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遺伝子診断と優生思想を考える機動戦士――ガンダムSEEDを題材に

はじめに:機動戦士ガンダムSEEDシリーズの戦争理由

『機動戦士ガンダムSEED』(以下SEED)は、2002年から2003年にかけて放送されていたアニメである。物語のバックボーンとなるのは、プラントという遺伝子を操作された人類「コーディネイター」を中心とする共同体の正規軍「ザフト」と、地球の多くの国が加入する地球連合軍(ナチュラルと呼ばれる遺伝子操作を受けていない人類が中心の軍隊)の戦争だ。

 その戦争に巻き込まれた主人公キラ・ヤマト(コーディネイター[1])は、友人を守るため地球連合軍所属の宇宙戦艦アークエンジェルと共にかつての友人や同胞であるコーディネイターと戦うことになる。後に中立国オーブ[2]の出現により、ザフトと地球連合軍の戦いという二項対立が揺らいでいき、最終的にキラは地球連合軍を抜け、オーブの遺志を継いだ「三隻同盟」に所属。戦争を止めるために戦うことになる。

 なお地球連合軍離脱後のキラは直接コックピットを狙わない不殺の戦い方を主にすることになるが、これは監督によれば『暴れん坊将軍』の戦い方がモデルになっているという[3]。多勢に無勢の状態で主人公(たち)が敵をなぎ倒してボスを倒すというのは、時代劇のみならず戦闘モノや特撮にもみられる傾向である。今回は詳細な考察はしないが、考察してみると面白いかもしれない。

 これに対して続編にあたる『機動戦士ガンダムSEED DESTINY』(2004年~2005年、以下SD)では、テロリストの起こした事件を理由に再びザフトと地球連合軍の戦争が勃発。さらに地球連合軍が復興したオーブをも取り込んだことで、キラは再び所属不明の戦士として戦争に介入することになる。しかしキラは途中でザフト所属のSDの主人公シン・アスカに討たれ戦力を失う。その隙にプラント最高評議会議長ギルバート・デュランダルは、ロゴスという死の商人たちを討つことを宣言。オーブ(の一部)がロゴスの最後のメンバーを匿っていることを口実にオーブにも侵攻する。

 その後、ロゴスを討伐したデュランダルは、先手を打って攻勢に転じたキラたちを迎え撃つ構えを取る。この時キラはオーブの正式な軍人(准将)となり、三隻同盟VSザフトではなく、オーブ軍+デュランダルの政策に反対する勢力VSザフトという構図となり、より従来の国VS国の戦争に寄せられたものとなっている。

 このオーブとプラントの間での戦争の原因こそ、本稿で中心的に取り扱う、「デスティニープラン」の導入・実行をオーブが拒否したことにある。作中でデュランダルはキラたちオーブが攻撃してきたから迎え撃つという建前を取っているが、実際にはキラたちが先手を打たなくても、オーブを討つつもりだろうと予測されていたし、デュランダル自身も自分に逆らうものは「人類の敵」とみなしている。

 最新作『機動戦士ガンダムSEED FREEDOM』(2024年公開、以下SF)では、デスティニープランに優生思想、選民思想が加わったうえで戦争が勃発する。当初こそブルーコスモス[4]のテロリストVS世界平和監視機構コンパス[5]との戦いが描かれるが、後にデスティニープランを導入しているファウンデーションという新興国がデスティニープランの世界への導入を目指してコンパスとキラたちを罠に嵌め、ザフトのタカ派と共にオーブを狙う。キラたちは拉致されたヒロインであり、コンパス総裁のラクス・クライン救出のため戦艦を奪取し海賊になるが、後にオーブ正規軍も動き戦争はファウンデーション&ザフトタカ派VSオーブ&コンパスという形になる。よって戦争の形態は国連軍(を主導するオーブ軍)VS世界支配を目論む組織という構図になっている。しかし戦争のきっかけはSD同様、デスティニープランの導入・実行をめぐってということになる。

 このデスティニープランは「遺伝子ですべてを決める」ということ以外公式にあまり明かされていないプランなのだが、SD以降戦争を引き起こすほどに重要なものとなる。しかし遺伝子診断により、性格や疾病要因を明らかにし、職業や生き方を「運命」で決めようというのがそのプランの骨格であると予測することはできる。このことは作中でも最低限描写されている[6]。さらにプラントでは結婚相手=子どもを作る相手を国が決めるというシステムがあることから、婚姻統制も敷かれる可能性もある。デュランダル自身が、この婚姻統制によって恋人に別れを告げられているという事実も、デスティニープランを考える上で重要になるだろう。本稿では遺伝子診断の倫理的問題と共にデスティニープランを導入・実行することにどういったデメリットがあるのか分析し、それがなぜ戦争にまで発展するのかを考えていきたい。それと同時に最新作で示された優生思想的傾向に関する意見を筆者の研究の一部を紹介する。なお今後論文化する際は、遺伝子診断などの生命倫理学としての先行研究をまとめ、問題意識をはっきりさせたいと考えている。


遺伝子診断の倫理的問題とデスティニープランが戦争の理由となる訳

 まず現実においても、SEEDの世界においても、遺伝子診断によって完璧にすべてがわかるというのは極端な考え方であり、不確定要素をはらむものである。しかし遺伝子診断の結果により、病気の早期診断・治療ができるなど、有用な面があることも事実だ。例えばアンジェリーナ・ジョリーは乳がんになる可能性が高いとわかった段階で乳房切除の手術を受けている[7]。そこまでは極端としても遺伝子診断の結果から予防を行ったり、定期的な検査を受けるなど対策を立てたりといったことが期待されている。

 しかし出生前診断で同じことが指摘されているように、遺伝子診断で予見できたが、何も対策が打てない場合はどうだろうか。知らない方が幸せだったということもありえる。その意味でデスティニープランは「知らないでいる権利」の侵害とも言える[8]

 また現実の遺伝子診断も職業選択の自由や婚姻の自由、保険の加入などを妨害する可能性がある。例えば就職活動の書類審査で遺伝子診断の結果を提出しなければならないとしたらどうだろうか。がんになりやすい遺伝子を持っているから娘との結婚は反対だと言われたらどうだろうか。がんになりやすい遺伝子を持つ者を、保険会社は快くがん保険に加入させてくれるだろうか。遺伝子診断が人生を左右しかねない。これらは筆者の考えすぎではない。例えば2001年というSD公開前の論文にもこんなふうに書いてある。

病気の遺伝子変異が見つかった場合,保険加入や就職で不利な扱いを受ける可能性がある.また,遺伝子検査の結果をもとに,人間の分類が行われ優生政策に利用されてしまうことさえ考えられる

[9] 島田隆2001「遺伝子医療の倫理的課」431頁https://www.jstage.jst.go.jp/article/jnms/68/5/68_5_430/_pdf

 これに対してデスティニープランはどうかというと、『データコレクション機動戦士ガンダムSEED DESTINY 下巻』には次のようにその問題点が解説されている。

「デスティニープラン」とは、各人の遺伝子情報に基づく最適職種を提供する政策である。このプランは戦争の永久的放棄や社会安定策とすべく導入されたものだが、遺伝子上の能力を最大限に活用できるというメリットがあるものの、世界的なシステムとする都合上、完全強制であり、自由意志による職業選択はできなくなるなどの問題も存在

『データコレクション機動戦士ガンダムSEED DESTINY 下巻』 52‐53頁。

 この解説からわかるデスティニープランの問題は次の3点だ。すなわち、①「遺伝子上の能力を最大限に活用できるというメリット」は本当にメリットか、②職業選択など「自由」を侵害しても良いのか、③「完全強制」の3点である。

 ①と②はSEEDシリーズの根底にある問とつながるように思う。それは、「才能ある者は社会の役に立たなければならないのか」という問題につながるからだ。デュランダルは遺伝子上キラを最強の戦士とみなし、それへの対抗策としてシンやアスラン・ザラ、レイ・ザ・バレルなどを自分の戦士として擁立しようと画策する。もしもデスティニープランにキラが賛同するとしたら彼の職業は戦士ということになるだろう。なにせ彼は最高のコーディネイター、(遺伝子上)最高の戦士だからである。

 しかしキラは戦うことを嫌う心優しい青年である。デスティニープランによれば性格も遺伝子でわかるという。キラのように性格と適職が矛盾する場合、その「戦いたくない」という自由意志は侵害されかねない。強制的にやりたくない仕事をさせられる世界がユートピアだろうか。

 そして③こそ、デスティニープランが戦争の理由となる部分である。ロゴス掃討後のデュランダルは世界的に支持されていたが、世界を完全に支配していたわけではない。その状況でのデスティニープランの導入・実行宣言は、世界に混乱をもたらした。当然デスティニープランの導入・実行に反対する国もあったのだが、デュランダルは反対派を武力によって排除するという手段に出た。これこそキラたちオーブ軍がデュランダル率いるザフトと戦争をしなければならない理由である。なぜならオーブもデスティニープランの導入・実行に反対していたからだ。

 ではデュランダルが武力に訴えず、自身に賛同する者たちとだけデスティニープランの導入をした場合はどうだろうか。この場合デスティニープランに従わない国では戦争がなくならない可能性があり、デュランダルの「世界を救う」という目的は達成されないだろう[9]

 また一度全世界にデスティニープランを導入することができれば、戦争が起きる可能性は減るかもしれない。なぜなら「自由」を求めて戦おうとする「テロリスト」が現れても、遺伝子が選んだ戦士によって鎮圧されるからである。とはいえSDでそうだったように、遺伝子的に戦士に向いている存在がデスティニープラン反対に回ると負けるという側面もある。

デスティニープランと優生思想

 デスティニープランは「優生学」だとする見解もある[10]。実際SFではその優生思想的側面が浮き彫りになった。なお日本における優生学と優生思想の関係は≒であり、ほぼ同じと認識されている。その意味するところは多様だが、例えば次のように用いられている。

「優生思想」は、優生学から派生した用語であるが、語源や内実を特定するのが困難であるともされ、「優生学に類似した思想」、「優生学によって喚起された人間を序列化する価値観」といったニュアンスで使用される場合が多いと言われる。特に日本において「優生思想」という用語は、障害者が生まれないようにすること(=優生学)だけでなく、障害者を殺すこと、さらには障害者を社会の至る所から排除すること、それらをまとめて表現する(すなわち障害者差別全般を意味する。)ようになっている。これは比較的近年のことでありまた他の国には余りみられない、独特な使い方ともされる。優生学が人種や社会的逸脱(犯罪、アルコール依存等)も淘汰の射程に含んでいたのに対し、「優生思想」は主として病者・障害者に焦点を絞った形になっているとの指摘も見られる。以下本編では、「優生思想」を、優生学と密接な関連を有する、又はほぼ等価な概念として理解した上で、基本的には「優生学」という用語を使用する。

「第1章 優生学・優生運動の歴史と概要」https://www.google.com/search?q=%E5%84%AA%E7%94%9F%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%A8%E5%84%AA%E7%94%9F%E5%AD%A6&rlz=1C1TMBY_jaJP997JP997&oq=%E5%84%AA%E7%94%9F%E6%80%9D%E6%83%B3%E3%81%A8&gs_lcrp=EgZjaHJvbWUqBwgCEAAYgAQyBggAEEUYOTIHCAEQABiABDIHCAIQABiABDIHCAMQABiABDIHCAQQABiABDIHCAUQABiABDIHCAYQABiABDIHCAcQABiABNIBCDg2NDJqMGo0qAIAsAIA&sourceid=chrome&ie=UTF-8

 この意味を要約したのが、SFのデスティニープランに見られる優生思想・優生学である「役に立たなければ愛されない」とも言える。それに対するアンチテーゼが「必要だから愛するのではありません! 愛しているから必要なのです!」というラクスのセリフと言える。

「役に立たなければ愛されない」を優生思想とみなすかどうかは議論の分かれるところではあるだろう。しかしデスティニープランが職業を強制し、SFのデスティニープランが支配する存在を人工的に生み出していることを考えれば、遺伝子的に障がいを持っている人は望む仕事に就けないし、そもそも中絶の対象となる可能性すらあるのではなかろうか。つまり人工的に社会の役に立つ存在だけを作る世界である。

 これは生命倫理学者がよく引用する『すばらしい新世界』と似ている。「新世界」では、支配する者と肉体労働する者が最初から決められており、生活する者はそれに何の疑問も持たず与えられた役割を担い続ける。デスティニープランの目指す世界と「新世界」は何が違うのだろうか。

 また「役に立たなければ愛されない」と「クローンが世界に逆襲する」[11]という点で、SEEDシリーズと『ミュウツーの逆襲』(1998年公開、以下『逆襲』)も似ている。ミュウツーは最強の存在として作られ、戦って勝つことを求められた。そして自身も「勝たねばならない」という強迫観念に駆られるようになる。そして『逆襲』の続編である『ミュウツー! 我ハココニ在リ』(2000年放送)によって、生まれに囚われるのをやめ、「生きていていい存在」であることに気づく。つまるところ、「運命」からの解放が『逆襲』シリーズでも描かれているのである。

 このように生まれたときからの役目に関わらず生きていいということを物語は描くわけだが、現実はどうだろうか。「成績が良くなければ親から愛されない」という子どもがどれだけいるだろうか。「社会の役に立たなければ生きている価値はない」と、「仕事のできない自分に価値はない」と、「迷惑になる自分に価値はない」と、「安楽死」を望む人がどれだけいるだろうか。社会や国が「役に立たなければ愛さない」と言う時それは優生思想・優生学に繋がる可能性を持つが、自分で自分に対して「役に立たなければ愛されない」という呪いをかける者もいる。SFだとキラの恋敵となるオルフェ・ラム・タオがそうである。

「役に立たなければ愛されない」、「役に立たなければ生きている価値がない」と自分に呪いをかけることを、筆者は「自分に対する優生思想」と呼んでいる。そしてそこには「社会的自尊感情」と「基本的自尊感情」の問題があると考えている。

 社会的自尊感情は社会的成功を理由に「生きていていい」、「生まれてきてよかった」と思うことだ。つまり役に立つことが支えになっている自尊感情である。基本的自尊感情は、こういった社会的基準に左右されず純粋に「生きていていい」、「生まれてきてよかった」と思うことだとされている。そして基本的自尊感情は無条件の愛情を感じることで育まれる。

 社会的自尊感情で生きるオルフェは遺伝子が決めたパートナーであるラクスに再三求婚を断られ、自身のアイデンティティを崩壊させていく。現実においても社会的自尊感情が崩壊したことで自死や安楽死を望む者がいる。これに対してキラはラクスという自分のすべてを受け入れてくれるパートナーが、自分に純粋な愛情を注いでくれた義理の両親がいた。キラには基本的自尊感情を獲得する可能性が十分にあったと言える。それこそキラがオルフェとの戦いに勝てた理由の1つではなかろうか。この点に関しては今後とも考察を続けたい。

まとめ

 本稿では、遺伝子診断の不完全性と仮に完全だとしても差別や知らない自由の侵害につながることを述べた。それゆえデスティニープランには問題があり、それを次の2つにまとめた。それは、「才能ある者は社会の役に立たなければならないのか」という問題であり、従わない者は殺すという圧政に繋がるという点だ。

 そしてデスティニープランは自分に対する優生思想を加速させる。しかし人間に本当に必要なのは基本的自尊感情なのではなかろうか。今後は「遺伝子診断と差別」ないしは「自分に対する優生思想と安楽死」という研究テーマと絡めてSEEDシリーズを考察していきたい。筆者は日本生命倫理学会と日本いのちの教育学会に所属しているため、そのどちらかまたは両方での講評を目指すが、他に公表するのに最適な学会や論文誌があれば教えていただきたい。



[1] 後に最高のコーディネイター「スーパーコーディネイター」だと発覚。

[2] 国の理念と法律を守るものであればコーディネイターもナチュラルも受け入れる。

[3] 福田己津央2024年3月1日午後3時55分のXのポスト「そもそもがフリーダムの戦い方のヒントは『暴れん坊将軍』ですから。雑魚全員峰打ち、悪の元締めは成敗」https://twitter.com/fukuda320/status/1763458100819100131

[4] 反コーディネイター組織。

[5] 現実の国際連合に近く、オーブを中心にプラント、地球連合から人員が集められている。

[6] 性格や特性、病気の原因などはすべて遺伝子でわかるのでそれを知ることから始めると作中では描写されている。

[7] https://www.nikkei.com/article/DGXBZO55141620X10C13A5000000/

[8] 面白いのは、SDのエンディングテーマである「君は僕に似ている」の歌詞の中に、「何も知らない方が幸せというけど僕はきっと満足しないはずだから」とある。「何も知らない方が幸せ」と言うのがデュランダル、満足しない「僕」はキラだと予想できる。なぜならデスティニープランは可能性とか夢を追わせず、与えられたもので満足しろというプランだからだ。それに対して最終回でキラは明日がほしいと立ち向かう。しかし皮肉なことにデスティニープランは病気になる可能性を強制的に知ることになりかねないし、なりたい自分にはなれないことを突き付ける場合もある。その意味で矛盾を抱えていると言えるかもしれない。

[9] もちろんデスティニープランを導入すれば戦争が無くなるかはわからない。なおSFでは、ファウンデーションがデスティニープランを導入し、繁栄している。しかしその実態は支配するために作られたコーディネイターを超える存在アコードたちに支配され、逆らう者は弾圧するというディストピアだった。デュランダルのデスティニープランとファウンデーションのデスティニープランは必ずしも同じではないが、デスティニープランを導入した場合に起きる問題点としては注目に値する。

[10] 『データコレクション機動戦士ガンダムSEED DESTINY 下巻』71頁。

[11] SEEDは「出来損ないのクローン」として作られたラウ・ル・クルーゼの逆襲の物語でもある。

[16] 拙論2023「反出生主義の精緻化と〈生まれてこない方がよかった〉という嘆きのケアを考える」29頁https://www.jstage.jst.go.jp/article/epstemindsci/5/1/5_21/_pdf/-char/ja


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