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バラの木通りに暮らす女の子たち『オンネリとアンネリのおうち』

 このコラムでは"ノルディックスクリーン"とタイトルに入れながらも、デンマーク映画ばかりを紹介してきました。私が得意とする分野はデンマーク映画なので、他の北欧諸国の映画を紹介することに自信が持てなかったというわけです。しかし、今回は勇気を出してデンマークから飛び出し、フィンランド映画『オンネリとアンネのおうち』ご紹介したいと思います。

ストーリー
 夏休みのある日、とても仲良しのオンネリとアンネリは、バラ通りにある水色の素敵な家の前で封筒を拾います。その封筒には「正直者にあげます」と書かれていました。2人はそれをおまわりさんのもとへ届けます。すると、中に大金が入っていることが判明します。その大金は、おまわりさんから正直者だと認められたオンネリとアンネリのものになります。
 オンネリとアンネリは、お金が入っていたことにがっかりしながら、拾ったバラの木通りに戻ります。水色の家の前まで来ると、バラの木夫人と名乗るおばあさんが家からでてきます。どうやら、夫人はこの家をふさわしい買い手「2人の小さな女の子」に売りたいと思っているようです。オンネリとアンネリは拾ったお金を使って、この家を手に入れ、2人だけの生活を始めます。
 オンネリとアンネリの夢がすべて実現したかのような素敵な暮らし、そこには、バラの木通りの住人との不思議な交流が待っていました。

『オンネリとアンネリのおうち』トレーラー

原作は フィンランドを代表する児童文学
 『オンネリとアンネリのおうち』は、サーラ・カンテル監督による2014年のフィンランド映画です。フィンランドでは、かなりの観客動員数をほこる人気映画です。日本では、2018年に封切られました。
    原作は、マリヤッタ・クレンニエミ(1918-2004)の児童文学「オンネリとアンネリシリーズ」第1作目、『オンネリとアンネリのおうち』(1966)です。このシリーズは全4作で、『オンネリとアンネリのふゆ』(1968)、『オンネリとアンネリとみなしごたち』(1971)、『オンネリとアンネリとねむり時計』(1984)と続きます。
 映画も原作同様にシリーズ化されており、『オンネリとアンネリのふゆ』(2015)、『オンネリとアンネリとひみつのさくせん』(2017)、『オンネリとアンネリとねむり時計』(2018、日本未公開)があります。
   そして、原作にもヒントになった物語があります。それは、ツァクリス・トペリウス(1818-1898)が書いたおとぎ話Punainen tupaです。
   トペリウスは、18世紀フィンランドのジャーナリスト、歴史学者であり、多くの児童文学も執筆した人物です。Punainen tupaは、2人の少女がお金を拾う物語ですが、ここでは少女たちが自分たちだけの家を手にいれることはなかったようです。クレンニエミは、このおとぎ話に満足できず、2人の少女が自分たちだけの家を手にいれるオンネリとアンネリの物語を書いたということです。

原作との比較
 映画『オンネリとアンネリのおうち』は、原作の雰囲気を大切にしながらも現代の物語として、様々なアレンジが加えられています。
   原作は、優しい雰囲気を全体に漂わせ、現実とファンタジーが見事に溶けあった世界観を持っています。この世界観は、画家マイヤ・カルマ(1914-1999)の温かみのあるタッチの挿絵によって、より強調されています。
    映画は、このような原作の世界観をうまく再現していると言えるでしょう。映画全体のトーンがファンタジーやメルヘン調に偏りすぎることなく、夏の北欧のキラキラとした色調と、ファンタジーの世界観が自然に描かれています。それは、まさにオンネリとアンネリが夢見るかわいい世界です。この点は、大人向けの北欧映画に慣れていると驚くほど明るく感じる人もいるかもしれません。本作は、こどもだけでなく、明るい北欧映画を探している大人にもぴったりな映画です。
    ここからは、原作と映画を比較しながら、様々なアレンジを見ていきましょう。
    原作ではアンネリの父が大学の先生で母が婦人会の会長となっていますが、映画では母が大学の先生となっています。また、原作ではアンネリの両親が別居をやめて元の生活に戻るのですが、映画では両親はそれぞれの道に進んだままです。このあたりは現代的なアレンジだと思います。
    そして、最大の違いは、オンネリとアンネリの夏休みに危機をもたらす人物です。原作では、ウメ・ボーシュさん宅に入った泥棒です。この泥棒は、原作ではあまり詳しく描写されず、最後までよくわからない人物です。一方で、映画においてバラ通りの住人を狙う泥棒は、祖母に毎日お金をせびられ商売がうまくいかないアイスクリーム屋さんです。この人物は、犯行動機やその後の様子まで、原作よりも詳しく描かれています。このアレンジも、映画に深みを与えており、よく機能していると思います。
    一方で、あまりよく機能していないアレンジとして、オンネリの弟の活躍があります。原作には描かれていないので、映画のオリジナルです。
 この弟の存在は、アンネリの誕生会シーンから推測すると、男の子の行動に対する女の子の規範的な反応を崩したかったようにも感じられますが、うまくいっているとは言えません。男の子が女の子にいたずらをするという構造自体に古臭さを感じますし、オンネリとアンネリの「女の子ってすばらしい、かわいいもの万歳」という世界に男の子を入れるなら、女の子がかわいいと思っているものを愛する男の子の存在を描いて欲しかったと思います。
 かわいいものは女の子だけのものという規範を崩すことは、現代において
「女の子ってすばらしい」と思える一歩になるのではないでしょうか。

「自立」をめぐる物語
   本作では、オンネリとアンネリを通して「自立」が描かれています。オンネリとアンネリが2人で暮らし始めるきっかけは、それぞれ自分の親から忘れられている寂しさです。それは、「自分の時間を生きる居場所」が確立されていないことからやってくる不安です。
   成長する過程で、自分と同じ時間を生きていると思っていた親が、実は親自身の時間を生きていることに気づく、そういった瞬間に自分も自分の時間を生きなくちゃ、と北欧のこどもたちは思うのかもしれません。それか、大人に振り回されるのはごめんだという気持ちでしょうか。そうしてオンネリとアンネリは、自分の時間を生きる居場所として、自分たちだけの家を見つけ、自立への一歩を踏み出すのです。
 この自立は、親から離れて自分たちだけでなんとか生活していくという、どこか孤独が漂うような自立ではありません。本作が描く自立とは、他人と支えあって自分の時間を生きることです。オンネリとアンネリは、バラの木通りに暮らす素敵な大人の女性たちと協力して、自分たちの時間を謳歌します。彼女たちは、バラの木通りの住人として大人から信頼されることで、少しずつ自立していくのです。
    こどもの自立に重要なことは、こどもを信頼する大人の存在だと、本作から感じることができます。

年代を越えたシスターフッド
   オンネリとアンネリは、自分の時間を謳歌するバラの木通りの女性たちと交流し支え合います。彼女たちを最初に助けたのは、通りで出会ったバラの木夫人というおばあさんです。祖母と孫という関係ぐらいに歳の離れた女性ですが、2人を信頼しピッタリの家を売ってくれました。夫人の言葉「出来事には必ず理由がある」は、2人に行動する勇気を与えました。次に助けてくれたのは、お隣の姉妹ノッポティーナさんとプクティーナさんです。彼女たちもオンネリとアンネリを信頼し、魔法のはたきをプレゼントしてくれました。そして、2人は、もう一方のお隣ウメ・ボーシュさんを助けることになります。
  『オンネリとアンネリのおうち』には、バラの木通りに住む女性たちがお互いに支え合って暮らす様子を通して、年代を越えたシスターフッドが描かれているのです。


基本情報
『オンネリとアンネリのおうち』2014年製作|80分
製作国:フィンランド
原題:Onneli ja Anneli
監督:サーラ・カンテル
原作:マリヤッタ・クレンニエミ
脚本:サーラ・カンテル、サミ・ケスキ=バハラ
出演:アーバ・メリカント、リリャ・レフト、エイヤ・アフボ、ヤッコ・サアリルアマ、ヨハンナ・アフ・シュルテン、エリナ・クニヒティラ、キティ・コッコネン他


気になる北欧映画
 11月下旬、フィンランド関連の映画イベントが2つ開催されます。

■フィンランド映画祭
 11月19日(土)〜25日(金)渋谷ユーロスペースで、「フィンランド映画祭」が開催されます。ぜひ、この機会に新作のフィンランド映画を堪能してみてください。

<フィンランド映画祭Twitter>


■カレリア語映画『VENEH 小舟』『LINDU 小鳥』上映会
2022年11月23日(水・祝、13時〜/15時〜)神楽坂・光麟亭ギャラリーにて、カレリア語映画の上映会が開催されます。フィンランド南東部からロシア北西部にまたがる地域、カレリアを舞台とした映画の上映です。

<カレリア語映画プロジェクトWebページ>


著者紹介:米澤麻美(よねざわ あさみ)
秋田県生まれ。マッツ・ミケルセンの出演作からデンマーク映画と出会い、社会人を経て大学院でデンマーク映画を研究。法政大学大学院国際文化研究科修士課程修了。


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