ショートショート47 『噂話の隣に…』

『噂話の隣に…』


「なあなあ、あいつさ、営業の高山ってやつ。分かる?態度悪くない?こないだ仕事ふったらさ~ぶっきらぼうな感じでさ~……やば、高山だ。おお高山。聞いてたのか…?そうか。いや、それならいいんだ」


「ねえねえ、あの高山君て分かる?営業のさ。こないだ近くで見たら意外とカッコよくて~思ってたより背高いんだよね~……て、あれ高山君だ。恥ずかしい。聞かれてたかな」


「そういや、高山って連れがさ、こないだの飲み会でめちゃくちゃ酔っ払っててさ~アイツ何回もトイレ行ってさ~マジ20回は行ってたんじゃ……あれ?高山じゃん!ちょうどお前の話してたんだよ!こないだウケたわ~」


最近ふと思う。
俗に言う噂話。
これは誰もがしたことはあるだろう。
内容は問わない。
文句だろうが、称賛だろうが、おもしろ話だろうが。
みんなする。私もする。


ただ、その近くを私が偶然通る、という場面に出くわしたことがない。
上記の会話は、あくまで私の理想の会話だ。
まあ、聞かなかったふりをして、その場を立ち去る。これももちろんアリだが。


ドラマや漫画などでやたら見るあの場面。
なんなら、あの場面が物語の展開を大きく変えることもしばしば。

例えば

ドアを開けようとしたら偶然聞こえてくる自分の話。そこで自分の出生の秘密を知ることになるとは!
or
居酒屋の個室の隣から偶然聞こえてくる自分の話。まさか俺が命を狙われているだと!
or
階段の踊り場から偶然聞こえてくる自分の話。なに!?みきちゃんが俺のこと好きなの!?
or
偶然盗聴したら偶然聞こえてくる自分の話。俺は…知りすぎたようだ…!

みたいな。

ドラマで見たことありそうなシーンを並べるだけでも枚挙にいとまがない。まあもちろんそんな急展開はいらないのだが。

でも、あんなの現実世界にはいない。
あんな“出くわすやつ”
冷静に考えたらすごい確率のはずだ。
普通に生きてたらそうそう“出くわさない”


ああ…
出くわしたい。
あの場面に、出くわしたい。
自分の噂話の隣に行きたい。

さっきも述べたが、内容は問わない。
とにかく出くわしたんだ私は。
出くわすことが今の私の夢だ。



その日を境に、私は知り合いがヒソヒソ話してそうな場面を見つけては、気づかれないように近づいた。

会社の休憩時間の喫煙所で人がたまってるとき。
OLさん達がお茶を入れながらだべっているとき。
トイレやオフィスのドアを開ける前はとりあえず聞き耳をたてた。
地元の連れと約束したときは、わざと少し遅れて、こっそり集合場所に合流したり。

とにかく出くわしたかった。

しかし一向に出くわさない。

自分がもともと、あまりそういう噂話の対象にはならないのかもしれない。
だが、この出くわしたい気持ちはとめられない。



それから60年後、89歳になった私は、老人ホームで余生を過ごしていた。

「おじーちゃーん。今日はいい天気ですからね。散歩でもいきましょうね~」

「ありがとうねえ」

すっかりおじいさんとなった私は、若く優しい介護師達に囲まれ、平穏な生活を送っていた。身の丈にあったいい人生だった。


後悔があるとすれば、“出くわしてないこと”


しかし、それは突然訪れた。
私が椅子に座ってうとうとしていると、後ろのほうで介護師達がヒソヒソ話をしている。私は耳は悪くないおじいさんだ。最近ではヒソヒソ話に出くわすこと事態が珍しい。これはもしかすると。もしかするぞ。


「ねえねえ、あのさ…」


なんだなんだ。


「自分の噂話してるとこに出くわすってドラマでよく見るけど、あんなの実際体験したことないよね」

いや、そっちか。
そっちに出くわしたか。
話題そのものに。
残念。


そして私は、優しく息をひきとった。
出くわせ、なかったなあ…


「フフフ、高山のおじいちゃん、気持ち良さそうに寝てるね。そういえばさ、高山さんておじいちゃんだから気づきにくいけど背とか高いよね。昔モテたりしたのかな~」








~文章 完 文章~

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