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本当は加害者と被害者という関係にはなりたくない

敏感肌なだけでなく、ニオイに関しても敏感で、あわないニオイを嗅ぐと頭が痛くなり吐き気をおこす

安心安全・食アドバイザーの 前田とも です


|加害者と被害者

ニオイに過敏に反応してしまう私は
以前パン屋さんで働いていた時にパン生地に混ぜてあるマーガリンのバター香料にかなり悩まされました。

最初はなんとかごまかすものの、日を追うごとに辛くなり、3ヶ月でその仕事を辞めることにしました。

それからは、なるべく合わないニオイを嗅ぎ続けなくて良い仕事をするようにしています。

私から一方的な見方をすれば、
ニオイをさせている側が「加害者」で、症状が出て辛くなる私は「被害者」という意識になります

仕事であれば、私が変えれば良いやと避けてきました。

けれど、それが家の中で起きたらどうなる?

夫が使うひげ剃り用のクリームや制汗用のもののニオイに過敏に反応してしまう私

マンションの一室で夫が使い、少し離れたキッチンで私が料理をしているときに、そのニオイがキッチンに流れ込んできたら

私は頭が痛くなり吐き気をおこします

朝から怒りを夫にぶつけてしまいます
「なんで私が香りに敏感なのに、そんなニオイさせるのよ!使わないでよ‼︎もう頭痛くて吐きそう」
いつものことだからか、夫は言い返しをせずにいます。

私からすれば、ニオイをさせた夫は「加害者」、私は「被害者」です。

でも夫からしたらどうなる??
今まで使い心地が良くて、コスパも良いし、使い慣れてるものを、使うなといわれて……

言葉であっても攻撃されたら「被害者」に転じる。

きっかけは些細なことでも、お互いが「自分の方が大変」って言葉を発した時点で平行線になり、収集がつかなくなる。

今ではキッチンまでそのニオイが流れてくることはあまりないです。
夫は何も言わないけれど、夫なりに工夫して私に配慮してくれているのだなと思います。

私も攻撃的な表現ではなく、配慮してくれてることに感謝して、両方の立場から考えられるようになるのが必要だと思います。


|客観視して、伝え方はゆるくしていく

肌もニオイにも過敏に反応してしまう私は、食と栄養の学びをしていく中で、栄養不足がより過敏な反応を生むことを感じ取りました。

栄養が足りてきたりすると、今までよりも自身の反応がゆるくなったりします。反応はしても、感情的にならずにいられたりもします。

そうなった時に周りの過敏な方たちの言葉を聞いて、ようやく少しずつ気がついてきました。

「自分の立ち位置」が凄く大切であるということ

過敏症本人たちの目線と、ごく一般的な目線の中間に立つこと。過敏症の人の伝えたい気持ちが強すぎると一般には受け入れがたいのですよね

家に固定電話があった時にはよく様々な勧誘の電話がかかってきました。そんな時によく感じた、拒否したくなる感覚。

ものすごい熱量で最初っから自分のこと話されても、相手側からしたらドン引きですよね。

初めて会ったら、とりとめのない話をしていて、「そのバック可愛いですね」ってところからゆるくはじめて私ちょっと苦手なものがあって〜〜くらいの会話じゃないといきなりシャッターが目の前で降りちゃいます

だから、そこを降ろさないように、客観的に状況を判断して、背景を妄想して出方をみる。

相手の話したいことに頷き、自分の基準を押し付けないように気をつけながら、「共感」していくことの大切さにようやく気がついてきました。

肌やニオイの感じ方は人それぞれだから、同じにわかり合うことは無理だと思うけど、一緒に暮らして生活していくには、配慮や言葉のコミュニケーション次第であるかなと思います。

「加害者」「被害者」の肩書き(笑)は捨ててしまいたいですね。


|人と人との関係の持ち方

私たちには生まれつき人を思いやる気持ちが備わっている

それなのに、なぜ加害者、被害者になるのか?

自分の価値観にそぐわないふるまいをする相手が悪いとか、まちがっていると、自分基準の道徳をもって相手を裁いてしまうこと、よくありませんか?

非難、侮蔑(ぶべつ)、こきおろし、烙印を押す、批判、比較、分析はすべて、形を変えた裁きなのですよね。

こちらが必要としていることを相手がこたえてくれた場合、それは心の底から与えたいという気持ちからでなく、恐れや罪悪感、恥の意識である場合があるのではないでしょうか?

本当にそういう関係を私たち自身が望んでいるのでしょうか?

私は望んでいないです。

でも、こういう客観視した見方ができるようになるまで随分時間がかかりました。

それは、コミュニケーションのとり方の学びが少なかったこともありますが、その学びが必要だなと気がつくまでに心身共に健やかな状態であるための栄養が不足していたからです。

食選び、食習慣をまずは整えていくと、徐々に生まれもった、何にも影響されない、本来の状態に戻っていくと感じます。

食選び、食習慣を整えていくと、感謝の気持ち、思いやりの気持ちが湧いてきます。

そうなってはじめて人と人は互いに良い関係が作れるように思います。

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