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【第5夜】消灯までショート×ショート

第5夜「彼と会う日はいつも雨」


彼を初めて見掛けたのは梅雨の雨が降るグラウンドだった。

その日は傘を差さずに帰るには無理があるくらいの雨が降っていて、顧問が厳しいで有名な野球部やラグビー部ですら早々に部活を切り上げて帰ってしまうような天気だった。

そんな土砂降りの雨の中、制服姿の彼は1人でゴールに向かってひたすらボールを投げていた。

(変な人……)

彼がハンドボール部に所属している同級生だと知ったのは、それから2週間後のことだ。

「塩田くん?」
「夏美、塩田くん知らないの?」

どうやらあの時に見掛けた変人は塩田くんと言うらしい。

1年生ながらに先輩からハンドボール部のレギュラーを勝ち取ったすごい人、というのが友人たちの評価だった。

「しかもこの前のテストは全科目で上位5位に入ってるし!」
「顔もカッコイイし、クールだよねぇ」

乙女のような顔で話す友人たちに少しの違和感を覚える。

(あんな大雨の中で練習してる人なんて頭が良くても顔が良くても変でしょ……)

しかし塩田くんに対してネガティブな印象を持っている女子は学年でわたしだけのようで、どこへ行ってもみんな「塩田くん」の話題で持ち切りだった。

そんな話題と夏の暑さに嫌気が差してきた頃、再び彼を見たのは、掃除当番でゴミを運んでいた時のことだった。

その日もあの時と同じような雨が降っていて、わたしは、1年生の教室から行くには絶対に雨に濡れなくては行けないゴミ捨て場にどうやって行こうか、と渡り廊下で困っているところだった。

「ゴミ捨て場に行こうとしてます?」

声の方を見ると、そこにはみんなの噂の塩田くんがわたしと同じように手にいっぱいのゴミを抱えて立っていた。

「ええ、まあ……」

気まずい時間が流れる。他の女子からしたら羨ましいシチュエーションなのだろうが、クラスも違えば、部活も違うような異性の同級生なんて押し黙る以外の選択肢がない。

「えっ、それって……」

少し驚いたような声に改めて彼の方を見ると、彼はわたしの髪を凝視しているようだった。

「なんですか……?」
「それって『パチリス』じゃないですか?」

どうやら彼が見ていたのはわたしの髪ではなく、ポニーテールを留めていたポケモンの髪飾りだったらしい。

高校生にもなって子供っぽい、と友人たちに1番好きなキャラクターを笑われた嫌な記憶がフラッシュバックして、イラッとする。

「……そうですけどダメですか?」
「まさか!めっちゃ可愛いですね!」
「え?」

思いがけない反応に少し戸惑う。
高校生になってから嘲笑の対象にしかならなかった髪飾りを純粋に可愛いと褒めてくれている状況に理解が追いつかない。

「俺もめちゃくちゃ好きですよ、ポケモン」

どうやらその言葉は社交辞令ではなかったらしい。

自分もポケモンが好きなのになかなか友達に話せないこと、最近新しく出たゲームを買うためにお小遣いを貯めていること、部活をしていてリアルタイムで観られないから毎週アニメを録画していること……

普段クラスメイトとはできない話で盛り上がって、それぞれの教室に戻る頃には敬語も敬称もなくなるくらいの関係性になっていた。

それからというもの、ゴミ捨ての時の渡り廊下は2人のポケモン談義に花を咲かせる時間になった。

彼と会う日は決まって雨が降っていて、いつもの掃除の時よりも長い時間、教室を離れていても周りに何も言われないのがラッキーだった。

ポケモンの話だけではなく、部活の話やクラスメイトの話、家族の話をするような間柄になる頃には、天気予報で雨の日を探すのが日課になっていた。

1学期の最終日、終業式。
この日も雨が降る1日だった。

しかし雨の日だからといって、終業式には掃除当番の仕事もない。

(この前の掃除当番の時に会えたのが最後だったのか……)

なんとなく寂しい気持ちを抱えながら校門を出ると、そこには傘を差す彼の姿があった。

「あのさ…夏休み、ポケモンの映画見に行かない?」

傘の隙間から見える彼の頬はどことなく赤いように見えた。

約束の日。
朝の情報番組の天気予報では燦々と太陽のマークが表示されているが、わたしはテレビに「甘いな」と思いながら傘を持つ。

待ち合わせ場所に着くと、そのタイミングを見計らったようにやっぱり大粒の雨が降り始めた。

「塩田ってさー!雨男なのー?!」

少し遠くから呼び掛けたわたしの声に、少し緊張した様子で時計を見つめていた彼が嬉しそうに振り返って叫ぶ。

「俺、水タイプだからー!」

見慣れない私服姿と嬉しそうな表情にドキッと心臓が跳ねる。

運動神経が良くて、頭が良くて、カッコイイ。
みんなが言う彼のそんな評価は間違ってる。

本当の彼はちょっと抜けていて、ポケモンが大好きで、負けず嫌いで、それでいて少しだけ変わってる。

「塩田と会う日って本当にいつも雨だね」

そんな変な彼にどうしようもなくときめくのは、いつまで経っても降り止まないこの雨のせいなんだろうか。

fin

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