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中東×スタートアップ Step Saudi2020

本記事は、2020年11月24日から25日(JST)にかけてオンラインで開催されたStep Saudiという中東最大のスタートアップイベントへの参加記である。

Step Saudiとは

Step Saudiは毎年11月にサウジアラビアで開催されている中東地域最大のスタートアップイベントである。2019年に行われたイベントでは1500人以上を動員し、100社以上のスタートアップが参加した。2020年は新型コロナウイルスの影響で全てのイベントがオンライン化したことで、より多くの地域から参加者を集めることに成功した。Spark Middle-Eastは今回、中東地域でのスタートアップエコシステムの「今」を探るべく、Step Saudiに日本からオンラインで参加することにした。本記事では、現場の生の声を聞くことで見えてきた進化を続ける中東地域の「今」に迫る。

脱石油に急ぐ中東

近年の湾岸地域を語る上で必要不可欠なキーワードが「脱石油」だ。EUでは2050年、中国は2060年を目処にCO2の排出量を実質ゼロにする目標を掲げている。地球温暖化の世界規模の影響がますます顕在化する中、世界を牽引する先進国が次々に脱炭素化の動きを示し始めているのだ。そんな中、国家収入の大部分を石油等の資源輸出に依存してきた湾岸諸国はオイルマネーへの依存を断ち切るべく、産業多角化の動きを加速させてきた。先頭を切って改革に乗り出していたアラブ首長国連邦(UAE)は、金融・観光業といった第三次産業に力を入れるのみならず、宇宙開発等の先端分野でも存在感を示し始めている。2020年7月20日には日本の種子島からアラブ諸国で初めてロケットの打ち上げに成功し、大きな話題となった。

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そんな転換点を迎えている湾岸地域の経済を語るにあたって、不可欠なものがスタートアップだ。昨年、一部のアラブ諸国が次々と長年対立してきたイスラエルとの国交を回復した背景にも、イスラエルの持つ先端技術によって生み出される産業への期待がある。今回取材したサウジアラビアは、サウジビジョン2030という野心的な目標を掲げており、2016年を境に政府主導のベンチャーキャピタルを立ち上げ、豊富な資金力を背景に起業家の育成を行い、スタートアップエコシステムの形成に取り組んできた。今回の取材ではそんな湾岸地域の代表格ともいえる、サウジアラビアの「今」を追った。

多くの地域が絡み合う中東

今年度のStep SaudiはオンラインプラットフォームHopinというサービスを利用して開催された。アプリは以下の写真のようなUIになっている。

会場の様子

ステージでは講演が行われ、セッションではPitch Competitionなどのイベントが、エクスポでは参加したスタートアップによる展示が行われた。参加者はそれらのイベント間を自由に移動できるのみならず、ネットワーキングに参加すれば、自動的に主催者側がマッチングを行い、見知らぬ参加者と3分間のショートトークを行うことができる。この機能を利用して、多くの起業家が投資家に対して自らのビジネスのプレゼンを行っていた。

私たちもStep Saudiの参加者に取材を行うべく、ネットワーキングに参加することにした。

最初のマッチングで出会ったのはサウジアラビア在住のエンジニアYahia Battachさんだった。

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話を聞くと、彼はアルジェリアの出身で、就職を機にサウジアラビアに移ってきたそうだ。現在彼はBonus.appという名前の新しいサービスの立ち上げを計画しており、このStep Saudiには投資家やメンターとのコネクション作りを狙って参加してきたそうだ。

(日本で言うポイントカードの電子版のアプリだ)

話は大いに盛り上がり、短い時間ではあったが彼が事業を始めた経緯など様々な話を聞かせてもらえ、写真撮影にも気前よく応じてくれた。

ネットワーキングをして驚いたのは、想像した以上の参加者の多様性だ。ネットワーキングで出会った人の中には、中東版のSmart Newsを作っている人もいれば、レバノンでコワーキングスペースを運営する人や、インドからe-commerceに参入しようと目論む人、果てには12歳の起業家までいた。

立地的にアフリカ、アジア、欧州の中間地点に位置するサウジアラビアが、その地政学的利点と資金力を活かして多くの人々を呼び込み世界のハブとしての役割を果たそうとしていること、そして、そのビジョンに共感した多くの人々により新たな流れが生み出されつつあることを感じた。

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Google Maps

特に地域性が出ていて面白いと感じたのはMthmrというスタートアップだ。

これは若者をターゲットに、お金の管理や貯金の活用に主眼を置き、さらに得られたデータをマーケティングに活用していくB to B to Cのサービスだ。サウジアラビアの人口は0~34歳の若年層が57%もの割合を占めており(2019)、幅広いミレニアム世代を狙う戦略は非常に鋭いといえる。一方で、サウジアラビア国民は収入のわずか6%しか貯蓄をしていない(世界平均は10%)ことが問題になっている。サウジビジョン2030においても、これを10%にまで引き上げることで個人の投資機会の増加を狙っている。そうした時流を捉えているという意味でも非常に期待のできるスタートアップだ。Co-founderは中東のスタートアップ事情について、サウジはUAEに比べて未成熟な一方、市場が圧倒的に大きいのが魅力だと語ってくれた。

活躍の場を広げる女性達

ネットワーキングもほどほどに、次に私たちが向かったのはセッションにおいて開催されていたStartup Pitch Competitionだ。盛り上がりを見せる中東地域での活躍を狙う野心的な起業家達が、1分程度のエレベーターピッチを次々に行い、投票でグランプリが決まる。もちろん起業家達が目指すのは優勝だが、同時に、多くの投資家に目をつけてもらい、いわゆる「エンジェル投資」を受けるチャンスでもある。私たちが見た中でも、Eコマースやメンタルヘルス、SNSやAIなどに関して、独特かつ鋭い切り口からの提案が多くあった。数十のスタートアップの中から見事優勝を果たしたのは360° MOMSだ。

中東地域における母親世代の女性の実に1300万人がネットサーフィンをしていることに着目し、彼女達向けに健康コンテンツや子育てのウェビナー等の情報発信を行っているプラットフォームだ。Rewardsと呼ばれる会員割引サービスも実施しており、家庭用品が10%~50%ほど割引される。2020年にはユーザーを18万人にまで増やし(2019年は10万人)、大きな成長を見せている。
上述したスタートアップのCEOはDina Abdul Majeedという女性で、デザイナーとしてYahooのアラブ・アフリカ地域のクリエイティブ部門責任者を務めたのち、360° MOMSを立ち上げた。彼女は二人の子供を育てる中で、アラブ諸国の母親にとって正確で信頼のできる情報源が少なすぎることに問題意識を抱き、専門知識を持つ仲間と共にこのサービスを始めた。会社では多くの女性が活躍しており、湾岸地域での女性の立場の変化が見てとれる。

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Dina Abdul Majeed / 360° MOMS: How I realized my dream

実は、今湾岸諸国では上述のように女性が立ち上げたスタートアップや、女性が中心となって活躍できる企業が急速に増加している。今回のPitch Competitionにおいても、実に半数程度のプレゼンターは女性であり、サウジアラビアやUAEにおける女性の活躍の場が拡大していることを身をもって感じた。Spark Middle-Eastでも「中東×現代アート」「中東におけるモデストファッション」をテーマに中東における女性の立場の変化について考察してきた。もちろんまだまだ世界水準には追いついていないものの、サウジビジョン2030が発表されて以来、女性の自動車の運転が認められるなど、少しずつ女性の権利が進展してきていることがわかる。

サウジアラビアが目指す先は

私たちが最後に向かったのは、様々な講演会が開催されるStageだ。Step Saudiの目玉ともいえる本イベントでは、エンジェル投資や女性の活躍、ヘルステックなど様々な分野について専門家が集まり熱い議論を交わしていた。エンジェル投資に関する講演では、2016年から政府主導で構築されてきたスタートアップエコシステムを徐々に民間主導に移行し持続可能にするためのカルチャー醸成の重要性が議論されていた。また、2019年に駐米大使に任命された、サウジアラビア王女であるReema Bandar Al Saud氏は講演で、テクノロジーの発展に伴う格差拡大に警鐘を鳴らした。そしてテクノロジーへのアクセシビリティを高めることでの機会平等の実現を訴えた。

それらの講演の中で私たちが特に着目したのは、サウジアラビアが未来のヘルステック(医療分野におけるテクノロジー活用)のハブとなる構想についての講演だ。デジタル医療プラットフォームNala、ハラールワクチンを開発するSVAX、AI画像診断スタートアップのAlem health、大学教授のYasmin Altwaijri、コンサルティングファームのKPMGが集まり、ディスカッション形式で行われた。

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Step Saudi -Saudi Arabia: The First Global Healthtech Hub?-

中東も世界の他地域と同様、2020年に猛威をふるった新型コロナウイルスの被害を受けた。今回のディスカッションでも、主に新型コロナへの対応を踏まえながら、来るべき未来のパンデミックに対して、サウジアラビアが果たす役割について議論された。

デジタル医療プラットフォームを手掛けるNalaの代表者は、中東地域で最大の人口を擁し、大多数が若者であるサウジアラビアにおいて、今後ますます医療の重要性が高まることを指摘した。同時に、デジタルネイティブ時代における医療の効率化に期待感を示した。ハラルワクチンを開発するSVAPは、パンデミックによりグローバル化の弊害が浮き彫りになった今、ローカルにより最適化されたヘルスケアの重要性を強調し、ハラルワクチンを軸にアジア各国へ進出し、石油経済からの脱却を図ることを提案した。KPMGは、コンピューティングの限界やクラウドデータの法的問題、データサイエンティストの不足など、社会制度やインフラ面での改革も必要不可欠であると強調した。講演会の最後は”Future is Optimistic(未来は明るい)”どんどんこの分野に飛び込み、ドグマに囚われずイノベーションを生み出していこうという力強いメッセージで締め括られた。

実際に、湾岸諸国では海外病院との連携が進んでおり、世界最高水準の医療サービスを提供できる体制が整いつつある。例えば、2021年の1月にサウジアラビアと国交を回復したカタールには、トップアスリートが利用するアスペターという世界最高峰のスポーツ医療施設がある。オイルマネーを活用した積極的なヘルステック関連企業への投資は、今後の中東を強く支えていく存在になるかも知れない。

共創を目指して

今回のStep Saudiの取材を通して、私自身は改めてサウジとUAEを中心とする変革のスピードに驚くと共に、日本での中東への関心の低さに危機感を感じた。日本での「中東」に対する一般的なイメージは、「石油」や「紛争」で語られることが多いのかもしれない。確かに中東地域は情勢が不安定な国がまだまだ多く、内戦が続いている国もあるが、一方で本記事で紹介したような先進的な取り組みも生まれてきている。中東地域は、13億人の市場を持ち急速な経済成長を遂げた中国、12億人の市場を抱え、大きなポテンシャルを秘めるアフリカ、先進国として世界をリードし続けてきたEU各国を結びつけるハブとなる地域であり、石油資源を背景とした資金力と影響力を持つ地域である。そのような点を考慮すると、10年後、20年後の世界において、中東地域が世界の中心になっていく未来も容易に想像がつく。この重要な転換に乗り遅れないためにも、そして何よりもより面白い未来を作るためにも、日本における中東地域への関心が高まり、共創が今よりもっと活発になることを期待している。

Spark Middle-Eastメンバー:

東京大学理学部物理学科2年 王方成

東京大学文科三類1年 井潟瑞希

参考資料

STEP SAUDI ホームページ (2021年2月19日参照)
サウジビジョン2030 (2021年2月19日参照)
世界の人口ピラミッド(サウジアラビア) (2021年2月19日参照)
Bonus.app (2021年2月19日参照)
Mthmr (2021年2月19日参照)
360° MOMS (2021年2月19日参照)
脱石油依存とサウジアラビアの外交政策 近藤重人 (2021年2月19日参照)
日本経済新聞 脱石油へ噴き出すアラブマネー 目指すはイスラエル (2021年2月19日参照)
JETRO 先進国の病院が拡大している中東の医療需要に注目-中東最大医療機器展示会「アラブヘルス」開催(3)- (2021年2月19日参照)
朝日新聞 GLOBE+ 世界トップ選手はカタールに通う 中東の小国、スポーツ政策を売りに存在感 (2021年2月19日参照)

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