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「考える存在としての私」のこれからを理解する上での2つのOS:前半「知能」と「意識」

 このところ、自分の仕事を次のステージにもっていきたいという欲求が強まっています。そして、その根幹はガラにもなく、実際の医師としてのクライアントに対するサービス提供そのものの在り方について次のステージに行きたいという欲求です。ただ、これはさほど困難なことでもないと自分では思っています。なぜなら、そのステージゲートはもう開いているような自身が自分の中にあること、そして、総合医としての自分の歩みの中で、その変化は十分にムリのない自然なものと解釈できるというところに寄与しているのだと思います。

 同時に、当院で総合診療を学ぶ若い医師や診療看護師を見ていると、明らかに20世紀パラダイムの生物医学的な思考ロジックに傾きすぎている医療者の比率はぐっと少なくなってきている気がします。その変化にはもちろん現代の専門職教育の変化や、総合診療系のクラスタが発信しているテキストたちの影響もあると思います。

 翻って、彼女ら/彼らがよい医療者を目指すうえで学習を続けるプロセスの中で、どうしても理解が難しいエントリが多種存在しています。例えば、家庭医療/総合診療のコンピテンシーエントリの中で、学習が容易なのは「症候診断」「予防医療」「マイナーサージェリー」「文献検索と批判的吟味」などです(失礼!これらも実際は身に着けるの大変!)。一方で学習が実に難しいと彼女ら/彼らが感じているのは、例えば「患者中心の医療」「未分化問題への対応」「統合的ケア」「臨床倫理」などです。学習が困難であるために、彼女ら/彼らがよく口にするのは「学習に適切な共通のテキストがない」ということです。それは確かに一理あるのですが、一方で、共通テキストができれば学習しやすくなるかと言われると、そうでもない気もしています。おそらく、後者に掲げたようなエントリにおいては、そもそも思考のスタイルそのものに大きな特徴があり、その特徴に対する理解がまず必要なのではないかと感じていました。

 同じくして、数年前から取り組んでいる「AI(人工知能)実装時代のヘルスケアのあり方」についてもう一度わかりやすい説明の仕方がないものかと考えながら、ユヴァル・ノア・ハラリの「21 Lessons」を読んでいたところ、めちゃくちゃわかりやすい文節に出会いました [1]。その文節を私なりにまとめると以下のようになります。

「“知能”とは、目的に到達する能力/問題解決をする能力のことだ。一方、“意識”とは、主観的体験のことだ。人工知能は近いうちに自然知能が行っている大半を代替えできるかもしれないが、依然として人間の意識にはほとんど触れることができないだろう」

 このような主張は、ハラリに限らずマックス・テグマーグが「LIFE 3.0」で主張していること、エリック・トポルが「Deep Medicine」で主張していることにも一致します[2-3]。

 以上のように考えると、自分が臨床の実践で「思考」していることや、若い医療者たちがその「思考」能力の習得において難渋していることがパーッと見えてきました。そして、衝動的に一枚の絵にしてみました。以下です。

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乱暴にまとめると、私たち人間は「考えている」ときに「知能」と「意識」の2つのいうOS(Operation System)を同時に立ち上げ、その二つのOS上で様々な思考のアプリケーションをランさせていると考えることができます。

 「知能」のOSが持つ最も重要な特性は問題解決の能力です。問題解決とは、特定のゴール(それは一つである必要はありません)を定め、そのゴールと現状との差分を見出し、差分を埋める、ということです。例えば、目の前に微熱が続いており体重が減り続けている独居の成人男性が現れたとき、医師は「鑑別診断」というアプリケーションを走らせますが、それは「この患者をこの状態にしている原因が未知である」という問題や「この患者に生命の危険が迫っている可能性が想定されるがその可能性は未知である」という問題が設定されるために機能させるアプリです。「知能」のOSを基盤としてランする様々な機能は、機能特化型AIによって素早く学習されることが可能です。どれほどそこにあるアルゴリズムが複雑であったとしても、囲碁や自動運転においてAIが瞬く間にその筋の「エキスパート」に追いついてしまったのは人間の「知能OS」が持つ特性によります。その機能がどれほどピュアに「問題解決能力を発揮する機能なのかに依存するのでしょう。

 一方の「意識」のOSは、もっとぼんやりしたものです。映画を観て切ない気持ちになったり、恋人の誕生日プレゼントに何を送ろうか思い悩んだり、友人に話を聞いてもらって何となく心が晴れやかになったり、マイケル・サンデルの講義をききながら「えー、なんかよくわかんない」と途方にくれたりしている時には、主にこの「意識」のOS上で思考が行われています。やや乱暴にまとめると、それぞれのOSでよりランする思考のアプリケーションは以下のようになると思います。

・ 主に「知能」のOSでランする思考
 記憶の想起
 目標の設定
 差分の査定
 情報の批判的吟味
 診断と鑑別
 情報の重みづけ
 クライテリア
 カテゴリ化
 翻訳
 (法律など)外的規範に基づく価値判断

・ 主に「意識」のOSでランする思考
 モデル化
 一致
 共感的理解
 意味の理解
 省察
 葛藤
 欲望/希求の形成

 類推/対比
 内的規範に基づく価値判断

 おそらく、思考のOSと機能としての思考はそれぞれ独立関係にあるのではなく、ある思考をめぐらせるときに二つのOSは両方働いているのだと思います。たとえば、前述した「恋人の誕生日プレゼントに何を送ろうか」という問いに対しては、「意識」のOS上だけではなく「知能」のOS上でも思考が働いているのは間違いないでしょう。おそらく、「退官する大学教授の退官記念に何を送ろうか」という問いは「恋人の誕生日プレゼントに何を送ろうか」という問いに比較して「知能」のOS上でランする思考の割合が相対的に高いかもしれません。

 以上ように人間の思考の基盤を位置づけると、いろいろなことが理解しやすくなってきます。少なくとも私はめちゃくちゃ整理できました。例えば、この10年で何がAIフレンドリーな機能で何がそうでないのかということは一目瞭然です。主に「知能」OS上でランする思考は機能特化型AIに近い将来代替えされるでしょう。一方、主に「意識」OSでランする思考については、しばらくの間AIの助けは期待できそうにありません。

 同時に、この整理は最初の私の問い、すなわち、ヘルスケア専門家が研鑽していくべき思考や知恵について明確に説明するためのモデルとしてフィットしそうです。この続きはまた次回にーー。

[1] 21 Lessons: 21世紀の人類のための21の思考
https://www.amazon.co.jp/21-Lessons-21%E4%B8%96%E7%B4%80%E3%81%AE%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%81%AE21%E3%81%AE%E6%80%9D%E8%80%83-%E3%83%A6%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8E%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%A9%E3%83%AA/dp/4309227880/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&crid=2JJJ7FV89Y34O&dchild=1&keywords=21+lessons+for+the+21st+century&qid=1611462661&sprefix=21+%2Caps%2C277&sr=8-1


[2] LIFE 3.0 人工知能時代に人間であるということ

https://www.amazon.co.jp/LIFE3-0%E2%94%80%E2%94%80%E4%BA%BA%E5%B7%A5%E7%9F%A5%E8%83%BD%E6%99%82%E4%BB%A3%E3%81%AB%E4%BA%BA%E9%96%93%E3%81%A7%E3%81%82%E3%82%8B%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E3%81%93%E3%81%A8-%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%86%E3%82%B0%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%82%AF/dp/4314011718/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=life+3.0&qid=1611462736&sr=8-1


[3] Deep Medicine  AIで思いやりのある医療を!

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BC%E3%83%97%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%83%B3-AI%E3%81%A7%E6%80%9D%E3%81%84%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%AE%E3%81%82%E3%82%8B%E5%8C%BB%E7%99%82%E3%82%92-%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%88%E3%83%9D%E3%83%AB/dp/475718302X/ref=sr_1_1?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=deep+medicine&qid=1611462781&sr=8-1


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