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加減、手加減。〈下北沢編〉

 蝉がしみ入るような、茹だる気温の午後。スーパーから買い物袋を下げて、少年野球のグラウンド前を、日傘をさして、トボトボと歩いていた。
 
 応援の歓声が響く外野席に、視線を向けると、タンクトップの男の子が座っている。

 横顔が「モヤシ」にそっくりだった…。
「モヤシ」は、学生時代の友人だ。

 ハンカチで汗を拭いながら、立ち止まって、横顔のシルエットを抜き取った。やっぱり似てる。

 日差しが強まり、アスファルトが跳ねる。日傘内へと光を反射させ、一瞬、目が霞む。同時に記憶がデジャヴのように、あの頃へ飛んだ。



「モヤシ」は色白で長身痩型、ROCKを愛する男で、人一倍寒がりなくせに、年中インナーがタンクトップという破天荒で、変わった奴だった。
春夏はいい。秋から真冬…寒空の下から、雪の中…『ねえ、バカなの?その寒そうな格好!』と突っ込むと、「俺は、魂が熱いんだ!!(ロッカーだから)」と決まり文句がよく返って来た。「ギター青年(いつもFenderを抱えてた)」とか、「年中常夏冷え性男」(痩せのせいか寒がりなくせに薄着)とか、(渋谷のセレクトショップで買った茶色のriders jacketを着ていたから)「ジョー・ブラウン」(ジュンイチという名前を捻って)とか…ずっと、妙なあだ名だなと思っていた。

 
 でも、やっぱり皆、「モヤシ」と呼んでいた。中性的な見た目に、スリムなスタイル。異性として意識したことなど、一度も無かった。

 
 あの日までは。


 
 「小山田圭吾に似てない?」クラスでも話題になっていた。「え、わたしはオザケン派だから!」とか、世の中は所謂、[中性的な魅力を持つ男子]ブームの真只中だったのだ。わたしはと言えば、中性的ならば、むしろ『石田壱成とか、武田真治だろう』なんて思いながら、正直、興味がなかった。社会人の彼氏もいたから。

 木曜日。午前中の講義を受けて、午後からは予定も無い。なぜか…?わたしは、「モヤシ」と一緒に、「モヤシ」の家で、お昼ごはんを食べることになった。しかも、「モヤシ」が作ってくれるという。
下北沢の線路沿いにある三階建てのアパートが、住まいだった。



 メニューは、焼きそば。「モヤシ」の両親は共働きの為、物心ついた頃から、自分で食事の用意をして、妹にも食べさせていたらしい。商店街で買い物をし、部屋に入って、手際よく準備を始めた。

 上着を脱いだら、HanesのTシャツだった事に、驚いて『今日、タンクトップじゃないんだ!?』と聞くと、「ま、そういう日もある」と真顔で返される。

 そして、焼きそばづくりは、加減。とにかく"焼くこと"なんだと語り出した。「市販の麺を自由自在に操る男がオレだ。フッ素樹脂加工のフライパンは、水分が蒸発しきらずに焼きムラが出る。だから鉄のヤツじゃないとダメなんだ。それから、食材を生かすも殺すも、"分けて焼く"コレが重要なんだ!!」
今日の具材は牛肉、キャベツ、もやしのみ。
塩焼きそばだ。

 手持ち無沙汰に、麺を蒸らす水を用意したら、「悪いが、水はいっさい使わない。野菜からでる水分で焼くんだ」と、やんわりと拒否された。『拘り強い』と口にすると、「当然、旨いもんには、ルールがあるから」と得意げに答える。
室温に戻した牛肉を菜箸で、ムダに弄らずにじっくりと焼き色をつけ取り出し、程よく切り揃えたキャベツも、しんなりしてからの"焼き"を意識する。それぞれを一旦皿へ取り出す。「鍋肌は、だいたい250°Cぐらいまで上昇する」『え、そんなところまで?』「当たり前だろ、料理は化学変化と時間のバランスだぜ」と、細く長い筋の浮いた手で、菜箸でポーズをとる。『これからはマスターって呼ぶわ』「やめい、照れるで」『ソコ照れるんだ』「惚れるなよ」『タイプじゃないし、惚れない!』「俺だって、オマエみたいなオンナはタイプと違う!」『それこっちの台詞、アンタみたいな痩せてるオトコは好みじゃないから!!』「アンタいうな!」『は?オマエいうな!』夫婦漫才のようだ。



 「モヤシ」が急に黙って、真剣な表情で、耳を傾けて、手招きする。「フライパンの音、聞こえるか?麺が焼けてる音が、この微かなジュッ、ジュッてやつだ。ここで、もやしを麺の外堀を囲むように投入するんだ」と、ささっと済ませて蓋をする。「水を使わずに、火力との加減を見極めるんだ」と、しばし2人して、フライパンを前に無言になる。
 
 ベランダに干されてる洗濯物が、風に揺れる。タンクトップを中心に。
「モヤシ」の後ろ姿を見ていた。

 青海苔、紅生姜が添えられて、目の前に塩焼きそばが置かれた。少しニンニクを隠し味にした香ばしい匂いが、部屋に充満していた。『いただきます』両手を合わせて、一口頬張る塩焼きそばは、絶品だった。向かい合わせに座り、静かに食べる。冷蔵庫からグラスに入れた麦茶の氷が、カランと静かに鳴る。「モヤシ」が満足げに、こちらを見ている。幼い妹でも見るかのように、満足そうに優しい表情で。

 料理とは愛情だ。生きることへのギフトだ。

「料理が出来る男はモテるで。本気で」いつの間にか、パーカーを羽織り、黒縁メガネになった「モヤシ」が呟く。Fenderのギターを片手に、何やら演奏を始めた。部屋は、塩焼きそばと、男の匂い。「今日、実は、ちょっと熱っぽくて、風邪気味なんだ」とこちらを見てから、「今日じゃなきゃ、焼きそばをご馳走するタイミングが無いと思ったから」と、気怠そうな笑み、メガネのフレーム越しに視線が合う。

 『感動した。もう、キスしたいくらい。うーん…でも、ニンニク臭で無理だわ』と答えたら、モヤシが、
「エッ?キスしてくれるのか?まさか…まさか…?」と、お手柔らかに頼む。。。といわんばかりの仕草をして、お互いにおかしくなりゲラゲラと笑い転げた。

 メガネが似合っている。知らなかった。

 
 そして、ギターから、エアロスミスが流れ出した。

Walk this way, talk this way
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