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連載小説「超獣ギガ(仮)」#2


部隊長/司令官・文月玄也


第二話「番犬」

 昭和九十九年(西暦二〇二四年)。
 十二月二十五日。雪の降る午前四時。
 東京。晴海埠頭。

 いまや、雨音は終わりつつある。続く雪には音らしい音がない。永遠かのように錯覚する静謐。そして、その時間帯らしく人の話す声は聞こえてこなかった。そもそも、人が集まる場所でもなく、真冬の、深夜から早朝へ移るころ。そして、雨。そして雪。昨夜からのそれは止むことも激しくなることもなく、一定感覚でアスファルトを打ち、落ち続けていた。
「夜明けごろ、雪になるんやて」
 開いた手のひらに落ちる白い花びら。あれ、もう、雪になってるやん。そや、そろそろ夜明けやんか。白い息を何度となく吐きながら、鳥谷りなは言う。
 スマートフォンに照らされて、青白く光る顔。丸いメガネ。メガネに映る青白い画面。ため息混じりの深い呼吸。若い、高い声。装甲車の助手席のドアから伸ばしている細い脚は黒のアサルトスーツに包まれていた。寒い寒い。そう言って手にした缶コーヒー。ついさっき買ったばかりなのに、すでにあたたかくなく、触れた唇に冷たい。凍えた唇に缶が張り付く。ぺりっと音が鳴って、離れた。聞こえてます?
「なあ。聞こえてるんやったら返事してーや」
 そして、彼女は閉じていた、その目を開く。長いまつ毛。彼女の視界に映る世界はまだ暗闇同然だったが、ほのかに光があるのか、見つめる眼下の爪先までを視認できた。踵にはイエローのリフレクター。爪先にスチール。東には星の軌道の楕円に沿って、一線の光が白く灯っている。遠く、どこかからサイレン。救急車だろう。もうすぐ、パトカーも来るだろう。警視庁から対テロの特殊急襲部隊が二隊か三隊は出動してくるだろうと予測されていた。総勢八十名ほどだろうか。しかし、警視庁はまだ敵の実態を知らない。この日、奴等が現れることになれば、そのとき、かつて経験のない恐怖と共に、未知の存在と会敵することになる。そして、それは誰に伝えることもかなわないだろう。まともに相対しては絶滅する。逃げるしかないのだ。一人でも、二人でも。
 少しでも多くの人が生き残ることができたらいいと思った。その楽観が絶望的に低い可能性であることを理解してはいるつもりだったが、それでも、人は人の生還を願うものだ。祈るものなのだ。
「おーい。聞こえてへんのんかいなー」
 気抜けするような、気だるい発音の関西弁で彼女は声をかけた。見つめた向こうに、吐く息が聞こえる。ため息なのか、深呼吸なのか。次いで、半凍りのアスファルトをねじる踵。丸いメガネの奥の、光をたたえた瞳はそれを捉えていた。
 やってやる。私たちがあの怪物たち捕縛してやる。排撃してやる。鳥谷りなは開いた左手のひらを見つめていた。その、手のひらを何度も握って、開いた。そこに溶けて雨に戻る雪。
 そろそろ暁。頭上に三日月が灯っていた。差し伸べた手のひらに降りしきる雪。フェリーターミナルの迫り出した屋根を借りての、昨夜からの待機時間。装甲車の屋根に跳ねていた雨粒は、いつしか雪に変わっていた。そろそろ夜明け。溶けた雪が落ちる。その一粒ずつにかすかな光が乗り移っているように見えた。
「聞こえてるって。鳥谷、どこ?」
 今朝はずいぶん冷えてるね。暗がりから落ち着きのある男の声。変声期の少年を思わせる。ら行の発音がかすれていた。
「ここにおるでー」
 鳥谷りなが応答する。緊張を感じたくないからこその、間抜けを装う声色。じり、じりと踵に小石をすり潰す足音と共に、暗がりから痩せた男が現れた。吐く息はやはり白い。ヘッドギア。こけた頬。あごには無精髭。そして、黒のアサルトスーツ。
「寒っ。花岡はまだ?」
 花岡しゅり。このチームのエース。二十五才。
「しゅりはまだみたいやねえ」
 その回答に男は思わず腕時計を確認した。彼は名を波早と言う。波早風(なみはや・かぜ)。花岡しゅり、鳥谷りなよりは少し年長の、三十三才。メガネがトレードマークの鳥谷りなは、このチームで最年少の二十三才。
「来ていたか。早いな」
 その声に振り向く、りなと波早。立っていたのは、黒のジャケットとパンツに身を包んだ文月玄也。彼らの所属する隠密機動部隊隊長、ケルベロスの部隊長。五十歳。
「揃っているか」
 そして、文月の隣から発せられたハスキーな声は、小日向五郎。五十八歳。文月隊長の右腕であり(左腕も兼ねている)、ケルベロスでは特殊運搬車のドライバー、そして、作戦補佐でもある。隊に必要な特殊装備の整備も兼任している。一九〇センチに近づこうかと言う、長身痩躯。そもそもがしわっぽい顔。しわにしわを重ねるように眉間に縦線をつくり、険しい表情を浮かべていた。
「作戦準備、完了」
「いつでも出撃できます」
 インカムから聞こえる、男女一人ずつの声。指揮司令車からオペレーターの、雪平ユキと、高崎要。ふたり共、まだ、二十四歳。雪平は実働にあたる花岡しゅり、鳥谷りな、波早風の三人のバイタルなど身体情報を、その三人が向かう戦場の状況をモニタリングするドローンから送られてくる映像など、リアルタイム情報を高崎が担当することになっている。
 司令官に文月玄也。作戦補佐に小日向五郎。指揮司令車のオペレーターに雪平ユキと高崎要。直接の作戦行動を担う遊撃手として、花岡しゅり、鳥谷りな、波早風が続く。本部や隊舎に戻れば、話も変わってはくるが、隠密機動部隊ケルベロスの陣容はこの七名が主要である。
 部隊に最も大切なのは機動力。決断の速度と、それが最速で伝わる小さな円環。どんなときも即座に行動に移すことができるよう、最少人数でチームを組むと文月は決めていた。
「花岡は?」
 と小日向。手首に通して下げていた、ヘッドギアを装着する。
「すぐに戻ってくるさ」
 微笑む文月。駆けてくるしゅりの姿がまぶたによぎった。いつだって。どこにいても。一声かければ、彼女はすぐに戻ってきてくれる。
 花岡しゅりが手にしている、内閣総理大臣権限における、日本国内での作戦行動許可証をもって、僕たちはいよいよ、あの怪物たちと対峙するのだ。
 いよいよだ、花岡しゅり。
「それでは」
 文月の視線は対岸へ。そして、そこにいる総員が彼に続く。そこでは、ほどなく、戦場が展開するだろう。まず、警察の対テロ部隊(特殊急襲部隊)。それから、自衛隊東部方面隊第一師団が追撃するだろう。彼らは奴の動きを止めるくらいはできるだろうか。その結果を見てはいない。しかし、彼は知っている。この国の現存兵器では、あの、「超獣」と呼ばれる、モンスターの相手はできない。
 文月は双眼鏡を覗く。その真上に三日月。夜が明ける。しかし、その朝は惨劇になるだろう。我々、人類を暗黒を突き落とそうとする、強大な力が白日のもとになるのだ。
「雪」
 ようやくそのことに気づいて、文月は首をひねって、周囲へ思い至りのない自分を笑った。
 人類と超人の最初の戦闘は、雪のクリスマス。六人が見つめる港湾地域に、閃光弾が弾けた。おそらく開戦だろう。
「現れたか」
 小日向が文月の望遠鏡をもぎ取る。
「みたいだな」
 文月が小日向の手の望遠鏡を奪い返した。りなは大きく深呼吸。白い息。波早は、首を左右にこきこきと鳴らした。雪平ユキはキャンディを噛み潰して、飲み込んだ。高崎要は、持ち込んでいるタブレット端末に映し出された動画をチェックしている。そこに映っているのは、閃光弾のまたたきの真下で、慌て、ふためき、逃げようともがく、屈強の特殊急襲部隊の姿だった。彼らは未知の生命体に蹂躙すらなされていた。
 届くのは隊員たちの悲鳴。
 惨劇はすでに始まっている。そして、地響きが文月たちケルベロスのもとに届いて、まだ薄暗いままの中空から上空へ、散り散りに散ってゆく儚い光線を眺めるまでに至った。
 作戦行動許可証を手にした、花岡しゅりはまだ晴海埠頭には現れていない。

※タイトルに(仮)とありますように、作内人物、使用兵器や能力名、登場機関の名称は変更になる可能性があります。あらかじめご了承ください。

つづく。
artwork and words by billy.
#創作大賞2023

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