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日本語教師日記171. 生徒と食べ物について語り合う

先日、日本出張中の生徒と居酒屋にいました。
漢字が得意な国の人です。

「先生、カラスミというのは、何ですか?」
「考えたことなかったけど・・確かボラの」

卵巣の塩漬け、塩抜きしたものの、天日干しだそうです。

漢字を書いて見せて、

「珍しい味と書いて、珍味と言います」

「そうですか。では食べましょう。
あと先生この、いぶりがっこ というのは?」

これもまた、あまり考えたことがなかったです。

燻るいぶというのは、燻製のことですね。
{がっこは』お香香(おこうこ)、つまり、漬物のことです」

「お新香と同じですか?」

「よく知っていますね。
いぶりがっこというのは、大根の漬物を燻ったものかもしれません」

ちょっと待ってねと言って、iPadを引っ張り出してカウンターに置いたら、

「先生は、こんな大きいタブレットを持って歩いているのですか?」

と驚かれました。
そう、外で時間潰しをするときのため、私はいつも、キーボードとタブレットを持ち歩いているのです。
重いです。

「解りました。ええと、秋田県は雪深いので、冬に十分に大根を干せなかったので、囲炉裏の上にぶら下げて燻して、それから漬物にしたそうです」

「それを頼みましょう」

カラスミと、クリームチーズ載せのいぶりがっこと、ポテトサラダを頼みました。

「豚の角煮はどうですか? 豚のほら、この辺り・・」

と、自分の立派なお腹を指差し、

「この辺の、脂と赤身が段々になっているところを、
甘辛く長時間煮たもので、美味しいですよ」

会話は全部日本語ですが、どうしてもきちきちに、説明をしてしまう癖があり、めんどくさい人間です。

「それも頼みましょう」

残念ながら、煮卵は半分に切ったものが一つでしたので、
先生の余裕を見せて、生徒にどうぞどうぞとすすめました。

「大丈夫ですか?  食べてもいいですか?」

「いいですけど、食べ終わってから、私のゆで卵の話を聞いてください」

「了解です」


彼は日本滞在中は昼も夜も居酒屋や定食に行くそうです。
そして、ホワイトボードを見て、日本の料理を覚えているのですって。

「お新香は、わかります。
お浸しは、だいたいいつも、ほうれん草ですね」

などと言います。

「さすが中国系のあなた、何でも食べて、えらいですね」

「日本は何でも美味しいですから」

「そうですか? それはよかったです。
そういえば中国の方は、何でも食べるそうですね

「まあ、何でも食べます」

「椅子とテーブルとベッド以外の四つ脚は、
何でも食べると言われていますよね?」

「あっ、そうですか? ははは、まあ本当ですね。
虫も食べますが、先生は食べますか?」

「食べたことはあります。
長野県で、蜂の子とか、イナゴの佃煮とか」

「これからは虫食の時代ですから、慣れていた方がいいですね」

料理の上手な彼から、

中国の餃子は焼き餃子ではなく、水餃子と蒸し餃子が多いこと、
ウニ炒飯という、罰当たりな美味しいチャーハンがあること、
炒飯には色の黒いお醤油を使うので、ご飯がとても茶色っぽいこと・・

などなど、いろいろ教わって、勉強になりました。

「先生の、ゆで卵の話ってなんですか?」

「あ、それね。
あのですね、私が夫と付き合い始めたころのことなのですが・・
本当に聞きたいですか?」

「はい、聞きたいです」

・・・そうですか。
それではお話ししましょう。

あるとき新宿の東口のライオンビアホールに行って、
彼はおでんが大好きなので、おでんを頼んだのです。

日本人の好きなおでんのトップ3は 知っていますか?
知らないですか。
あのね、トップ3は、一位大根、二位卵は揺るぎなくて、
三位をじゃがいもとこんにゃくが争っているそうです。
その卵を指して、今の夫がですね、いきなり、
『食べてもいいですかっ?!』
って聞いたんですよね。
私一応、先生ですからね、はいどうぞどうぞと言ったんですけど、
そのときに、
(私だって、卵を食べたいかもしれないのに、
なんで、食べたいですか? って聞いてくれないの?
食べてもいいですか?って聞かれて、
だめです私が食べます、なんて言えないじゃん。
なんて人なんだろう。
もうつきあうのやめようかなっ)て、思いました。

「先生、だんなさんは、危なかったですね」

「そうです、ギリギリセーフでした。
結婚してから、このことを蒸し返して、
『なんて図々しい男だろう、もう嫌い!』と思ったと言ったら、
『いや、卵は安いものだし、毎日食べられるものだから、
先生は卵なんか食べてもつまらないだろう。
自分は一方、おでんの卵は大好きだから、
食べてあげたほうがいいだろうと思って、親切でそう言ったんです』
と言っていました」

この話をしたら、生徒くんにはだいぶ笑われました。


海外の方も、日本の食べ物に慣れ、大好きだと言ってくれる人が多くなりました。
昔と違って、刺身を見て、疑わしそうに引いている人などは、私の知る限りではいないです。
嬉しいことですね。


今、為替レートのおかげで、日本に来るのは楽しいそうです。
中には、私が一度もやったことのない、「寿司のおまかせ」を食べてきて、安くて美味しいお店を教えてくれる人もいます。


出張を終えた彼は、

「また美味しいものを食べに行きましょう」

と言って、元気に国に帰って行きました。


サポートしていただけたら、踊りながら喜びます。どうぞよろしくお願いいたします。