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AI時代を生き抜く経理スキルと、経理マネジャーに求められる姿勢とは

※この記事は2019年8月27日にBizer株式会社にて開催した経理向けイベントの内容をまとめたものになります

はじめに

AIやPRAなど、テクノロジーの進化によって、経理業務は在り方が変わりつつあります。メンバーを抱える経理マネジャーは、これからの経理人材に必要なスキルや、最適なキャリアパスをどのように考え、組織を導いていけばいいのでしょうか?

そこで、大手企業からベンチャー企業まで多彩な企業規模で管理部門のキャリアを積んでいる株式会社NewsTVの奥野 敦司氏、 IPO準備、未上場会社のファイナンスを得意分野とする株式会社ヒトカラメディアの乙津 康人氏、税理士であり、業務システム設計に精通する(当時)リベロ・コンサルティング代表の武内 俊介氏、に話を伺い、経験豊富な3名の視点から「経理人材のキャリア」「経理マネジャーに求められること」について語っていただきました。

AI時代を生き抜く「経理スキル」とは

より上流工程の知識・スキルが求められる
よく「経理の仕事は今後〇年でなくなる」と言われますが、もともとはアメリカの経理環境を反映した論文からスタートしています。アメリカは日本以上にマネジャーと作業者を明確に区分しており、例えばグローバル展開している外資系の会計・経営コンサルティングファームでは、ひたすら伝票をシステムに打ち込む作業センターを擁しています。人の力に頼っていた打ち込み作業を、OCRで読み取って自動で処理するシステムが確立すれば、確かに作業センターの仕事はなくなるかもしれません。けれど「どのようなスキームで資金調達するのか」「予実管理するためのフロー構築」「正確に数字を把握するためのチェック体制」など、個別具体性の高い業務は単純化することが難しく、AIではできない仕事です。

もともと簿記の歴史は紙の時代に遡ります。当時は手書きだったので、例えば“6”と“8”を間違えて計算することは日常茶飯事。だから間違いを確かめるために「試算表」がありましたが、打ち込んだ数字がシステムで自動集計される今ではあり得ない概念です。
このように、昔から仕事の質は変化し続けていますが、数字を作るところはどんどん自動化されていくので、作業に逃げてしまうと、いずれ仕事はなくなってしまう。作業よりももっと前の工程にスキルや知識を広げていかないと、経理人材としての価値は薄れていくでしょう(武内氏) 。

ITやAIに置き換わらない経験を
武内氏同様に、私も経理という職業そのものが変わると思っています。作業はどんどんなくなっていきますが、一方で出納係の仕事がすぐになくなるとも思いません。経理に限らず、10~20年くらいでは、なかなかITやAIで置き換えがしにくい仕事もあるでしょう。

作業が減り、経理という仕事の質が変わっていく中で、自身の仕事がITやAIで置き換え可能かを、一度考えてみるといいかもしれません(乙津氏)。

システムに頼らず、基礎理解を怠らない
自分の実体験になりますが、入社して経理に配属された時に、簿記を取得することを命じられましたが、すでに経理の仕事は始めていました。会計システムに仕訳を打てば、プロセスを知らなくても貸借対照表はできあがるので、当時はそれが貸借対照表の作り方だと受け取っていました。その後、簿記を勉強してようやく裏側を知り、貸借対照表の項目がどのように相関しているのかを理解しました。

AIやシステム化の弊害かもしれませんが、勉強せずとも間違いなく数字を打ち込めば完成品ができてしまいます。何となく分かったつもりのままではなく、きちんと勉強し、会計の基礎やプロセスはきちんと理解しておくべきでしょう。(奥野氏)。

「成長する経理人材」の特徴

「数字の外側に興味を持つ」
経理作業は得意でも、計算結果に興味がないタイプは伸び悩んでしまう可能性があります。正しく売上高は計上できて、財務諸表も作れるのに、貸借の合計や自己資本比率を聞いてもすぐに回答が返ってこない。もちろん、作業者としてはパーフェクトですが、経理人材としては視野が狭いのです。直接日常の仕事に関わらなくても、売上高の規模感が業界何位なのかとか、昨年と比べてどうなったのかとか、数字の外側に興味を持つことが成長に繋がると思っています(奥野氏)。

「知っているふりをしない」
成長するかどうかの私の基準はたった1つ。それは「知ったかぶりをするかどうか」です。素直に分からないものは「分からないです」と言える人でないと、絶対に育ちません。採用面接でも「税金計算できます」と言ったけど、掘り下げて聞くと根拠は知らずに会計ソフトに入力して、自動計算されているだけというケースはたくさんあります。経理人材として、知っているふりでは成長しないので、判断の基準にしています(乙津氏)。

「自分の適性に合った環境を選ぶ」
ベンチャーなど中小規模の企業の場合、大手企業に比べて理不尽なことも多く、当たり前のものも整っていなかったりします。そのため、まず自分で材料を取りに行くことができるタイプでないと伸びません。会社全体の商流に興味を持ち、多方面にアンテナを張ることによって、先回りで手を打つことができるようになるし、経理人材としてのセンスも磨かれるでしょう。

一方で、経理の細かな作業が好きな人は、小さい規模の企業よりも、大手企業、または税理士事務所や監査法人の方が向いているかもしれません。

大手企業の場合は担当領域が明確に決められており、例えば上場企業の開示資料などは非常に細かく見ることのできる人の方が向いています。一言一句をチェックし、全体の数字の整合性が取れているかどうかを確認しなければならないからです。また、税理士事務所や監査法人も、金額計算や節税対策などのテクニカルな領域で、数多くのクライアントの数字をひたすら作らなければならないため、作業の精度を高めることが好きな方に適した環境と言えるでしょう。

経理は企業規模によって求められることが異なります。外に目を向けることや、分からないことは素直に知ろうとする姿勢を前提として、自身に適した環境で経験を積むことが、成長する上で非常に重要だと思います(武内氏)

分岐する「経理のキャリアパス」

スペシャリストか、ゼネラリストか
例えば税理士や公認会計士、日商簿記など、経理は他の職種よりも分かりやすい資格が揃っています。資格があると周囲からも「会計領域のプロフェッショナル」と認識してもらいやすくなるので、まずは資格取得をベースとして、スペシャリストとゼネラリストの二つの選択肢があると思います。

ただ、経理の仕事は経理だけで完結する仕事はそれほど多くはありません。契約書の内容によって経理処理も変わるので、法務的な知識も必要になることもありますし、給与計算を含む人事の知識が必要になることもあります。1本の幹を伸ばすか、それとも枝葉を広げるのか、どちらを選ぶかによって求められるスキルは変わってくるでしょう(乙津氏)。

企業規模でニーズは大きく異なる
大手企業に在籍していた時は、経理部門も出納や海外など分業制が進んでいて、全員がスペシャリストを求められている環境でした。でも、ある程度把握していれば業務は遂行できるのと、大手企業なら公認会計士や監査がいるので、難しい論点は専門家に頼るという選択肢もあります。一方で、ベンチャーなど中小規模の企業には社内に専門家もいませんし、バックオフィスの人数が少ないので、経理以外の仕事も含めて、ゼネラリストが求められます。「どちらの環境で働きたいか」が重要ですね(奥野氏)。

専門家を繋ぐ“H型人材”が求められる
以前ならスペシャリストでないと分からなかったことが、ITが整いつつあることで、情報取得も容易ですし、システムがある程度補助してくれるため、専門性を兼ね備えたゼネラリストの方が年収やキャリアパスという意味で、どんどん有利になっている気がします。もちろんスペシャリティを極めるという方向で一点突破するという選択肢もありますが、今は様々な知識を組み合わせて横展開ができる“H型人材※”が求められています。

よほどスペシャリストのトップランナーになれれば別ですが、狭き門でもあるため、ゼネラリストを選択した方が、キャリアとしての道は広いというのが、経理に限らず感じるところです。専門の幹を持ったゼネラリストの方が、業務上、システムの恩恵も受けやすいという側面もあるでしょう(武内氏)。

経理責任者に必要な「マネジメント姿勢」

減点方式は避け、「1on1」の設定を
経理の仕事は減点方式になりがちです。マネジメント側の立場では、減点方式は楽なので評価指標に採用されやすいのですが、減点されているほうはかなりしんどいものです。加点方式を実現するのは難しいかもしれませんが、できるだけ減点方式を避けた方が、メンバーは気持ちよく仕事ができますし、突然に退職する可能性も減らせると思います。

また、「1on1」の導入もお勧めです。僕は、 「1on1」の場は叱咤したり要求したりする場ではないということを、まずメンバーに宣言して、その上で月に1回、業務の話を一切しない場として設けるようにしています。一緒に働いている仲間なので、場を設けて対話をしていると、何かしらサインを送ってくることがあるんですね。そのサインを汲み取ることで、気持ちよく働いてもらえるので、とても大切な時間と捉えています。

経理は、他の職種からは「難しい顔をして電卓をパソコンに向き合う仕事」というイメージを持たれがちです。「経理のフロアに入ると空気が重い」と言われた方もいるのでは。だからこそ、できるだけご機嫌に仕事ができる職場環境を作ることが理想ですね(奥野氏) 。

一人ひとりにきちんと向き合う
マネジメントには色々な種類があり、メンバーのタイプも多様なので、まず「ちゃんと向き合う」ことが大切だと考えています。特に自身が採用過程に関わって入社したメンバーに対しては、「一緒に働きたい」と思って選考を進めたという前提があります。それなのにきちんと向き合わないのは、とても理不尽。もちろん、採用に関わっていないメンバーに対しても、一人ひとり向き合ってマネジメントすることがとても重要だと考えています(乙津氏)。

否定から入らずに、しっかりやり切る
バックオフィスの仕事はどうしても内側に閉じてしまって、「特殊だからできません」「昔からこう決まってるんで」など、何となく諦めてしまったり、無駄なことを繰り返してしまったりということが多いように感じています。でも、それは前提条件が見えていないだけだったり、パズルのピースが1つ足りないだけだったりして、絶対にできないわけではありません。

特に経理は、ある程度の基準や共通の指標があり、ケーススタディなら判例があるので、極端に言えば「特殊だからできない」ということは存在しません。ロジカルに分解したり、しっかりやり切ろうと思うかどうかの差だけです。マネジャーとしては「無理」「時間がない」という姿勢ではなく、メンバーの掘り下げを一緒に手伝っていく姿勢が大切ではないでしょうか(武内氏)。

やる気を導く「経理業務の評価方法」

「当たり前品質」と「アクティブ目標」
バックオフィスの目標設定の仕方として、事業貢献ベースの「決算の〇日早期化」という目標も効果的な方法の1つだと思いますが、「業務効率化の案作成」「一部実行」など、段階を切り分けて目標設定することもあります。マネジメント側は、まず「何のために早期化するのか」「なぜ業務改善するのか」など、本来の目的・命題を提示して考えてもらうことが重要です 。

また、視野を広げるために行動ベースの目標を設定するケースもあります。例えばイベント企画など、業務と直接関わりのない部署とコミュニケーションを取って、どのような仕事をしているのかをヒアリングしたり、イベントを手伝ったりしながら仲良くなる、といった行動目標を通じて、内向きになりがちな視野を広げるようにしています。

バックオフィスの評価はなかなかプラスを付けにくい側面があるので、約半分はマイナスがない、先月は〇件のミスが〇件に減った、など”当たり前品質“を評価し、残り半分をアクティブな改善系で、できる限り興味とスキルが一致する目標を設定します。例えば全社に向けて月次で業績報告書を作って社内掲示板に掲載するとか、経費精算でミスが多いのであれば、マニュアルの改善や営業への説明会を開催するとか、新しいシステムを見つけて導入するなどです。こうしたアクティブな目標と、当たり前品質に対する評価をミックスしています(奥野氏) 。

「現場の時間を減らす工夫」を高く評価
私は、「当たり前」を間違えずに実行できたらプラスの評価をしています。「BSは1円も間違っていないのが当たり前」といった認識を持っている方も多いと思いますが、それは当たり前ではなく、経理が一生懸命に頑張った成果です。

もちろん、数値的な評価ができる「早期化」「効率化」「ミス削減」も評価しますし、「新しい知識を学ぶ」といった行動も評価します。「当たり前のことを当たり前にやる」ことに対して、プラスの点をつける方は少ないかもしれませんが、意識的に加点しています。

ただし一番評価するのは「現場の業務時間をどれだけ減らしたか」。本来の事業活動に割く時間が大きければ大きいほど、ビジネスは成長すると考えています。そのため現場の手数を減らす工夫をしている経理メンバーを、一番高く評価しますね(乙津氏)。

業務を「可視化」するためのヒント

業務を評価する前に課題となるのが、「業務の属人化」です。マネジメント側が正しく業務を把握できず、業務の可視化や標準化を図ろうとしても、うまくいかないケースも多いようです。マネジメント側として業務を把握・可視化するために、どのような働きかけを行ったらいいのでしょうか?

「管理側のニーズ」であることを伝える
職人肌でキャリアもあり「あの人に聞けば分かる」という生き字引のような方にとって、あえて業務を可視化することは「自分に聞けば早いのに」と無意味に映ってしまうようです。確かにその通りなのですが、もしベテランが退職してしまったら組織は大混乱に陥ります。マネジメント側はリスク回避の観点で、業務をオープンにする必要があるのです。

その際は、「やっていることを書き出して下さい」という前に、まず「管理する側のために協力してほしい」ということを、メンバーに丁寧に伝えることが重要です(奥野氏)。

問いかけではなく、コミュニケーションを
仕事はできるけれど、業務が多すぎて残業が増え続けているメンバーがいました。すべてのフローに関わっていることは把握しているのですが、具体的に何をしているのかは分からなかった。「タスクを出してください」と伝えても、残業するレベルとは思えず、結局隣の席に行って3カ月かけて仕事を一緒にやることで、ようやく業務内容を把握することができました。

恐らく、属人化しやすい人は基本的に責任感が強く生真面目で、業務をオープンにして役割分担することに対して「自分がいなければ回らないのでは」という心理的な不安があるのだと思います。そのため「なぜ残業が多いのか」という問いかけをしても、明確な回答を得ることはできません。業務内容を知りたい理由をきちんと伝えて、コミュニケーションを図りながら、タスクを解きほぐしていくことが第一歩でしょう(乙津氏) 。


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