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「外科医が論文を書くことの難しさ」の本質はどこにあるのか?

医師にとって論文を書くということは、医学に貢献するという観点から非常に重要です。しかし、手術を生業とする外科医にとって、論文を書くということは、畑違いの仕事のようにも思えるかもしれません。
今回の記事では、特に外科医にとって、論文を書くことの障壁がどこにあるのかについて考察していきたいと思います。

1. 時間的制約

外科手術は簡単なものから難しいものまでありますが、外科医はただ手術をして終わりというわけではありません。綿密な検査、手術適応の決定、術後の繊細の管理など,手術に関連する業務は全て外科医の仕事ですし、多大な時間を要します。多忙な外科医が論文を書く時間を見つけるためには、かなりの工夫が必要です。外科医は他の科の医師に比べて論文を書く時間を作るという点では圧倒的に不利です。

2. 外科学が黎明期から成熟期に移行している

外科手術に関する研究は、先人たちにより築き上げられた症例報告やケースシリーズさらにはランダム化試験などから、手術適応や術式が標準化されてきました。また肝臓外科、心臓外科、脳神経外科など、以前は死亡率が高かった診療科でも、2023年現在、ほとんどの術式において安全性は担保されています。一部の特殊な超高難度術式を除いて、社会的需要は、安全性の担保から術式の標準化低侵襲化に変化してきました。時代の流れとともに、一部の外科医にしかできない特殊な手術(いわゆる「神の手」)は徐々に淘汰され、術者間でのばらつきが少ない、汎用性の高い術式が残ることになるでしょう。よって、標準術式に反する新規の術式を論文化するハードルが以前よりも上がっているといえます。更に標準化された術式の成績を客観的に評価するにあたっては、非常に多くの症例数(N)が必要なのです。90年代から2010年代頃まで行われていたような、小規模な後方視的解析では、あまり多くのことは語れません。

3. High impact journalへのハードルが高い

先ほどの項目とも関連しますが、ほんの10年前までは症例報告レベルであっても、impact factor (IF)の高いjournalに掲載されていましたが、ここ数年、特にコロナ渦においては投稿論文が増えたこともあって、症例報告や小規模ケースシリーズでは、良くてIF 2-3程度のjournalにしか掲載されない傾向にあります。IF偏重主義が好ましくないことは事実ですが、論文を書くという膨大な労力に見合わない程度の成果しか得られないのであれば、motivationを維持するのが困難なのも理解できます。High impact journalにacceptされる臨床論文は、前向きRCT、希少性疾患の後方視研究、Nが1000単位の後方視研究(詳細な統計解析は必須)、新規デバイスの初期使用経験、systematic reviewなどに限定されてきており、ある程度偉い立場にならないととても手を出せないものばかりです。また、基礎研究における新規性はhigh impact journalを狙えるのですが、基礎研究こそ気が遠くなるほどの膨大な時間を要すること、また外科医の本分である手術と大きく内容が異なってくるので、一種のアイデンティティの危機を経験することになります。

4. 医局に所属するということ

ある程度新規性のある臨床論文を書くためには、多数のN、高難度性、稀少性、新規デバイスへのaccessbilityなどの要素を含んでいる必要があります。大学医局が強い日本社会において、一般市中病院でこれらを満たす論文を書くことは極めて困難です。つまり、臨床論文であっても、大学医局は切っても切り離せない関係にあります。働き方改革により改善されているとはいえ、大学病院は一般市中病院より給与は低く、雑用は多い傾向にあります。Z世代、α世代は(勝手に想定された)コスパタイパを重視する傾向にあることから、医局離れは更に加速すると思われます。論文を書くことへのハードルは今後ますます上がっていくでしょう。

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