのは、神山に移住したマナベさんという方が人伝てに声をかけてくれたからなのだが、こちらは、ほうほうどれどれ、うん、がんばってるじゃないの、とエラぶって町を見物して、温泉にでも浸かって、体のいい骨休みになればと目論んでいたというのが正直なところだった。

もっと言うと、そうとでも思わなければ、やり切れないことが、この手の視察にはあって、「ほんとにそんなことで地域活性になるのかい!」「真面目にやれえ!」と怒りたいのを抑えながら、地元の人たちが褒めてくれと言わんばかりの表情で差し出すブランディング案やイベントの企画案などにコメントするのは、どんな答えをしたところで後味の悪いもので、こういう建て付けで地方に呼ばれたときに基本機嫌が悪いのは、自分の性格の悪さを棚に上げて言うなら、視察というものに予めプログラムされた予定調和の為せるわざなのだと言い訳をしておきたい。この手の視察ではこちらに期待される役割は予め決まっていて、それを型通りに演じたら演じたで自分に嘘をつくようで気分悪いし、それを演じなかったら演じなかったで、期待に背いた後ろめたさが残る。

自分の場合ありがちなのは、「ダメなところはどんどんディスってくださいね」と事前に言われることで、根がお人好しなので、「あ、そうなの?」なんて真に受けて、「ダメっしょこんなの」などと思ったことを言ったが最後、二度と呼ばれもしない。メンツをつぶされた人の恨みをただ買っただけ。やれやれ。というわけで、徳島に向かう飛行機に乗ってからもまだ「行きたくねーよー」と同行してくれたヨコイシくんを相手にボヤいていたのだった。

とはいえ、結論から言うと、極めて上機嫌で帰ってきた。ちやほやもてなされて骨抜きにされたからではなく、むしろこういう地方行脚で、おそらくはじめて腹落ちするものに出会ったからだ。

先ほど冷や水と言ったのは視察をオーガナイズしてくれたニシムラさん(2014年から東京/神山で二拠点生活をされている方だ)が語ったことばで、色んな地域内プロジェクトについてブリーフィングされたのちに意見交換の時間となって、こちらが「あんなアイデアや、こんなアイデアもありうるんでないですかね」と、いかにも先進的な都会モンらしいご意見を開陳したところで、そのニシムラさんは、ぴしゃりと、相当の頑なさをこめて、こう仰ったのだ。

「アイデアはいらないんですよ」

ひー。す、すんません。ニシムラさんは、まさに、抜きがたくこちらの身についてしまった上から目線を見透かして、ものすごく丁重な物腰のなかに、すぐにそれとわかる苛立ちをにじませて言ったのだった。ニシムラさんはつづけてこう説明してくださった。

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神山のことば

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