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【第2夜】消灯までショート×ショート

第2夜  「他人の人生では常に自分は脇役」

桜の蕾がチラチラと芽吹き出す頃。わたしの元に1通の招待状が届いた。

ジューンブライドへと誘う招待状の差出人には学生時代からの親友である彩花の名前が書かれている。

「え?彩花、結婚するの?」

招待状の差出人である彩花とは長い付き合いで、高校で同じクラスになって以来、色々な想い出を共有してきた間柄だ。

少し心に弱いところがあって、儚げで、同性なのにワガママを聞いてあげたくなる。わたしはそんな魅力的な彩花の親友でいられることが自慢だった。

夜中に呼び出されればスッピンで駆け付け、恋人ができたと言われれば自分のデートそっちのけで会いに行き、失恋したと言われれば仕事をサボって朝まで一緒に泣く。

そんな依存とも言える関係性は大人になってからも続いていた。

「他人の人生では常に自分は脇役」という言葉を聞くが、わたしの人生の主役は、間違いなく自分ではなく彩花だった。

周りからは「もっと自分の人生を生きた方がいい」と度々言われたが、わたしの人生における役名は『彩花の親友役』でいいと思っていたし、むしろそのキャスティングが誇らしいとさえ思っていた。

そんな彩花との連絡が途絶えたのは今から1年ほど前のことだ。

わたしが当時付き合っていた彼氏と別れたことを報告しようと連絡を入れたところ、SNSのアカウントが全てブロックされているのに気が付いたのだ。

そのあとあらゆる手段を使って連絡を取ろうと試みたが上手くいかなかった。

風の噂で恋人ができたことだけは耳にしていたが、まさか結婚まで話が進んでいたとは……

お酒が入る度に彩花が口癖のように言っていた「結婚式のスピーチは絶対にあなたがしてね」という言葉が脳内をぐるぐるする。

この言葉を信じて、親友同士の約束だと舞い上がっていたのはこちらだけで、彩花からしたらわたしはただの人生の脇役だったのだろうか。

いや、結婚を決めた恋人の存在を知らされていないようでは、脇役どころか名前の付かないエキストラだったのかもしれない。

そんなモヤモヤとした気持ちを抱えたまま、招待状の返事を書くためにペンを持った。その瞬間、それを引き止めるようにスマートフォンが鳴った。

見たことのない番号からだ。

「はい、もしもし」
「……久しぶり」
「彩花……?」

どうせ営業電話だろうと無愛想に取ったスマートフォンの奥から聞こえてきたのは、連絡が来るのをずっと待ち焦がれた相手からだった。

「元気そうで良かった……」

聞きたいことや言いたいことはたくさんあったが、安堵の言葉が真っ先に口から出た。

「今まで連絡できなくてごめんね。どうしても彼氏ができたって言い出せなくて…その…彼は…あなたの……」

彩花が歯切れ悪く語ったのは、彩花と連絡が取れなくなったタイミングを考える度に何度も脳内で想像していた話だった。

「でもね、やっぱり結婚式のスピーチは絶対にあなたにしてほしくて……ひどいお願いだって…分かってるけど……」

この電話をくれるまでたくさんの葛藤をしたのだろう。電話口の彩花は今にも泣き出しそうだった。しかしそんな彩花より先に涙が出たのはわたしの方だった。

「今までどれだけ彩花のワガママを聞いてきたと思ってるの?……もちろん任せてよ」

2人揃って大泣きして、会えなかった1年を取り戻すように息もつかずに語り合った。

そんな長い長い電話を切る頃には、気付けば外は真っ暗だった。

「少し外に出ようかな」

桜並木を歩きながら、彩花に言われた「あなたも幸せになってね」という言葉を心の中で反芻する。

月明かりに照らされて、まだ蕾だけの桜が春風に揺れるのが見える。でもきっと明日になれば1輪ずつ花もほころぶのだろう。

これからはわたしも自分が主役の人生を歩んでもいいかもしれないー

そんなことを考えながらわたしはとある小さなマンションの一室のインターホンを押した。ピンポーンと軽やかに響く呼び鈴と同じくらい心は軽い。

「夜遅くにごめんね」

はーい、という少し気の抜けた返事の後に、顔をのぞかせたのはスウェット姿の男だった。

「急にどうしたんだよ」

わたしは、ドアチェーンも外さず、怪しい人物を見るような顔でこちらを見る彼に、寂しそうに笑いかける。

「なんだか急に会いたくなっちゃって」
「……俺とお前はもう1年前に終わってるだろ?」

先程の訝しむような態度と打って変わって、口元にニヤニヤと笑みを浮かべる彼を見ながら、「浮気は不治の病」とはまったくよく言ったものだなと感心する。

彩花から「結婚式のスピーチをお願いしたい」という言葉を聞いた時、涙が流れたのは事実だ。

だがそれは決して「約束を覚えていてくれた喜び」ではなく「人生をめちゃくちゃにされた憎しみ」からだった。

わたしから恋人を奪い、その人との結婚式でスピーチをさせようとした上で、「あなたも幸せになってね」だと?

とんだお笑い草だ。能天気なあの子の生きる人生の舞台はコメディなんだろう。

大体、昔からあの子はわたしのことを「あなた」と呼ぶが、わたしにだって名前くらいある。

「おい、急に黙ってどうしたんだよ、若菜」

少し不安そうにわたしを呼ぶ彼の声に、ゆっくりと目線を合わせて微笑みかける。

「部屋、入ってもいいかな?」

そんなわたしの言葉に彼の喉が鳴る。

あの子はいつまでもわたしの役名を『彩花の親友役』だと思ってるからこんなことになるんだ。

これからのわたしは主役。
友達と恋人に裏切られた、哀れな復讐劇の主人公だ。


Fin

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