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どこでもドアの先

諸般の事情でしばらく日本にいた。
実家の蔵を探検していたら、こんなものが出てきた。

箱に入っていたそれは、まさかのまさか。

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『小鍛治』の小狐丸だった。

どうしてこんなものが家においてあるのかわからず興奮して父に確認すると、祖母がどこかで買ったか誰かに頂いたものだろうという。お蔵の中で眠っていた小狐丸に出会えた嬉しさと、ついこないだまで習っていた謡の『小鍛冶』ではないか! という驚き、そして20年ぶりの祖母との邂逅に思わず「おばあちゃーん!!」と声が出た。


ありがたいことに、日本滞在中には対面稽古の機会を頂いた。
当日はお屋敷にたどり着くまでも大変だったが、ようやく着いたと思ったら入り口がわからず立ち尽くすこと数分。蚊にさされまくって耐えられなくなったあたりでようやくインターフォンが見つかった。しかし、押しても反応がない。後でお伺いしたら全然違うボタンを押していたようであったが、蚊の襲撃に心が折れかけ、これはもう別の日に出直そうかと思いかけたころ先生が探しにきてくださった。

いざ、お屋敷に入ると、いつも画面上で見ていた景色が目の前に広がっている。
どこでもドアの先はこうなっていたのか……と静かに感動していると、私がかばんから取り出した扇をご覧になった先生が驚きの声をあげられた。


「こ、これは……子供用ですよ!?」


なんと、昨年11月から私がお稽古に使っていた扇は子供用であったようだ。

扇があってよかった! と思っていた私にとっては大したことではなかったが、先生は驚きを隠せないようで、その後もしばらく、まさか子供用を使っていらっしゃるとは……とびっくりしていらっしゃった。だからサシがあんなにやりにくそうだったのですね、などと優しいお言葉をかけてくださったが、サシが決まらないのは扇のせいではなく私のせいである。よくわからないが、大人用と子供用では大きさが全く違うのだそうだ。大人は大人の扇を使いましょうね、とのことでその日から大人用を使うことになった。


肝心のお仕舞のお稽古は、一人であたふたしている間に終わってしまった。お舞台に上がる際、ここに神様が宿るのかと思ったら思わずお辞儀をしてしまう。広い! 切戸口から出てきたところから帰るところまでやってみましょうとなったのだが、自宅の部屋とは広さがまるで違うので、移動距離も数倍になる。今まで部屋の中で6歩、8歩などとやっていたものが、例えば角柱までの距離は永遠とも思えるほどだ。そこから大小前へ戻るのも一苦労である。舞うというかもはや小走りの移動になってしまい、しまいには「今、びわまめさんは囃し方のところへ突っ込んでしまっています」と言われる始末であった。想像していたとはいえ、どこでもドアの先の世界は甘くなかった。

そして、大人用の扇は開いてくれない。子供用の扇を開くのに数週間かかった私が大人用の扇を問題なく開けるようになるのはいつであろうか。先日「もう扇は開けるようになりましたか?」と事務局の方から聞かれたばかりであったのに。

このようにして初めての対面稽古は終わったが、帰ってからしばらくぽおっとしてしまった。

しかし、えらいことになった。
オンラインで始めた能のお稽古が、9カ月経って先生にも実際にお会いすることができた。すごいことである。

そして、私の新しいディズニーランドができたことに気がついた。今回何度か対面稽古に通ったが、ちっともできないくせにディズニーランドまでの足取りはスキップで走り出しそうなぐらいに軽く、毎回その日をどれだけ楽しみにしているのかがわかって自分でも可笑しくなった。

次のディズニーランド行きは来年の夏になるだろうか。
それまでに謡も仕舞もたくさん課題を頂いたので、少しずつ消化できるようがんばろう。これからは大人用扇とともに。

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