喜ばしきことかな、太る
太った。
太ったというよりも、デブった。
太るとデブるとでは、ニュアンスがだいぶ違う。
どれくらい違うかって言ったら、水野美紀と水野真紀くらい違う。
別人なんだ。
どちらがどちらかとは言えないが、とにかく違うのだ。
僕は太った。
たしかに太ったんだが、どちらかというと、デブったに近い。
僕は今、自分史上最高にデブってる。
ああ、なんてことだ。
なんで、こんなことになってしまったのだ。
僕には妻がいる。
世界一大切な妻。
その妻が、昨年秋から関西初出店となる近所に新しくできた九州に本店があるパン屋で働き出した。
それ自体は何の問題もない。
パン屋さんでアルバイト?
いいじゃないか。
実にいい。
何がいいって、パン屋でバイトっていうのがとてもいい。
しかも、日中だけアルバイトできるっていうところがさらにいい。
パン屋さんっていうと、イメージとしては早朝からパンを焼き始めるといった感じなのだが、そのパン屋も当然そうなのだが、そこの部分は他のアルバイトさんがやってくれているので、妻に関しては、特に早朝から働きに行くということはしなくてもいい。
そこがまたいいのだ。
妻は以前からパン屋で働きたいと言っていた。
何故なら、パンが好きだからだ。
小学生か! と心の中で密かにツッコミを入れていたが、なかなか「ここ!」というパン屋さんが見つからなかった。
それが、やっと働きに行けるパン屋が見つかったのだ。
めでたしめでたし、なのである。
しかし!
しかし、である。
そこで、大きな誤算が生じた。
パンを持って帰ってくるのだ。
いや、それ自体は特に問題ではない。
むしろ、ウェルカムな案件であることは間違いない。
「まかない」的な、そういうものではない。
こういうことなのだ。
パンを焼く時に、うまく焼けなかったり、失敗してしまうものがどうしてもでてきてしまう。
そういうパンはどうするかというと、基本的には、売り物にならないので、すべて破棄することになるのだが、食べる分には何の問題もないパンたちなのだから、彼らを不憫に思ったとても感受性が豊かな妻は、そのパンたちを連れて帰って来てしまうのだ。
しかも、それが、けっこうあるのよ。
そんなに失敗するのか!? と訝ってしまうくらい持って帰ってくるのだ。
う~ん、これは一体どうしたものか……。
そりゃ、食べるでしょ!! ってことで、妻がパン屋で働く日には、必ずと言っていいほど、パンを持って帰ってくるようになった。
おそらく、これが原因だと思われる。
今までなかったパンが、常に自宅にある状態になってしまったのだ。
そりゃ食べちゃうわ。
別にお腹が空いてなくても食べちゃうわ。
目の前にあったら、やっぱり食べちゃうんだわ。
これで太った。
もとい、デブった。
パンが原因なのである。
僕はここ1年くらい、朝食を食べない生活をしていた。
意図して始めたわけではない。
単に、朝に何かを口にするということに負担を感じるようになったのだ。
年齢によるものか、または年齢のよるものなのか。
おそらく、年齢によるものなのだろうが、食べると疲れるのである。
特に、朝食べると、何故だか、身体が重く感じるようになってきたのだ。
そういうこともあって、自然と朝は何も食べない生活をするようになっていた。
当たり前の話だが、それまで食べていた朝食を摂らないのだから、自然と体重は減っていった。
それに伴って、実際に軽くはなっていたのだが、体感としてはそれ以上に軽く感じていたし、すこぶる体調も良くなっていたので、「食べない」ということが一番の健康法なのではないかと思っていたほどだった。
そうやって、健康体になっていたことが裏目に出てしまった。
食べたら食べた分だけ、太るのである。
あ、違う。
デブるのだ。
話は変わるが、「デブ」というのは、そもそも、いつから「る」を付けることによって動詞としても使われるようになったのだろう。
あれだぞ、この方式をそのまま他にも応用するとしたら、何でも「る」を付けることで動詞化してしまうぞ。
「水野美紀」る
「水野真紀」る
一体これは何をしているんだ。
話を戻そう。
そのようにして、僕はデブった。
ダブったことはないのに、デブってしまったのだ。
これは困る。
何が困るって、妻はこれからもそのパン屋で働き続ける限り、ずっとパンを持って帰ってくるのだ。
もっとデブってしまうじゃないか。
デブの留年だ。
このままだと僕は、パンを食べてしまうことによって、さらにデブっていくことは避けられない。
一体、どうしたものか。
そこで、僕はよく考えてみた。
この状況を、である。
そもそも、太るということは、身体が健康である確たる証拠ではないのかと。
実は僕は、ちょうど1年前に身体を壊している。
虫垂炎というやつだ。
所謂、盲腸。
七転八倒するほどではなかったが、それに近い痛みを抱えて約1周間ほど入院したことがあった。
あの時は、何も口にすることができなかった。
退院した後も、しばらくの間、自発的に食べるのを控えていたこともあった。
それから徐々に食べ物を口にするようになったが、体重が増えることは一切なかった。
もしかしたら、このままやせ細っていくのかな……。
痩せるというか、やつれていくのかなと不安になったこともある。
痩せるとやつれるでは、だいぶニュアンスが違う。
どれくらい違うかって言ったら、坂井真紀と酒井美紀くらい違う。
別人なんだ。
それがどうだ。
今では、短期間でこんなに太った。
デブったのである。
これは嘆かわしいことではなく、むしろ喜ばしいことではないのか。
そうだ、きっとそうに違いない。
水野美紀であろうが水野真紀であろうが、きっと喜んでくれるはずだ。
僕はデブれるくらいに、健康体として胸を張ってもいいレベルに達したのである。
僕はこれからも正々堂々とデブっていこうと思う。
妻が持って帰ってくるパンたちを、臆面もなく口にしてやろうじゃないか。
「坂井真紀」る
「酒井美紀」る
これでいい。
きっと、こうやって太っている人たちは、なんとしてでも理由を作って食べようとするんだろうな。
やっぱりパンて、美味しいもんね。
さて、これから自宅まで走って帰るか。
何者でもない物書き ウエダミツトシでした。
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