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いのちのカウンセリング:小説でわかる生命倫理入門お試し版

 こんにちは、生命倫理相談所です。
今回は新作『いのちのカウンセリング:小説でわかる生命倫理入門』の中から一話目を無料公開したいと思います。
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目次は次のようになっています。

目次
ケースⅠ トリアージ. 1
ケースⅡ 積極的安楽死. 4
ケースⅢ 脳死・臓器提供. 10
ケースⅣ ロングフル・ライフ訴訟と反出生主義. 13
ケースⅤ 知的障がい者は子どもをもうけてはいけないのか. 17
ケースⅥ 人工妊娠中絶とパーソン論. 19
ケースⅦ 「死にたい」と告白されたとき. 20
ケースⅧ グリーフケア. 25


※本書の事例はすべてフィクションです。わかりやすさを重視して書いています。実際の事例に当たる場合は物語のように簡単に解決がはかれる(答えが出る)わけではありません。ご注意ください。 

◆◆◆

 生命倫理カウンセラーとは、海外のバイオエシシストを念頭に、生命倫理学者の水島淳が始めたばかりの仕事である。これは生と死の現場で、患者と医療者の間で、共に悩み答えのない答えを探っていく一人の新米生命倫理カウンセラーの物語。

ケースⅠ トリアージ

 生命倫理カウンセラーの水希行人に弟子入りした如月あずさは、共に発展途上で病死する者も多いAという国に来ていた。あずさに厳しい現場を見せ、これからやっていけるかを見るためだ。Aではまだまだ医師や薬といった医療資源が足りず、患者のトリアージの必要があった。

 現場に入ってからまずあずさを襲った難問は、二人の同じ病を抱えた患者に対して、使える特効薬が一つしかないという状況だった。医師は苦悩し、まだどちらの患者とその家族にも薬が手に入ったこと、一人分しかないことを伝えられずにいた。ゆえに患者の家族は、もうすぐ死ぬかもしれない大切な人を前に苦しんでいた。

 まず一人の患者をあずさと水希は見舞うことにした。そこにはベッドに横たわる今年七十歳になる老人、エドワードがいた。その傍らには二歳年下の妻マリアがいた。あずさは緊張の面持ちで病室のドアをノックし、返事を待った。ドアの向こうで丸椅子に腰かけ、しゃべらぬ夫の手を握っていたマリアは慌てて涙をぬぐい、立ち上がった。

「はい……」

 返事をしたマリアは、ドアに向かい扉を開いた。そして来客の姿を見た。一人は栗色の髪をセミロングにし、タートルネックの白いセーターとジーンズという姿だった。あずさである。その後ろには黒いスーツに白の詰襟シャツ、黒いハットをかぶった男、水希がいた。二人の年齢はあずさが二十代、水希が三十代といったところだった。水希はハットを右手で取り、片手で持ちながら軽く会釈をすると口を開いた。

「初めまして、日本から来た生命倫理カウンセラーの水希です。こっちは弟子の如月あずさです」

「如月です。よろしくお願いします」

「ああ、あなたたちが、ドクターが言っていました。主人の治療法のアドバイスに来る人がいると……」

「はあ」

 あずさは曖昧な返事をする。確かに彼ら生命倫理カウンセラーは、医療の現場に入り患者や家族の意志と医師の見解を元に治療法をアドバイスすることがある。しかし今回は選べる治療法は投薬しかなく、しかもその特効薬は一つしかない。それにも関わらず患者は二人いる。ゆえにあずさにできることはどちらかの患者を救い、もう片方の患者を見捨てるということだった。薬を投薬されなかった方は次の薬の入荷を待つこともなく死んでいくことになると、事前に水希から聞かされていた。そんなこと考えているあずさの肩をマリアはすがるように両手で掴んだ。

「お願いします! 主人を助けてください! 私にはもう主人しかいないんです!」

 マリアは大粒の涙をこぼしながら力なく座り込んでしまう。肩を掴まれているあずさもそれに合わせてしゃがみこみ、マリアの左肩に右手をおいた。マリアを慰めながらあずさが聞いたところによると、マリアは幼い頃に両親を亡くし、それはそれは苦労したのだという。そんなときエドワードと出逢い、幸せになったのだと。生憎子宝には恵まれなかった。出逢いから五十年たったが、マリアのエドワードと一緒にいたいという気持ちが揺らぐことはなかった。だから今もこうして泣いている。泣くことしか、できないから。

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文責:水島

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