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<タクドラ日記>六本木心中

No.0017
2017年5月5日(金)


ゴールデンウィークの後半、タクシードライバーにとってはスーパーゴールデンに辛い1週間の最中です。
シンデレラタイムを過ぎて六本木に入ると空車のランプを付けたタクシーがポジション取りで凌ぎを削っている。ロアビル前の信号手前は、お客さんが頻繁に乗ってくるので空車のタクシーはお行儀良く順番を待っている。
1台のタクシーがそのベストポジションの列に並ばずに入ったので僕がすかさずその車にクレームに向うとそのタクシーはお客さんを乗せてさっと立ち去ってしまった。こういうハイエナタクシーがヨダレを垂らしながらチョロチョロしているのが六本木大草原。
僕がその空いたベスポジを確保すると、すぐに清楚で美しい女性が乗車された。ハイヒールをちゃんと穿いているのでシンデレラではなさそうだ。そして行き先をお聞きすると、なんと鎌倉までというありがたいご返事。
実は、今日僕の車はNHKに入構できる日なので以前鎌倉までお乗せしたお客さんを思い出して鎌倉までのルートを事前にシミュレーションしていたのです。笑 なので、鎌倉と言われてすぐに「第3京浜から横横で朝比奈までのルートでいいですか?」ってタクシー運転手の基本動作であるルート確認ができました。たぶんその応答でお客さんとの間に無言の信頼関係が生まれたんだと思います。少なくとも僕にはそんな空気が感じ取れました。そうそう何故かお客さんが和久井映見で車内で一緒に演歌を唱うところまでシミュレーションはできていたのです。握りこぶしまで作って。笑


広尾を過ぎて白金トンネルを抜けると、お客さんが助手席後方に俯せ僕に心もとない声で呟いてきました。
「運転手さん、すいません、泣いてもいいですか? 今まで我慢していたので」
状況が掴めない僕は、ただ「いいですよ」と間の抜けた返事。
すると女性は、決壊したダムのように悲しみや悔しさや怒りや苦しみの感情が溢れ出て嗚咽しだした(かのよう)。5分ぐらい激しい嗚咽が続くと、女性が僕に話かけてきた。
「運転手さん、ごめんなさい、こんなお客いないですよね。ホント、私バカみたい」
「いえいえ、人生いろいろですからね。泣ける時は泣けばいいですよ。そのうち泣く元気もなくなりますから。笑」
「運転手さん、優しいわよね。私、初めてお会いする人の前で泣くような女じゃないんです。でも、運転手さん、優しいから」
「いえいえ、すぐにでも運転やめて僕の胸を貸してあげたいぐらいです。笑」
「ありがとう、運転手さん、私ね、ホントにバカなの」
嗚咽しながら彼女の告白が続いた。
「あのね、ワタシ今、男と別れてきたの。ワタシいつも5人の彼氏がいたんだけどね、その彼が現れてからその5人を削ったのね、そのぐらい好きだったから1本に絞ったのね。でも、ワタシ馬鹿だから浮気しちゃったのね、ワタシがいけないわよね」
(ふ〜ん、なんかTBSのドラマの波留みたいだ。笑)
「でね、浮気がバレたらね、その彼が告白したの。俺、子供ができたって。 え? 奥さんいるなんて聞いてないから」
「でね、ワタシ、悔しいから元彼と会ってHしちゃったの。好きでもないのに。ワタシ、馬鹿よね」
「う〜ん、相当馬鹿だと思うし自業自得だと思うけど、そんなに泣いてるポイントは何なんですか?」
「だって、1年間騙されてたのよ〜。彼、子供が生まれて幸せの絶頂なのにその身体でワタシを抱き続けてのよ、ワタシだって子供が二人いるからその光景がよくわかるのよ。悔しくない? そんな幸せな別の家庭があるのにワタシを抱いてたのよ」
「え? ちょっと待ってちょっと待って。あなたには子供がいるの?」
「はい、二人いる」
(おいおい、、、、、。)
「で、旦那さんはいるの?」
「はい、一人いる」
(おいおい、、、、、、。)
「でもね、彼に子供がいる事を問い詰めたら、お前だって旦那と子供がいるだろって。ワタシは秘密にしてないのに何で責められるの?」
「でね、ワタシ、悔しいからまた元彼と会ってHしちゃったの。好きでもないのに。ワタシ、馬鹿よね」
(おいおい、また、話がそこに戻るのかよ。なんか話の前後関係がよくわかんね。笑)
「ってことは、泣いている理由は、1年間騙されていたってところですか?」
「だって、悔しくない〜? 1年間騙されてたのよ〜」
そう言うと、再び彼女の嗚咽が始まった。


朝比奈インターを過ぎて鎌倉市街に向う山道を下って行くと、彼女の住む高級住宅地に辿り着いた。指定されたコンビニの駐車場に乗り入れてメーター処理すると料金は高速代を入れて20,920円。
「あら、意外と安かったわね。運転手さん、ありがとう、スッキリしたわ。あ〜、でも、明日、子供のお弁当作らなくっちゃ」
(旦那が稼いだお金で遊んで安かったわね!は、ね〜だろ!)
若いと思っていた女性の年齢は36歳という事らしい。でもこの行動と精神年齢が彼女の外見を若く見せているのだろう。降車された後ろ姿を追い掛けると何事もなかったようにスイッチの入れ替わった強い主婦の姿があった。


「自分のお子さんだけは傷つけないようにね!」って最後に言いかけたけど、言葉にはでなかった。多分、彼女の人生の中で乗り越えなければならない課題としてこれからいろいろなドラマが描かれていくのだろう。

人生、いろいろだね。
アンルイスの「六本木心中」のメロディが頭の中を駆け巡った。

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