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六本木の名店で独りを一緒に煮込んできた話

11月18日、金曜の夜。なぜか1人で六本木の香妃園にいる。
冒頭に「なぜか」と付けると、なんだかトリップしてきたような、タイムリープでもしてきた主人公感を醸し出すが、“ここで食べたい”と歩いて来たから居るだけだ。 

歩いて来たことは事実として、「なぜ私は今日この日、この店に“独り”で居るのか」という現実について、自分で自分に問いをかけているのだ。

六本木の中心に佇む老舗のこの中華料理屋は、人気店というだけあり、デートの締めくくりに食べにきたであろうカップルや、近所に住んでそうな老夫婦、結婚式帰りの友人同士、仕事帰りに食べに来たサラリーマンのグループ...と、老若男女で店内は賑わっている。

その中で、「1人」ということはなんだか、いたたまれない気持ちだった。いつもなら1人で行動し、おひとり様で店にいるのはなんて事ない。ただ、ここでは「誰かと居る」ことがデフォルトであるような世界に思えてしまったのだ。
金曜日だからだろうか。それとも六本木という街のせいだろうか。いや、曜日にも街にも罪はない。

答えをだせないまま、賑わう店内で1人悶々と手帳を開き心情を吐露する。
題して“独りでここに居る理由”。思いあたることを書いてみる。頭の中にあることを目の前に出すと、痛いところに手が届きやすい。
可能性の低い事に執着してしまったがゆえに、身動きがとれなくなっていること、それでもわずかな希望を抱いてしまうこと、積み重ねた思い込み、できれば見たくない内面やそれに付随する課題などなど。書き起こしながら今置かれた自分の現状を嘆いていく。自分の理想を叶えた人たちと比べまくっていく。
殺傷能力の高い文字が並ぶこのページは、もはやデスノートと言ってもいいかもしれない。時折り涙ぐみながらペンを走らせるその姿は、傍から見れば滑稽に映るだろう。

調理場では注文した鳥煮込みそばが今まさに煮込まれている。テーブルの上では、目を覆いたくなる事実を手帳の中で煮込んでいる。
どうかこの現実も一緒に、ドロドロに溶かしてくれ。

頃合いをみたように注文した名物の鳥煮込みそばが運ばれてきた。今日ここを選んで正解だと、心底思った。
この日は朝から食事の機会を逃し、お腹空いたを通り越した我が胃袋にとって、鳥煮込みそばは砂漠のオアシスのようで、広がる湯気は「お食べなさい」と食欲をいざなう蜃気楼だ。少し大きめのスプーンで器に取り分ける。
鍋にたっぷりと入ったとろとろのスープに、具材は小松菜とひとくちサイズの鶏肉とシンプルだが、他にもたくさんの食材が溶け込んでいるのだろう。柔らかい麺とまろやかな塩味がとても優しい。手帳に吐き出した事実たちもこうして煮込んで丸ごと味わえたなら、豊かになれるような気がした。

最後の一滴まで飲み干した。不思議なものでお腹を満たすと心も満たされていく。いつの間にか、着席した時に湧いてきた“いたたまれなさ”も消えていた。鳥煮込みそばと一緒に、ちゃんと飲み込んだのだろう。お会計を済ませて店を出る。
重かった足にはどうやら羽が生えたらしい。煌びやかなネオンの中で、なんだか軽やかだった。
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※香妃園(コウヒエン)/1963年創業の中華料理店。店内は珈琲のような色合いのテーブルと、色っぽいネオンに包まれた昭和レトロな雰囲気。東京都港区六本木3-8-15 瀬里奈ビレッジ 2F

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