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連載小説「超獣ギガ(仮)」#18


新キャラの伊尾たおり。
かおりではなく、たおり。
最初はかおりでしたが、
もう少し強そうな名前ということで、
たおりに変更しました。
お気づきの方もいらっしゃるみたいですが、
すべて実在の俳優さんをベースにしています。
でも、32歳って、もう少し大人ですよね。

第十八話「兵器」

 昭和九十九年十二月二十八日。
 東京都千代田区。国会議事堂。

 その八階は円形のホールになっている。中心には槍を思わせる螺旋階段が八階の上の頂上階まで貫いて、周囲は磨りガラスが張り巡らされていた。二重構造になっているのか、外からの光はぼんやりとしか届かない。壁がぼんやりと発光しているようにも見える。
 見上げれば円形の天井。ホール中央に螺旋階段。採光のための小窓。どこか円盤内、宇宙船内を思わせた。
 その日の、そのホールは登壇があるため、一段ほどの高さの壇が設置されていた。そこに演台、その上にマイクとタブレットが、そしてその奥にはプロジェクタが設置してある。
 国会議事堂、その中央塔に設置されているエレベータは四階までしかボタンがない。五階と六階は吹き抜けの空洞で、七階は八階に繋がる螺旋階段があるだけの階段室、そして、その八階のホールは通常、使用されることはない。九階の頂上は螺旋階段で移動するだけの小さな部屋が一つだけあり、そこはかつて、展望台や、ときには灯台として使用されていたという。国家を司る塔の頂上は国民の灯火になるべきという理由で建設されはしたが、しかし、その用はなさず、いつしか形骸化するに至ったのだ。その灯火は、灯ることなく、老いて、朽ち、いまは形を残すのみである。
 そして。
 八階ホールは、機密情報やそれを伴う各種会合や、政府各機関が、報道できない情報の交換などに集まる場合に利用されてきた。
 その日の夜もそうだった。
「想定外テロリズムに対する関係各省庁情報交換会」と、とりあえずの名称にて、政府要人たちは八階ホールに集っていた。

 午後、七時二十五分。
「それでは」
 登壇した文月玄也はそこに並んだ人々を伺う。左右。手前から奥。文月を睨んで光る目。ぼんやりと灯る、四角く青いライト。音声のみの出席者は席にタブレットが立てられ、ディスプレイに「サウンドオンリー」と表示されていた。発声のたびに、その青いライトが明滅する。サウンドオンリー。つまり、その場に姿形は見せず、声だけでこの会合に出席する人々ということだ。
 文月の背後には大型のプロジェクタが用意されて、すでに、あるマークが映し出されていた。牙を剥く毛の短い狗の頭部三つが三角に並び、その周囲に巻きつく尾の先に蛇の頭部が、そして、伸びた舌が三又を象っている。
 それは、彼が指揮する部隊である、国家公安維持機関冥府の直属部隊、隠密機動部隊ケルベロス(仮)のマークに採用されている。
 壇上には、文月と、副部隊長で作戦補佐を兼任する小日向五郎。そして、二人に並んでいるのは、伊尾たおり。三十二歳。彼女はケルベロス以外に冥府が持つ別組織、ある実働部隊の隊長を務めている。艶のある黒髪のショート、堅くならない程度に柔和な表情を浮かべていた。声は発せず、しかし、意思的な視線で、そこに集うスーツ姿たちを観察してもいた。しゅりやりな、あるいは雪平ユキより少し年上だからか、あるいはキャリアによるものなのか、立ち居振る舞い、物腰に静謐さを感じさせた。そこにこぼされる一語と一句、すべてに耳を傾けている。時折、揺れて光る金のピアス。
 文月はいつもと同じ、黒のジャケットにパンツ。小日向と伊尾は隊員と同じ、黒のアサルトスーツ。三人は、装備はしていないように見せて、小型の隠し拳銃を前腕に仕込んでいる。利き手を真っ直ぐに伸ばせば、肘関節内側に内蔵された拳銃が袖口から手のひらへ現れる。
 彼らは、警察官でも、自衛官でもない。秘密裏に組織され、訓練を受けてきた、軍人なのだ。
「はじめます」
 開会を告げたのは、国家の指揮官である、第百一代内閣総理大臣、蓬莱ハルコだった。着席したまま、ハルコは話し始めた。彼女はあくまで進行役に過ぎなかった。そして、参加者の陣容が配布される。それぞれの座位から、音もなくネームプレートが立ち上がった。そこに集まったのは、この国の国防に任を受けた、要人たちであった。
「この国は、現在、歴史上、経験のない、危機的な状況が訪れたと言わざるを得ません」
 ひと息つく。ハルコは、この数日前に起きた、多くのことを目にしてきた。東京埠頭。そこで行われた戦闘。惨殺された特殊急襲部隊。横転させられた機動戦闘車と、その乗組員たち。肉塊にさせられた人々。形すら失くした人々。
「彼は、彼らと言うべきでしょうか。私たち人類を脅かす侵略者は」
 夥しい血液。あちらこちらの炎。惨劇。手も足も出ず、命を失った人々。この自衛隊は、戦争において死したことがなかった。しかし、初の戦死者は、人との戦闘ではなかった。憶えている、あの、一つ目。漆黒の闇、穴ぐらから青く光る目。その上のツノ。巨大な体躯。
「侵略者とは、私たちの始祖とよく似た生き物でした」
 文月が振り返るプロジェクタに、屹立するモンスター、巨大猿の画像が映し出された。驚きと、しかし、その様相を訝るため息が同時に漏れた。人は、その目に見たものしか信用しないのだ。
「この日」
 ハルコは大きく息を吐く。その吐息がマイクに乗る。
「この、あらかじめ予期された厄災、このモンスター一頭の現れた東京埠頭では、戦闘が行われました。警察庁から、対テロ特殊急襲部隊二隊と、自衛隊から戦車中隊一隊、それに随行部隊として十五名。合わせて、八十五名と、輸送車、戦車二輌。現時点でわかっているのはそこまで。ですが、他にも犠牲があるかもしれません」
 音声参加者たちのため息がタブレット端末の青い光の明滅と共に届いた。
「この日のことは戦闘、戦争としか形容できません。しかし、私たちが立ち向かったのは、人ではない」
 あるいは人であれば、と、ハルコは逡巡する。人であれば、その意図を理解できるかもしれない。人であれば、話し合える余地もあった。人であれば、これほどの犠牲にはならなかった。
 しかし、相手は、敵は、人ではなかった。
「侵略者の、その、特徴は」
 背後のプロジェクタは、静止画から動画に変わった。上空から、その巨体がうごめく様子を捉えていた。随行機のドローンが撮影していた映像だった。あの日、繰り広げられた惨劇の始終を、そこにいた人々は視認することになる。
「二足歩行が可能で、ツノを持ち、一つ目、体長六メートル、尾まで含めた全長は八メートル、体重はおよそ六百キロの大猿。知能は不明で、地球の正統進化外生物と見なされるモンスター」
 あの日見た、人を噛み切って吠える、モンスターの眼光。私たちを見下ろす怪物。ハルコはそれを思い出すたびに、声が、手が、体が、骨から震えるほど恐怖したことを知るのだ。

 出席者各人。
 内閣総理大臣、蓬莱ハルコ。
 内閣総理大臣補佐官、岡田信章。
 ・及び、他一名が、タブレットにて音声のみの参加。
 内閣官房長官、梅野四季。
 ・内閣官房副長官は音声のみの参加。
 国家安全保障局から局長、小山悠輔。
 ・内閣情報室から室長は音声のみの参加。
 国際テロ情報集約室から室長、熊谷啓介。
 ・防衛庁より、副大臣が音声のみの参加。
 ・国家軍備拡張委員会、能見篤文委員長。
 警察庁から、
 ・科学警察研究所所長が音声のみの参加。
 情報通信局より情報技術解析課課長、近本光。
 警備局警備課より、国際テロ対策部部長、糸井嘉乃。
 ・警察庁長官は音声のみの参加。
 自衛隊より、
 ・航空自衛隊航空幕僚長が音声のみの参加。
 中部航空方面隊司令部より司令部長、野井地しえ。
 ・海上自衛隊海上幕僚長は音声のみの参加。
 横須賀地方総監部より方面部隊隊長兼中部作戦隊長、佐藤明輝。
 ・陸上自衛隊海上幕僚長は音声のみの参加。
 陸上自衛隊朝霞駐屯地より、東部方面総監部、部隊長、高山秀。
 ・統合幕僚長は音声のみの参加。
 統合幕僚長補佐、岩崎悠。

 登壇するのは、以下の四名。
 国家公安維持機関・冥府より、
 隠密機動部隊隊長、文月玄也。
 副部隊長兼作戦補佐、小日向五郎。
 伊尾たおり(新規機動部隊長就任予定)。
 そして、内閣府直属国家治安維持機関・冥府のメンバー(八柱と呼ばれる)はそれぞれ、音声のみのタブレットが並んでいた。
 彼らは、「歴史に触れるが、しかし、歴史には現れない」のが掟だった。

 プロジェクタの動画が終わる。再び、そこに地獄の番犬のマークが現れて、文月が口を開いた。
「僕たちは、彼らを超獣ギガ(仮)と呼んでいます。彼らは、我々人類の敵で、もう一つの進化の可能性だった。我々人類が築いた有史、その遥か以前に地球に存在していたとされる、先住民族。その先住民たちが作り変えた、生命体です」
 文月は続けた。
「そして、彼らは、兵器だ」

つづく。
artwork and words by billy.

#創作大賞2023

 今回の舞台になった、国会議事堂の八階がホールになっているというのは、創作ではありません。実際に、ホールや灯台として使われていたことがあるのだとか。
 ちなみに。新キャラ、伊尾たおりのモデルは、女優の倉科カナさんです。
 伊尾という姓は、「機動戦士ガンダム サンダーボルト」の主人公、イオ・フレミングから拝借しました。伊尾という姓は実在するのでしょうか。
 それでは、また。ビリーでした。

©️ビリー


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