ショートショート68『My Life Book』
例えば自分のこれまでの一生が、
例えば自分の歩んできた人生が、
一冊の本になるとしたら。
例えばそれを死んでから読めるとしたら。
この出来事は一体、どんな物語となっているのだろう。
それはそれは甘くて、悲しくて、苦くて、酸っぱくて。
読者(私)が、ページを捲るたび引きつけられて仕方がない。
そんな物語になっていることを、切に願う。
*
昇(のぼる)と出会って、私の白黒だった人生は一気に色を帯びた。
カラーテレビが日本に現れたときのことはよく知らないが、きっとその感動を凌駕しているはずだ。
それくらい私にとって、彼との出会いは衝撃的だった。
友達になんとなく誘われた飲み会で出会った昇。
見た目はチャラくて言葉使いもなんだか荒々しくて、最初は普通に『苦手なタイプ』というイメージだった。
だが人間とは単純なもので、マイナススタートのほうが後々、プラスな一面が垣間見えたとき、振り幅が大きく揺れる。
「みゆきちゃん?飲んでる?てか緊張してる?あんまり男慣れしてないとか?」
「いや…別に。てかみゆきちゃんて…」
「あ、ごめんごめん慣れ慣れしくて。みゆき様」
「ちょっと、はは」
「わ」
「え?」
「笑うとそんなにかわいいの。ズルい。…や、ごめん。なに言ってんだろ俺。はずかしい…ハハ」
「いや…別に…全然…」
昇と私は後日、二人で食事を交わし、その夜、関係は一気に展開した。
それからは会うたび、何度も私達は一つに重なった。
昇は音楽や映画、知識など色々なことも教えてくれた。昇はなんでも知っていた。
九つも歳が上の昇を私は尊敬していたし、愛していた。愛、などと口にできたのも昇が初めてだった。
昇に抱かれるたび、生きてると実感する。
心が宙に舞って、どこかに飛んでいってしまいそうになる。
その度、昇の力強い腕が私を引き戻す。
好き。愛してる。
昇も自分をいつも必要としてくれている。
こんなに素敵なことはない。
だが昇との時間は、いつも幸せ、というわけではなかった。
出会って三ヶ月が過ぎたころ、「少しだけお願い」とちょくちょくお金を無心されるようになった。
連絡もなく、突然家にやってきては男の欲望だけはき出してすぐに帰っていくことも。
なぜか、たまに暴力をふるわれることもあった。
男性とそれまで、あまり深い関わりをもったことのなかった私は、やや違和感を持ちながらも、彼が喜んでくれるなら、という一心で尽くした。
気がつくと涙が溢れていることもあったが、そんな私を見て「泣かないで。ね?愛してる」と昇に言われ抱かれたら、意地でも泣きやむしかなかった。
アザをなでてくれる彼の目は、本当に優しいことを私だけが知っていたから。
二人が出会って一年ほどたったある日、情緒が崩れ不安がピークを迎えた私は、めいっぱいの勇気を出して、昇に訊ねてみた。
「ねえ、私って昇のなにかな…?彼女、なんだよね?」
「…ふぅ~。みゆき…。あのさ、なんか限界だね。もう会わないほうがいいね」
「…!待って…!いや!いや!!!もっと!もっと全部言うこと聞くから!見捨てないで!ね!?」
「そういうことじゃねえんだって!」
「無理!別れるなら死ぬから…!!」
「めんどくさいんだってそういうのが!もうこっちが無理だから。じゃあ」
「のぼるぅぅぅ…!うう…無理!無理!無理!無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理だ。…もう…ムリ」
*
ーーー私は死んだ。
真っ白な空間。
目の前に『あなたの人生』とタイトルづけされた一冊の本がある。
本当にあったんだ。人生の本。
私はおそるおそるページを捲った。
この世に生を授かってからの懐かしい思い出や、辛かったこと、楽しかったことなどが、こと細かに、丁寧に書き綴られている。
幼少の章を読み終えて、成年の章に突入した。
【二十歳の頃の世間知らずの私。昇という男と出会う。クズだった。ほんと何事も経験。そして一年後に就職が決まり……】
この、たった一行程度の文を読んで、クスッと笑った。あったな、こんなこと。
85歳で寿命を全うした私。
さあ、先は長い。
ゆっくりと、続きを読むとしよう。
~文章 完 文章~