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【第3夜】消灯までショート×ショート

第3夜 「動く君と語る僕」

水曜日の16時。
雨上がりのグラウンドを走るバレー部をぼんやりと眺めるのに、窓際の俺の席はベストポジションだ。

普段は室内の体育館で汗を流す彼女たちだが、週に1度、水曜日だけはランニングトレーニングという名目で屋外にやってくるらしい。

普段はむさ苦しくグラウンドの縄張り争いをしている野球部とラグビー部の野郎共も、この日に限ってはどこか紳士的に見える。

「グラウンドを眺めながら余裕そうだな!ってことは脚本はもうできたんだな?」

チクチクと耳に痛い言葉とともに背後から降り注ぐ視線を感じ、俺は首をすくめて声の方を振り向く。

「脚本は1回も書いたことないからそう簡単には……」

クラスに演劇部がいるわけでもないのに、文化祭の出し物で「演劇をやろう」という話にまとまったのは今から1週間前のことだ。

クラスで全く存在感のない俺は、どんな出し物になったところで関係ない、と高みの見物を決め込んでいたのだが、「文芸部所属」というだけで劇の脚本を引き受けることになってしまったのだ。

「小説も脚本も同じようなもんじゃないのか?それにクラスの出し物の演劇に誰もクオリティなんか求めてないから気楽にやれって!」

先程から俺に喧嘩を売るような言葉を投げ掛けてきているこの松下という男は、「脚本補佐」という肩書きで「陰キャの見張り役」を押し付けられた、クラスで1番可哀想な奴だ。

バスケ部のエースでありながらクラスの副委員長も務めるような行動力のある人気者だが、俺は何でもストレートに口に出してしまう松下に苦手意識を持っている。

(クオリティを求めないならシンデレラとか桃太郎とか既存のストーリーをやればいいだろ!なんで1から俺が考えなきゃいけないんだよ!)

松下のように何でもかんでも口に出せる訳ではない俺は、心の中でこれでもかと悪態をつく。

「なんかいま心の中で文句言ったろ?」

……前言撤回、こいつのことは「苦手」じゃなくて「嫌い」だ。

「そんなにすぐは書けないって…君だって脚本補佐なんだからアイデア出すの手伝ってよ……」

「んー、おれドラマとか演劇とか観ないからよく分かんないんだよな」

なんて頼りがいのない補佐なんだ、という言葉を必死に飲み込み、仕方なく俺は1人で原稿用紙に向き合うことにする。

いくつもの設定が脳内で浮かんでは消え、これなら書けそうだ、という淡い期待を持って6個目の案を文字にしようとシャーペンを握り直した瞬間、「なあ、南!」という俺を呼ぶ声が鼓膜を揺らした。

突然の松下の大声に、脳内に浮かんでいたキャラクターたちのセリフのイメージが全て吹き飛ぶ。

こいつは俺に脚本を書かせたいのか書かせたくないのか、どっちなんだ?

「……なんだよ」

「見ろよ!虹!!すげえ!!」

俺は子どものように目を輝かせて窓の外を指差す松下に冷たい視線を送る。

こいつは本当に思ったことを全て口に出さないと気が済まないのか?

「ちょっとトイレ……」

このままでは永遠に作業が進まないと判断した俺は、適当な言い訳と虹を見るのに夢中になっている松下を教室に残し、文芸部の部室に向かう。

やっぱり集中して文章を書くなら部室に限る。
松下と教室にいる時には思い浮かばなかったセリフがいくつも浮かんで、原稿用紙がみるみる埋まっていく。

(あ、いけね…教室に消しゴム置いてきたな)

せっかく筆が乗っている内にもう少し進めたい気持ちと教室に戻って松下の相手をする面倒臭さを天秤にかけ、渋々ながら教室へ戻ることを決めて席を立つ。

重い気持ちを引きずりながらようやく教室に戻り、扉に手をかけると、室内から松下のものではない2つの声が飛び込んできた。

「松下もあいつが文芸部で出してる小説読んだだろ?普段は無口な癖に文章だと饒舌に語っちゃってる感じがキモいよな」

「ホントそう。今回も自分の得意分野だからって空気読まずに手上げてさ。そんな奴のためにお前がこんな面倒な仕事を引き受ける必要なかったんだよ」

どうやら考えうる限り最悪のタイミングで戻ってきてしまったらしい。俺はそっと教室の戸から手を離す。

聞くに耐えない言葉のオンパレードが耳に飛び込んでくるが、大したダメージはない。去年の文化祭で文芸部が出した部誌をクラスで回し読みされ、バカにされていることはとっくに気付いている。

消しゴムは諦めて部室に帰ろう、と踵を返した瞬間、ここまでだんまりを決め込んでいた松下の声が聞こえた。

「え?俺は南が書いた小説好きだけど?」

思いがけない言葉に心臓がドクリと跳ねる。扉の外に俺がいることを知る由もない松下は、クラスメイト相手にあいつらしい言葉を続けた。

「南が脚本を書くって立候補したのは、委員長が嫌がってるのに押し付けられそうになってたからだろ?少しでも役に立ったら…って俺も補佐に立候補したけど、結局は口だけで何もできてないし、南はすごいよ」

俺を褒める松下に、なにやらクラスメイトたちは反論やら文句を言っているようだったが、それが聞こえないくらい自分の心臓の音と先程の松下のセリフが耳元でうるさく聞こえる。

しばらくして「もういいよ!」という少し怒った声とともに教室の戸が勢い良く開いた。その瞬間に、しまった、どこかに隠れておけば良かったと思ったがもう遅い。

まさか扉の外に悪口の相手がいるとは思ってなかったであろう気まずそうな2人の奥から、俺の席に座った松下が手を振るのが見える。

「おう、南!おかえり!」

場違いなほど明るい松下の表情に目を奪われていると、舌打ちとともにクラスメイトが走り去っていった。

「まったくあいつらも失礼しちゃうよな。南がこんなに頑張ってるっていうのにさ」

でも怒らせちゃったのは悪かったな〜、と他人事のように笑う松下を教室の入り口から眺めながら、俺はやっぱりこいつのこと苦手だなと再確認する。

(やっぱり松下は苦手だ。苦手だけど…でも……)

「…脚本の続き、一緒に考えようぜ」

苦手という気持ちの奥で先程とは少し違う感情が動き出したのを感じる。

俺はまだこの気持ちの名前を知らない。

Fin

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