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南アフリカの特異性!?①~10の視点

※南アフリカにきて4日目の記録。

実質、ボツワナ国境の田舎町とヨハネスブルクにほぼ1日ずつしか滞在していないが、現時点で感じた他アフリカ諸国との違いについて感じたことを備忘録で残したい。
(自分なりに違和感を、現地の方へ問うて教えてもらったことなども含んでいます。)

これまで10年近く、ウガンダやケニアを中心に過ごし、インドにも1年数か月いたわけだけだが、それらの国から複眼的に見る南アフリカが興味深く、まだ数日の段階で備忘録として残すことにした。

歴史的事実はまだ調べていない。誤認している、間違っていることがあればぜひ教えて頂きたい。

1.「失業」を許さない社会

近年増えてきている中間層の人たちと話すと、ほぼ最初に上がるのが「失業」の話。

南アフリカの公式統計で最近の失業率は30%を上回っている。日本のように5%の失業率の国からするととんでもなく高いし、世界で最も悪い数字と言われている。

しかし、僕が人材育成事業をしていたウガンダやケニアの(実質)失業率は同程度か、それよりも高い。

公式統計はどちらもそんなに高くないけど、実質失業率はかなり高い。

(失業の定義は国によりマチマチ。日本も働く意欲があり求職の努力をしているけど就職できない人が失業者になる。ハローワークに申請してきちんと活動している証明が出来る人など)

フォーマルセクターが未成熟な国では、自営業的に無許可でやっている屋台、マタツ(乗り合いタクシー)のドライバー、ボダ(バイクタクシー)のドライバー、日雇い的に働く人の割合がずっと多い。

会社で働いていないし、失業手当などもなく、何とか日々をサバイバルしている人たちは取っても多い。

初日に会った人数名から失業の話をされて、「なんで、南アはこんなに話題にのぼるのか?」と不思議だった。

これにはアパルトヘイトを経て1994年に新政権ができた時に関連するようだ。
当時、全ての国民に仕事を!が新政権のモットーだった。

そのため、平日の昼間に街をうろついていると、逮捕されることもあったらしい。働いていること、または学校にも通っていることを証明する必要があったそうだ。

言いたい事は凄くわかる。。

でも、現代では、(一部の層かもしれないが)働くってもっと自由なオプションであってもいいはずだ。

※後日追記:
アパルトヘイト時代を経て、マジョリティである黒人層の方々が土地を追われ強制的に移住された人たちもいる。
本来であれば、田舎でも土地を持ち農業などに従事して、雇用されずとも自給自足などの生活が出来た人たち。

土地や農業に限らず、土着に根付いた社会資本を奪われた人たちにとって、収入を得る主な手段が雇用されることになっている事実がある。

この点、東アフリカなどと比べて、南アフリカが「雇用」を前面に出している背景であろう。

2.起業家精神が育みづらい?社会

それが影響しているのか、起業家が少ないと言われている。

ここでいう起業家はスタートアップ的なキラキラ起業家以外にも、自営やフリーランスで仕事している人たちも含む。

スタートアップ業界でいえば、5000万人の人口でサブサハラ49か国でもトップクラスのGDPを稼ぎ出すサブサハラ内で圧倒的な”先進国”を誇るだけあり、注目されている。

教育水準も高く、スタートアップのエコシステム、各種インフラも揃っており、優秀な起業家の割合は多い。

南アのスタートアップシーンは他アフリカ諸国よりずっと投資家側が充実している。

例えば、東アフリカだと、何かチャンスがあれば、小さいビジネスでもとりあえずやっちゃえみたいな雰囲気がある。南アでは今のところ「雇用されること」が優先度が高いように思う。

※後日追記
また別日に記載するが、社会層をいくつかにカテゴライズした上で考えるべきだった。
起業家になる層も一様ではない。

3.ヨーロッパ的な仕事の倫理観

「仕事」に対する考えも、ヨーロッパ(というかラテンヨーロッパ?)的な「仕事は辛いもので出来れば避けたい」みたいな倫理観があるようだ。(もちろん、セグメントにより大きく異なると思う)

少し前にFacebook上で、ウガンダ人って「効率が良いとか悪いとかは置いといて、何かの作業をすることを嫌がらず勤勉だよな」って書いたけど、ここでは、その価値観よりも労働は仕方なくするものって感覚が強そうだ。

※あくまで程度であり、どの国でも「労働」に良いイメージを持っていない人も相当数いるし、持っている人も相当数いる。


隣国ボツワナで数年働いていた友人で、ウガンダでも数年働いていた人が「ボツワナはウガンダと違って全然仕事に身を入れない」と愚痴っていたけど、それに近いものがあるようだ。

4.ウガンダの「ハングリー」ではないとは異なるハングリーさの無さ

一言でハングリー精神がないって言っても、いくつか種類がある。
ウガンダ国が「ハングリー精神がない」って言われることと、南アフリカのそれは異なる様子だ。

ウガンダは、隣国ケニア等と比べて、貧しくなっても、「最悪、田舎に帰れば食べ物は保証される(保証された)」となる状況が多い。

※補足
■もちろん、程度差であり、食べるのも困る人たちは一定数いる。

■長く説明しないが、この差は、ウガンダの年間降水量が約1200mm、ケニアの年間降水量の約600mmの倍あることが大きい。都会のスラムの人口数がケニアの方が圧倒的に大きい。

最悪、自分で何とか生き抜きますって感じ。

でも、南アはもう少し何かに依存している感じがする。(上手く説明できない)

※後日追記
多くの社会的弱者・貧困層にとって、アパルトヘイト政権時代に、土着で培ってきた社会資本も奪われた。
コミュニティや大きな血の縁がりの中で非公式なセーフティーネットで支え合って生きてきたものが壊されてしまった。
そこに頼れなくなったしまったのは大きいのだろう。

5.お上への期待?が大きい社会

一つには、お上(政府)への期待・依存があるのだろう。

ウガンダやケニアでも、居酒屋トークとして、政府への愚痴はよく聞くけど、みな期待していない。

でも、南アは新政権のコンテキストがあるからか、政府への期待みたいなのが感じられる。

そういう意味で日本に近いかも。

日本も政府の批判が多い国だけど、政府が何とかすべきと政府のせいにして自己完結する場合を(ウガンダ、ケニア、インドなど)よりもよく見る。

※後日追記
興味深いのは、南アフリカの選挙投票率が低い事

これだけ政府批判をしているにもかかわらず投票率が低い。
その点、日本も似ている。政府への苦言は呈するが、投票率は最も低い国の一つだ。
南アフリカの場合、たった30年前に、死に物狂いで勝ち取った自由民主主義。投票権。それでも行使をしない。

ここには複雑な背景があるようだ。
一つは、投票行動をしても結果が変わらない諦め感。たくさん政党があるが、結局は現政権が変わることがない感。(
これは日本の投票率が低いと言われる理由と同じ。
(※ただ、世界にはほぼ独裁政権にも関わらず投票率が高い国は多い。強制力が働いている国も多いが。。)

もう一つは、自由民主主義として、投票以外の権力はきちんと使っていること。例えば、デモやスト。
毎年大学の新学期が始まる頃には恒例のデモがあり1週間は学校がスタートしないなどが通常のようだ。(これもフランスをはじめとするヨーロッパの雰囲気と似ている)

6.貧富の格差≒人種差に繋げる社会

南アは世界でも最も貧富の差が激しい国の一つと言われる。(ジニ係数が世界トップである)

しかし、インドに1年ちょっといた感覚からすると、インドも同程度に格差が大きいように思う。(こういうのはジニ係数のような統計には現れない事も多い)

※補足
南アフリカのジニ係数は、0.62と世界主要国ではトップ。0.4以上は警戒レベルと言われる。1994年のアパルトヘイト政権後は0.59だったのが悪化している。
一方、インドは農村で0.3程度。都市部で0.35程度。

インドは格差社会ではあるが、治安は非常に良い国だ。(日本から渡航すると気を付けるべきだが、多くのアフリカ諸国と比べると比較にならないほど治安が良い)

なぜか?私の持論だが、インドは、昔から続く社会の倫理観に「全ての人は平等である」という概念が小さい。
多くの宗教は「人は平等である」としている中、数千年の間、バラモン教からヒンドゥー教に至るまで、人々の価値観に最も影響を及ぼすと言われる宗教観に「格差」が埋め込まれている。

※補足
※よくカーストの話が持ち出されるが、カースト=経済格差と捉えるのは乱暴だ。憲法によりカースト制度が廃止されたのは1950年。
実態としてどれだけカーストの影響があるか?は一概に言えない。元々ものすごく多様なインド。都市と地方、地域差、社会層によって捉え方にはずいぶん差がある。

上記で述べたように、南アフリカのセーフティーネットは雇用が前提になっている。(インフォーマルセクターの発展が妨げられてしまった)

現在の南アフリカの最低賃金(時給)は190円くらい。フルタイムで働くとR5000(約4万円)になる。(2023年3月の法改正で、最低賃金は自給R25.42)

農村など貨幣経済が弱い地域もあること、最低賃金とは関係ないインフォーマルセクターの存在を考えれば、最低賃金だけで語ることに意味がないことも承知でいうが、
数名の方に話を聞いていても、インドよりもずっと差が大きいように感じない。

※補足
ちなみに、インドの最低賃金は、日給178INR(316円)。月収では25日として5400円ほど。
首都デリーでは、未熟練労働者(Unskilled worker)の最低賃金は17494INR(31700円)となる。田舎と都会の生活費の差もあるが、6倍以上の差はある。

他諸国と違うのは、この貧富の差に人種問題が色濃く入っていることだろう。

白人は全人口の10%のみ。カラードと呼ばれる混血も10%くらい。
このWhiteに区分されてきた10%が特権を得てきた歴史がある。

※後日追記
1990年代以前から南アフリカは、アフリカで最も発展した裕福な国であるが、それはこれだけ広大な国土で、ダイアモンドや金など多くの鉱物資源を豊富に持つ国を、500万人の白人のための経済として回していたからだ。

1994年にアパルトヘイト政権を終えて、ネルソンマンデラ大統領が民主化した際の人口は4000万人。500万人が特権を得て生活していた経済が一気に4000万に膨れ上がる。
単純に雇用を8倍近く引き上げなければならない。

ウガンダやケニアで貧困格差を語るよりも、圧倒的に人数の問題に直結する。

ケニアも、キクユ族やルお族など、部族による格差問題は良く話題となる。イギリス植民地時代の間接統治の影響で、格差が残る場合もある。

でも、これほどまでに直結しているのは、南アフリカの社会と特徴と言えるだろう。

この辺りはアメリカの人種問題が、より色濃く、強烈に残った社会と言えるのかもしれない。


7.人種差別の撤廃が一世代遅れたとは?

ウガンダも植民地時代はWhiteとNon whiteで入り口が分かれていた。

当時、どのくらいの人口比だったのかは分からない。
今の南アフリカと比べて、多かったのか少なかったのか分からない。

アフリカ諸国の多くは1960年くらいに独立をしている。その時に旧宗主国の人たちを追い出した国も多い。

一方、南アは1994年まで公式な形で続き、その後も人口比で10%程度いる。

この30年の差(一世代)は大きいように思う。

アパルトヘイト博物館の入り口

※上記の1-7までを、現代のEquityの視点、集団的バイアスの視点で見直したら興味深い。

特にアメリカにおける人種のDEI、集団的バイアス、ポリティカルコレクトネスなどとの対比は気になるところだ。

※友人の藤村氏が、現在のEquity、構造的不平等の解消の探求をしている。
この辺り興味のある人は、ぜひこちらのサイトを覗いてみてほしい。

紛争解決後の民主化への移行を進める、TRC(真実と和解委員会)というアプローチがある。南アフリカもアパルトヘイト政権後にTRCアプローチをとっている。TRCについて、上記サイトに良い記事があるので参考として。



8.とってもアメリカナイズされた消費文化


南アフリカにきて印象的だったのは、「アメリカっぽいな」と思った事。
現地で広く出回るファストフード店の種類、ファストフードに出されるメニューを見ても、チキン、肉、ハンバーガー、ピザ、ホットドッグなどが中心だ。

ショッピングモールを見ても、アメリカ的に感じる。(フィリピンのショッピングモールもアメリカさを感じる)

東アフリカ諸国の中でも、アメリカ寄りの政治・外交を続けてきた、親アメリカのケニアと比べても、アメリカっぽい。。

現地に住む方に聞いても、「確かに!」ということだった。

アパルトヘイト政権下では、自由は制限されていた。自由主義は反対されていた。自由の象徴であるアメリカ文化は大きく制限されていたらしい。
その時の反動で、アメリカっぽいものが多く入ったのでは?という話も聞いた。

外国人に限らず、現地の人でも層が違う人は近寄らないというCBD(ダウンタウン・中心街)に、期せずして初日に立ち入ることになるが(迎えにきたドライバーが客待ちしただけで、私は歩いていない)、一見するとNYっぽい街の雰囲気を感じる。

そのため、建物の作りなど、1990年代のナイロビやカンパラ、ダルエスサラムのダウンタウンの建物よりもずっとしっかりしている。しかし、それでいて21世紀に建てられた近代感はなく、20世紀後半っぽい建物だ。

※後日追記
CBDのある地区は1994年までは白人特権のビジネス街。当時はCBDで働いている許可証を持っていない黒人は逮捕されていた。白人のビジネスのために作り上げた地区。

なぜ、この地区の治安が悪くなったかというと、1994年に解放され、全人種が活動できる地区になった。
当然、ここに大量の黒人が流れ込んでくる。彼らの多くには職が無い。500万人の”ための”経済では、4000万人の人口の職をすぐに作り出すのは不可能だ。
さらに、そこに隣国の南部アフリカ諸国から労働移民が一斉に押し寄せる。
アフリカで最も裕福な南アフリカ共和国が自由民主主義になったのだ。隣国からこぞって職を求めて大量の移民が流入するが、南アフリカ人にも食はない。多くは都市で労働難民となる。

そしてかつてアフリカ一栄えた華やかなビジネス街が、世界で最も犯罪が多発する地区に変わっていくのである。

9.発展「途上」から停滞に入ったとは?

他アフリカ諸国が発展途上で、これから経済成長をしていくと期待される中、経済成長が鈍化している南アフリカ。

アフリカのヨーロッパと言われるだけあり、首都だけでなく、田舎に行く道路も、田舎で一泊2000円程度のゲストハウスも、どれも建物としてのハードインフラはマジでちゃんとしている。
(もちろん、田舎にいく幹線道路を一歩入れば、アスファルト道路が適切に整備されておらず、穴ぼこが多くて、ゆっくりでないと走れないこともあった)

しかし、何となく既視感がある。
そうだ、東京の郊外や日本の地方でみる、バブル期に建てられた昭和な建物に似ている。
昭和末期の建物が、メンテナンスをされずに朽ちている感じにている。

10.改善されない停電事情

電力事情もその一つなのかもしれない。

南アの停電が改善されないのは、電力設備が古くなり、改修できていないからと聞く。

もちろん、昔作ったインフラが古すぎてダメダメな例は、南アだけではない。

カンパラの電力も昔の設備が古く、今の電力需要に合わないからと5-6年前に改修したばかりだし、

ケニアの植民地時代に作った100年近く前の鉄道も、近年SGR(近代高速鉄道)に置き換わっている。

でも、人種差別をしていた30年前の政権と、その後の経済的な混乱を迎えた政権の差は、

日本のバブル前のインフラと、その後の経済低迷・過疎化で維持できない田舎と、少し似たような感じがしてしまう。

※後日追記
電力の問題は、雇用と同じく、日常会話で多く取り上げられる話題だ。

これだけ発展していて、いまだに停電が頻発する国だ。
色んな意見を持つ人がいるが、エリートと言われる人たちからも「この電力問題は意図的に残されている。本来は発電容量は十分あるのに、政治的な要因で電力不足のアピールに使われている」とか、「原子力発電所の推進のため」とか。

解決が難しい理由としては以下がある。
1)南部アフリカ16か国へ売電しているため。
なぜ国内の電力が不足しているのに売電しているのか。以前は南アフリカは有数の電力供給国だった。安い石炭火力があり電気が余っていた。隣国への売電の長期契約を結んだ。
そのため、電力不足になっても、解消できないという。(事実確認はしていない)

2)ESCOM(国営電力会社)の政府や特権との癒着、非効率な意思決定や経営体質
非常に古い組織体制。政治との癒着。鉱物業界からの圧力。
そして、圧倒的に不足している雇用を担う産業であるため、雇用拡大を義務化されており、新しい社会への移行がしづらいとも言われる。

CEOが何度も変わり、改革しようとすると、暗殺されるなどの事件も起きているようだ。

3)脱炭素社会へのエネルギー移行
「公正なエネルギー移行パートナーシップ」が2021年にCOP26で、英国、米国、ドイツ、仏との間で結ばれた。

南アフリカの電力の多くは石炭火力である。これが気候変動、脱炭素の中で大きな課題になっている。

この移行の最大の課題は、発電所閉鎖で失われる雇用問題と言われる。
例えば、2025年までに9つの発電所の閉鎖を計画しているが、15GWの発電を停止し、55000人の雇用が危険にさらされると大きな議論になっている。


まだ4日しかいない時点なので、誤解していることも多いだろう。
後日、「追記」として得た感触も含めて追記した。

参考になれば幸いである。

※こちら、第二弾の記事も書いたので紹介。


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