ネームド。

「君に、会いに来たんだ。」

何をバカなことをいっているんだろう。この男は。
まだ肌寒いというのにもう出てきたか、と思う。
普通なら怖いと思うのかもしれないが、少し懐かしさのような何かを感じてしまう自分に戸惑った。

「……警察呼びますよ。」

「やっぱり覚えてないかな」

照れ臭そうに男は笑った。
知らない。
知らないと思う。
多分知らないんじゃないかな。

「あなたは、誰ですか」

「うん、ぼくはね、君に会いに来たんだよ。」

そっ、とハンカチで私の顔に触れた。
濡れたそれをみて、初めて私は自分が泣いていると気づく。
わからないことがたくさん。
頭がもやもやする。
どうして?

「どうして?」

「約束、今度ばかりは守れただろ?」

「どう、して?」

涙が、止まらない。
ああ、私はこの人を知らないけれど、
きっとこの人は私より私を知っている。

「  」

声が出ない。
なまえは、しらない。
たしかに、なにもおぼえていない。
そこに、きおくはない。
ある、おもいではない。
思い出して、忘れて。
ずっと、なにもない。
そばに、いたこともない。
いた人、いなかった人。

「  」

彼は、ひとつだけ微笑んだ。

おこころづけ