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飼育日記「めだかのきもち」㊴魚達の愛すべき知的生活🐠命を繋ぐ

5月のメダカ鉢。

朝、ベランダに出ると、気配で若い衆がわらわらと水草の陰から上がってくる。一拍遅れて、お腹にキラキラの卵を沢山くっつけた親メダカ達が現れる。子世代の3〜4匹も、小さい体相応の数の卵を抱卵するようになった。

ポツリポツリと孵化も続く。丸い透明のカプセルから、各自が、今日だ!という日を選んで飛び出してくる。

すばしこく逃げ回るのを、一匹ずつスプーンで桶に移すと、どの針子も決まって浮き草に頭部を寄せて長い間じっと動かない。背後から誰かが近づくのを察知した時だけは、目にも止まらぬ速さでヒュッと飛び去るが、しばらくして覗くと、今日孵化した、黒い和釘のような形の針子たちが、アナカリスの葉に沿ってじっとしている。

卵から飛び出すのは、彼らにしてみれば、おそらくとてつもなく体力を消耗するのだろう。回復するまで身を休めたり(あるいは安全な環境かどうか見定めているのかも?)、敵(捕まえようと迫るスプーン🥄、背後からのちょっかい🦈)から身をかわしたり、生まれた瞬間から自分を守るすべが備わっているのがすごい。

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生まれたばかりの彼らに、この水の中の世界、初めて見る仲間たちはどう映っているのだろうか。

メダカがやってきて今月でまる一年。気質や行動パターンがそれぞれ違う彼らが、争ったり折り合ったり、時にいたわり合ったりしながら社会生活を営む様子に、興味が尽きない。

彼らがただ餌を食べ、子孫を残し、残りの時間はのんびり泳いでいるだけの simple な生き物ではなさそうだぞ、ということは (もちろん、それでもいいのだけれど)、来て程なく気付いた。

飼育始めには、数多のサイトのアドバイスを参考にさせていただいたが、そのような言及は見たことがない。

そんなことは誰も気にしていないのだろう。

あるサイトでは、「メダカには感情がありますか」という質問者に、「ありません」と即、身もも蓋も無い回答。(決めつけるのは早くないかい?)「魚には脳がありませんから」(無いどころか、脊椎動物の脳の構造は、サカナからヒトまで同じだそうですよ!)

というわけで、生物学界、動物行動学界ではどう考えられているのか、出版物を探してみた。

1️⃣「魚にも自分がわかる」幸田正典  ちくま新書

魚の自己認識や自意識の研究に取り組む大阪市立大学。昨年暮れに雑誌の書評を読んで、手にしたのがこの本。

表紙に、"余りにも常識からかけ離れた主張と思われる向きも多いと思う"とある(霊長類学者からは激しい批判を受けたという) 。研究者の間でもやはりそうした視点で魚を見ることは稀なのだろうか。

陸上脊椎動物の祖先である、デボン紀(約4億年前)の魚類の化石の脳構造と、12本の脳神経の数はヒトと同じことがわかっている。「魚の脳は単純で、哺乳類の脳は複雑で高等」という、前世紀の考え方は間違い。今世紀に入って、動物の脳の研究は大きく飛躍した。魚の知性が高くても不思議ではない。…📖

研究室には、魚の"共感"に興味を持つメンバーもおられると知り、これまでの観察について質問メールを送ったが返信はいただけず。がっかり。

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2️⃣「魚だって考えるーキンギョの好奇心、ハゼの空間認知」吉田将之  築地書館  

おお、このタイトル💡こんな視点で魚を見ている研究者がおられると知って、早速取り寄せる。

広島大学「こころの生物学」研究室(正式名称はやたら長くて堅苦しい)で、サカナが何かを考えるしくみ、について学生達と共に研究している吉田准教授。様々な種類の魚の、脳標本にはびっくり。

危険を察知してからの魚の反応のタイムと、捕食者のサギの嘴や、人間の網のそれを比べる。干満を再現できる水槽では、満潮時に調査した地形を干潮になっても、ハゼが正確に記憶している、など、ハイ&ローテクを駆使した研究が楽しい。

魚の視野の広さが、前後左右に及ぶと知って、針子が背後からの、見えないはずの仲間の接近に素早く反応するのを納得。

「あいつら何を考えているんだろう」という興味を共有する学生達との奮闘ぶりが、ユーモラスで微笑ましく、研究者のサカナ愛が大いに伝わる報告である。

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3️⃣「魚たちの愛すべき知的生活ー何を感じ、何を考え、どう行動するか」Jonathan  Balcombe   白揚社  

これはまた直球ど真ん中で飛んでくる、揺さぶられるタイトル💡

献辞がステキ!

     名もなき無数のものたちへ

少年の頃、サマーキャンプで連れて行ってもらった釣りの楽しさと同時に、魚の痛みへの共感の記憶が、やがて著者を動物行動学者の道に導いたという。

学者っぽくない、平易で美しい文章!学界での近年の膨大な研究成果満載なのに、楽しくわかりやすい語り口。前書きの数ページで引き込まれた。

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いずれの書籍も、大変興味深く拝読したが、とりわけ、Balcombe 氏のように、魚の"こころ"に注目する研究者がおられることが嬉しかった。

氏は、一般の人々から寄せられる様々な観察やエピソードにも、科学的考察をしておられる。

Balcombe 氏の元に、一般人から寄せられたエピソードのいくつか:

☆一匹で暮らしていた♂のゴールドバルブ。新たに水槽に加わった♀に一目惚れしたようで、体を震わせて歓迎。♀の方は当初無関心だったが、やがて…水槽の掃除中、バケツから飛び出してしまった♂が、水に戻されてもじっと動かず朦朧と浮かんでいると、♀が即座に行動開始、まるで息を吹き返して欲しいと願っているかのように♂を水槽の底まで押していく。回復までの数日間、動きが緩慢な♂に対して、♀はせっせと動き回っていた。(💡あのヒメダカもそうだった!飼育日記「めだかのきもち」②  )

☆池の水際を一緒に泳いでいた二匹の魚。片方が姿勢を真っ直ぐにしているのも大変そうで、体がじりじりと傾いていき、いまにもお腹を上にしてひっくり返りそう。するともう一匹がそばについて、体をそっとささえたり、鼻先で押してやったり。さかながこんなふうに愛情深く優しくしているのを見たのは初めてだった。

☆南アフリカのペットショップで。ボロボロに傷ついてやっとのことで泳いでいた黒出目金を、オランダ獅子頭と一緒の水槽に移したところ、オランダ獅子頭がまともに泳げない新参者に関心を示し、真下に回って支えてやりだした。水面に餌が撒かれると、押すようにして餌のところまで連れて行った。(💡仲間の死を看取るまで、残る体力を使い尽くして気遣っていたメダカがいたっけ。飼育日記「めだかのきもち」⑳  )

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   📖 …以上のようなエピソードは公式な記録に残らずに散逸してしまう。残念なことだ。科学者である私にとっても、価値あるものだからである。心温まるというだけでなく、科学がまだ扱おうとしていない(あるいは扱えない)動物行動の側面を明かしてくれる。科学者と素人が観察したことがらを共有することをわたしは願っている。いつかは誰かの観察した動物行動のパターンに触発されて科学者が一歩を踏み出し、その現象の研究にとりくんでくれるだろう。 …📖   

我が意を得たり。いつか Balcombe 氏に、メダカたちの映像を送って、科学的考察を伺ってみたいと思う。

魚のこのような行動(共感して動く)に言及する文章に触れたこと、そもそもそのようなことに気付く人々や興味を持つ科学者がいたことが嬉しい。

私が見たことは何だったんだろう、とのモヤモヤがすっきりした。

メダカは今、ブームと聞く。美しさや希少性、繁殖、水辺のある暮らし、はたまたビジネス、など楽しみ方は人それぞれだと思うが、メダカの視座に立ってみると、また味わい深い気づきがある。

飼育の体験が、生き物の豊饒な世界をちらりと覗かせてくれた。                                                5.  13

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ウィローモスに絡みついた細長い藻を取り除こうと手を突っ込むと、どうしても卵が手に触れる。

これ以上メダカは増やせない。でも、卵を見つけたからには捨て置けない…

朗報がやってきた!

いなくなってしまったメダカをもう一度飼いたい、という人が2人現れた。

小ぶりな焼き締めの鉢が軒下に置いてあるお宅には、1.5cmほどに育った稚魚15匹に、水草と当面の餌、お掃除係のミナミヌマエビもお供に付けて里子に出す。

庭先にハスが植わった大きなカメがあるお宅には、稚魚がもう少し大きくなるまで待ってもらって、ひとまずミナミヌマエビを入れてもらった。メダカ30〜50匹くらいは入れそうな、餌となる微生物🦠🦠🦠もたっぷりいそうな、申し分ない素敵な環境♪

さらに、増えすぎたミナミヌマエビを何度か引き取っていただいた吉田観賞魚で、メダカの稚魚の引き取りもOKとのこと!

これで、毎日せっせと抱卵するメダカ達の命をつなぐことができる。卵から針子、稚魚に育つまでの愛らしい姿を心置きなく眺めることができる。                                              

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