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それでも前に進むために。スケーター監督が語ってくれたこと。映画『行き止まりの世界に生まれて』オンライントークレポート@新宿シネマカリテ <全文>

「全米で最も惨めな町」イリノイ州ロックフォード。閉塞感あるラストベルトの小さな町で必死にもがくスケーター3人の12年間を描いた傑作ドキュメンタリー『行き止まりの世界に生まれて』が、日本で大ヒット公開中です。アカデミー賞&エミー賞Wノミネート、サンダンス映画祭をはじめ59の賞を総なめ、ロッテントマト満足度100%、さらにはオバマ前大統領に絶賛された本作のビン・リュー監督によるオンライントークを、9/6(日)新宿シネマカリテにて行いました。ご来場のみなさまとの濃密なQ&Aの再録をお送りします。

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―まずは一言ご挨拶をお願いします。

本日はご来場いただき、日本での公開を素晴らしいものにしてくださってありがとうございます。この映画を制作している時は、こんなにも世界中で公開されるなど夢にも思っていなかったので、こうやって日本で公開されることをとてもうれしく思っています。 

―監督にとって子どもから大人になることは何?またいつ?とお考えでしょうか? 

とても良いご質問ですが、とても難しいご質問ですね。 いつ大人になるのかは自分自身で決めることなのかなと思います。 スケートボーディングについてこんな素晴らしい言葉があります。「年をとったからスケートボードをやめるんじゃなくて、スケートボードをやめたから年をとるんだ」ってね。 

―このドキュメンタリー映画の制作は、監督自身やおふたりの友人へ具体的にどのような影響をもたらしましたか? 

キアーはセラピーだと言っていました。ザックにとっては人生で初めて自分自身をしっかり”見てもらえた”と感じたと思います。少なくとも、僕が彼から両親について聞いてきたことなど考えると、彼は今まで、自分のスケートボードにしても興味があったアートにしても、ちゃんと自分が受け入れられたと感じられたことがなかった。なので、彼にとってもセラピーであり、また受け入れられたと思える経験になったのかなと思います。 僕にとっては、自分の幼少期や思春期、複雑で理解できなかったことについて理解できる機会になりました。僕は若い頃、なぜこんなにも多くの友人が薬物中毒になったり、自殺を図ったり、健康的な大人になるのに問題を抱えているかわからなかった。その答えの多くを得られたように思います。 

―看板(ビルボード)の文を映した狙いは何ですか。皮肉ですか? 

はじめはメッセージの演出として面白いアイデアなんじゃないかなと思って色々と撮っていました。どう入れ込めるかわからなかったけどやってみたって感じです。最終的には2、3入れるかたちになりました。 

―前に進むための希望のカギは何だとお考えですか? 

僕が(映画について)受けた反応の中で、特にザックについて、「なんて悪いやつだ。耐えられない」というものがありました。でも、僕たちはみな、誰もが人を傷つける能力を持っていることを認識すべきだと思うのです。日々、自分の人生の中の一つ一つの人間関係の中で、自分が誰かを傷つけてしまう可能性があると気づくまで、社会として前に進めるものではないと思うのです。それに気づくことができれば、僕たちには選択肢があることにも気がつけると思います。自分がどうありたいかは、毎日自分で選ぶことができるのだと。それが僕にとってこの映画が持つ最も大きなテーマであり、どうしたら家庭の中でお互いに対しての暴力がない社会に向けて進んでいけるかの対話をもたらすことができるものだと考えています。 

―素晴らしい作品をありがとうございます。登場人物の皆さんのこれからに幸あれと願います。オバマ前大統領がこの作品を絶賛していることについてどう思われますか? 

すごく嬉しかったです。彼は大学院生としてシカゴにやってきて、政治的なキャリアをスタートさせています。同じシカゴエリアの出身者であり、ちょうど僕が大人になる時期、選挙権を得る時期にすごく希望を与えてくれた人物でしたから、絶賛してもらえたのはとてもありがたかったです。とにかく驚きでしたし、おそれ多いことでした。 

―Did Zack see the film? How was his reaction? (ザックはこの映画を観ましたか?彼の反応はどのようなものでしたか?) 

みんなには完成させる前に一度観てもらっています。この映画を世に出して大丈夫かを一人一人にしっかり確認したかったから。ザックは最後泣いていました。僕やキアーや周りの人々も自分と同じような経験をしているということがすごく響いていました。彼は内なる葛藤を抱えていてすごく孤独を感じていたみたいだから。もちろん、彼とニナの関係性が描かれていることに気まずさを感じていたとは思います。でも、彼は僕がこの映画でやろうとしていることを信じてくれていたので、「これで大丈夫だよ」と言ってくれました。 

―はじめてカメラでスケートボードを撮り始めたのは何才の時ですか?撮ろうと思ったきっかけは? 

はじめてカメラを手にしたのは14才の時ですが、はじめは持ち回りの役割分担のような感じでした。でも実際に撮り始めたら、仲間の中で特別なステータスが得られて、扱いが変わり、リスペクトされるようになりました。当時僕はそこまでスケボーが上手くはなかったから、より人気になるために(笑)、よりリスペクトを得るために、上手い映像を撮れるように頑張って、スケートビデオを作っていました。16、17の頃には、アメリカ中を旅して、僕のビデオを見たり知ったりしてくれていた各地のスケートボーダーたちを撮影して回っていました。 

―暴力をなくすために、何をすべきとお考えですか? 

個人レベルでは、暴力が起きた時に、それをきっちりと指摘するということ。全体としては、ただ暴力を罰するのではなく、暴力が起きる前に止める方法を見つけていかなければいけないと思います。その唯一の方法は、そもそも社会の中で暴力が生まれるきっかけが何なのかを見つめていくこと。一部には、例えばドメスティック・バイオレンスを扱う法律であったり、一部には、こういったことをタブー視せずに話せる環境を作っていくことが必要なんじゃないかなと思います。自分が誰かを傷つけてしまうかもしれないことを認め、それを恥じずに、自分をより向上させるために、話をすること。そういったカルチャーを作ることじゃないかなと思います。人間は誰もが他人を傷つける能力を持っている。これをちゃんと感じるカルチャーがあれば、善悪の世界ではなく、グレーの部分も含めたアカウンタビリティについても考えることができると思います。 

―アメリカ社会に求めるものは何ですか? 

二極化を乗り越えられる方法です。今アメリカは、数十年に渡ってカルチャーが非常に二極化していると思うんです。カルチャー戦争みたいなものが起きていて、左か右か、赤か青か、というような状態が続いています。まるでゲームをしているみたいに、最終目的が勝利することのみになってしまっているように思うんです。その中で価値観やモラルといったものが置き去りにされてしまって、そういうことをもはや話し合わなくなってしまっている。例えば選挙、例えば何かの討論といったものも、勝つことだけに向かっている。まずは僕たちが人間として何者なのかということに立ち戻らなければいけない。そして、この社会の中で、どんな価値観を私たちは大事にしなければならないのか、そしてその価値観が、半分の人々ではなく全ての人にとって意味のあるものか、改めて考えなければいけないのではないかと思います。 

―撮影することが被写体になった人々の人生に影響を与えることについて、どんなことを考えましたか? 

最初は通常のドキュメンタリーのように、客観性を持って撮ろうと思っていました。けれど、特にニナにザックが暴力的なことをするということが起きた時、自分がストーリーに関与する責任を感じました。僕は作り手として、みんなの安全を考えるべき立場にあったから。僕がストーリーに最も関与したのは、ニナと話すことでした。僕の母親が若い頃にできなかったことをニナにはしてもらいたいと思いました。それは自尊心を取り戻し、不健康な人間関係から離れるということです。完全に客観的な映画というものはないと思っています。最近興味があるのは、フィルムメイキングの行為自体が、物語にどんな影響を与えるのかに自覚的な映画です。それが最も真実に近づける方法なのではないかと思っています。 

―もし、この町ではなく他の町に生まれていたら、家族のあり方は違っていたと思いますか?また家庭内暴力はなかったと思いますか? 

おそらく違ったかたちにはならなかったと思います。というのは、母の生い立ちに関することですが、彼女の父親自体が暴力的な人で、僕の実の父は身体的に暴力をふるうことはなかったと思うのですが、映画に登場する僕の継父の前に母が付き合っていた彼氏も暴力をふるうような人だった。母はDVのサバイバーとして、自分の体験をもとにした関係性の築き方のモデルを再現してしまう傾向があったと思います。なので、ロックフォードじゃない場所で、あるいはあの継父じゃなかったら、と考えても、やはり暴力はあったかもしれないと思います。もっと複雑なものだと思うんですよね。DVというのは、世界中にあって、貧富も、国も関係なく、どこでも起きていることだと思います。 

―監督の次回作が今から楽しみです。次回作、その他のプロジェクトのお話を聞かせてください。 

ここ2、3年取り組んでいるのは、シカゴの銃による暴力が多い2つのエリアで、コミュニティを拠点として特に若い男性に向けて経済的な機会を提供し、学校に通えるようにしたり、仕事のためのトレーニングをして、彼らの生活を向上させるサポートをしている団体についての映画です。このエリアの暴力には、歴史的に、例えば学校であったり、スーパーでさえも投資がほとんどされていないという背景があります。シカゴの忘れられたコミュニティともいえる場所で、そこには黒人の方が多く住んでいます。その中で、1600年ぐらいに初めて奴隷が連れてこられてから、アメリカが黒人の方たちにどういうことをしてきたのかということも掘り下げていきたいと思っています。 

―最後に一言。 改めて、今日は映画を観に来てくださって、映画を応援してくださって、本当にありがとうございました。 ぜひ、お友達やご家族にこの映画を見るように勧めてください。そして、多くの対話が生まれたら嬉しいです。みなさん自身やみなさんのお友達や家族などにとって必要とされるトピックが(映画の中に)あれば良いなと願っています。 

<お時間の都合上お受けできなかったご質問にもいくつか答えてもらいました >(全てにお答えできずすみません!)

―Can you explain what the title “Minding the gap” means? (原題”Minding the gap”の意味を教えてください) 

クールで詩的な音感がいいなと思ったんですよね。 元々(映画の)アイデアとして、子どもと大人、男性と女性といった様々なギャップを見つめようと思っていたんです。スケボーは90%がメンタルなもの、90%がマインドに依るものなので、もしスケートボーダーがそのコンセプトを人生に応用することができれば、より健康的なかたちで大人になれるんじゃないかって考えていました。

―撮影前にどんな準備が必要でしたか? 

特に準備はしていないです。はじめの何年間はあちこちのスケートボーダーにインタビューをして回って、両親についてや大人になることについて聞いていました。キアーやザックをメインで追いかけるようになってからは、僕らはただ一緒にスケボーをして、その合間で真面目な問題についても聞いてみたり、という感じでした。なので、ほとんどがアドリブ的なものでした。

 ―なぜ暴力と貧困がアメリカにこんなにあるのか? 

他の先進国と比べて、アメリカに福祉というものが欠けているからじゃないかと思います。国の成り立ちとして、合衆国なので、州の政府と国の政府があり、それぞれがどちらの方が権利を持つべきかというせめぎ合いが続いていて、それに資本主義が加わった中でのシステムというのが福祉サービスを提供できない状態にさせてしまっている。ポスト恐慌時代、第二次世界大戦後に、社会保障とかメディケアとかいったものが出てきてはいるけれど。ちょっとアカデミックな回答になってしまいました(笑)歴史を紐解けば、なぜ今このような状況なのか、アメリカだけじゃなくて世界中のことについてもっとわかるのだと思います。 

―若い人たちが「負の連鎖」に気づいた時、そこから脱却するために必要なものとは何でしょうか。 

まずは、セルフケア。今でこそバズワードですが、僕が子どもの頃にはそんな考え方はありませんでした。直感的に自分自身が安全と感じられる何かを見つけること。僕にとってはスケートボードだったし、音楽、本、映画でした。僕が幸運だったのは、年上の先生であったり、家に泊めてくれる友達だったり、人に恵まれたことでした。自分が何になりたいのかの選択肢を持っているんだって気づくことが大切なんじゃないかなと思います。誰と時間を共にしたいか、人生でどんなことをしたいか、どんなことも自分次第です。不思議なのは、生まれて、選択肢を与えられることなく、コントロールの感覚を持つことなく人生が始まって、ある時いきなり人生の選択を自分ですることが当然とされること。思春期や10代になると、時に自分に選択肢なんてなく感じられて、自己破壊的になってしまうこともあると思うけど、負の連鎖を断ち切るには、少しでも早く、毎日行う選択、決断は自分のものだって気づくことが第一歩なんじゃないかなと思います。

『行き止まりの世界に生まれて』は、新宿シネマカリテ 、ヒューマントラストシネマ渋谷にて大ヒット公開中!

■監督トークイベント第2弾!!
日時:9月12日(土)11時の回上映後
場所:ヒューマントラストシネマ渋谷
詳細はこちら

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