スベっる心理学3〜察せない男子編〜(長編小説)
吉沢洋平は、元気の一つ年下の二十七歳である。
背が高く、短距離走の選手のような立派な筋肉の持ち主であり、いかにもスポーツマンといった風貌である。
「やっぱ、仕事終わりは公園での一杯だって」
「はい! 飲み屋でもなくアルコールでもなく、公園のベンチでの炭酸飲料。坂本さん、新しいですよ」
「そうか、“新発売の坂本さん”って呼んでいいんだぞ」
「はい。新発売の坂本さん、今日はごちそうさまです」
「照れるな……ん? ごちそうさまです? 新発売の坂本さんはそんなに甘くないって。ジャンケンで負けたほうのおごりだ」
元気はそう言うと、座ったまま左手に飲みかけの缶ジュースを持ち、隣に居る洋平のほうに身体を向け、右手を胸の高さに上げてジャンケンのスタンバイをした。
「わかりました。負けても恨みっこなしですよ」
そう言うと、洋平も座ったまま元気のほうに体を向けて同じ姿勢をとった。
「いくぞ。おでんのグー、ジャンケンポン……」
「……はいっ?」
「残念だけど吉沢の負けだ」
「“最初はグー”じゃないんですか? “おでんのグー”なんて聞いたことありませんよ」
「知らないのか? 今日から替わったんだって」
「そんなぁ。ずるいですよ」
洋平は元気の明白な嘘により敗者扱いされた。
抗議してやり直す権利はあるのだが、正々堂々と戦って僅差で負けたときのような、悔しそうな表情をしている。
「はい、百円」
元気が手を差し出すと、洋平は何の疑いももたない様子で、財布から百円硬貨を取り出して手渡そうとした。
「……もらえないって。オレの財布、札しか入らないし。その代わり、次の休み遊園地に行こうって」
「坂本さん……」
間違ったことをしている先輩が手を引いて優しくそう言うと、洋平は、今のはおかしなやり取りであったことに気付かない様子で、目に涙を浮かべて感動している様子である。
「行きましょう。楽しみにしてます」
「そうか、二人で馬に乗ろうな」
「馬って、メリーゴーランドのことですね。喜んでお供します!」
「そうか。よし、飲めって」
「はい!」
二人は、残りのドリンクを一気に飲み干した。
「パカッパカッ、パカッパカッ、パカッパカッ、パカッパカッ」
元気は立ち上がると、馬が軽快に走るような擬音を発しながら、スキップで駅の方へと進んだ。
洋平は慌てて後を追う。
洋平は我に帰ったのか、先輩と同じようにスキップはせずに、無言で伏し目がちに、恥ずかしそうにしながら小走りで進んだ。