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『虞美人草』⑥夏目漱石


十 (宗近の家)

 宗近の父のところへ、藤尾の母が訪ねてくる。漱石の藤尾母評がまたすごい。妖怪婆のよう。そう書いておいて、今度は丁寧と上品で金メッキして、
人あたりが柔らかい(こういう言葉ではなかったが)から、誰にも跳ね返せない、みたいなことが書いてある。勉強になります…

 藤尾の母、本当に何者?藤尾と話していた時は、藤尾の味方かと思えたけど。宗近の父に、宗近と藤尾のことを根回ししている。藤尾の兄を自立させないと藤尾が片付かなくて困るとこぼして、婚姻関係を進めようとしているように見える。そして、この訪問が子どもたちにバレないように、くれぐれもよろしくみたいなことを宗近の父に言っている。(こういう言葉ではないが)
 
 だめだ、私にはこういうのが理解不能。言葉のままを受け取るから、
裏人格とか書かれると混乱してくる。後になって、明かされるのかもしれない。この母の意図は。

 著者の目線は二階の宗近と糸へ。
 
 糸が縫い物をしながら兄に、藤尾さんみたいな人がいいんでしょう、と聞いている。でも、藤尾さんはだめよ、来る気がないわ、と伝えている。
 行儀が悪いからダメよ、藤尾さんはそういう人は好きじゃない、と伝えている。
 宗近が、金時計をもらう約束をしているというと、糸子が、藤尾さんは学問がよくできて、信用のある方、小野さんみたいな方が好きなのよ、という。
 宗近が、面白い話を聞かせてあげる、と言って、京都の宿の隣で琴をひいていた女性が、列車でも一緒になって、東京まで一緒にきた、と言いかける。宗近は宗近で、ある予感を持っているようだ。

十一 (博覧会にて)

 

p.176
 蟻(あり)は甘きに集まり、人は新しきに集まる。(略)
 狗(いぬ)は香(か)を恋(した)い、人は色にはしる。(略)
 色のある所は千里を遠しとせず。すべての人は色の博覧会に集まる。

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 

昭和30年 初版発行

  宗近と糸子の兄妹、甲野欽吾と藤尾の兄妹が博覧会を見にきていた。宗近が、橋が人で埋まっている、と叫んだ先の橋には、孤堂先生と小野さん、小夜子さんがいた。小野さんはどんどん先へ進んでしまう。小夜子さんと孤堂先生ははぐれないように必死である。

 p.183
  博覧会は当世である。イルミネーションはもっとも当世である。驚かんとしてここに集まる者は皆当世的の男と女である。だたあっといって、当世的に生存の自覚を強くするためである。(略)
 小野さんはこの多数の当世のうちで、もっとも当世なものである。得意なのは無理もない。得意な小野さんは同時に失意である。自分一人でこそ誰(たれ)が眼にも当世に見える。申し分のあるはずがない。しかし時代後れのお荷物をていねいに二人まで背負(しょ)って、幅の利(き)かぬ過去と同一体だと当世から見られるのは、ただ見られるのではない、見咎(みとが)められるも同然である。(略)
 人の波の許すかぎりはやく歩く。

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 

昭和30年 初版発行

 来年は大阪で万博が開かれますね。行きたいと思ってはいるけど、どうなることやら。パビリオンの出展が進まないとも言われていますね。
 何日も泊まりがけで見る方は別として、一日二日ぐらいの滞在なら、多少出展が減ったところで、大きな影響はなさそうですが💦

 博覧会は、当世風の男女が集うところ、という漱石評を読んで納得。
 新しいものに目が向き、出かける時間もあり、チケット代やら旅費を払い、お土産話を持ち帰ることができるのは、やはりお金や時間はもちろん、心の余裕もないと難しいですよね。今も昔も、そうかもしれません。それに乗っかれる人は、当世風なのかも。
 そして、だからこそ行きたくなるという部分もあるのかもしれません。

 ちなみに、この小説の中で描かれているのは、1907年上野公園で催された東京勧業博覧会という催しのようです。

 人波に転びそうになりながら、孤堂先生と小夜子さんが橋を渡り切ったところに、茶屋がいくつも並んでいる。そのうちの一つに3人は入る。その茶屋には、藤尾と糸子さんを含めた4人もいた。小野さんは気づかなかったが、4人にはしっかりと見られていた。

 p.188
 「藤尾さん小野が来ているよ、後ろを見てごらん」と宗近君がまた言う。
 「知っています」と言ったなり首は少しも動かなかった。

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 

昭和30年 初版発行

 宗近はやはり神経が太い。結婚しようと思っている女に対して、その女が慕っている男が来ているよ、と声をかけ、反応を見れてしまう。
 藤尾にはこういう人の方が逆に良いのでは、と思えてくる。陰と陽とでもいうのかしら。哲学的な人と、実用的な人、とでもいうのかしら。
 
 藤尾をよそに、3人は団欒している。

p.191
 「ホホホホ一人でしゃべって……」と藤尾のほうを見る。藤尾は応じない。
 「藤尾は何も食わないのか」と甲野さんは茶碗へ口を付けながら聞く。
 「たくさん」と言ったぎりである。

『虞美人草』 夏目漱石 著 角川文庫 

昭和30年 初版発行

 ちょっとだけ先を読んでしまったが、小野さんは4、5日訪問を開けてしまったので、女王の機嫌を気にしている。そこへ小夜子さんがやってきて、また訪問できなそうな気配。
 いよいよ物語が佳境へ!

 しかし、ここのところの数章で、小野への興味や二人の恋の行方への興味が急速に失われていくのを感じる笑。
 
 何事も、あまり人の心のうちを覗きすぎない方が良いのかもしれませんね💦

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