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読書日記 #3『こうして誰もいなくなった』有栖川有栖 著

おはようございます。あるいはこんにちは。もしかしたらこんばんは。とある蛹です。

この読書日記シリーズは本の内容によって敬体と常体を使い分けていこうかなと思う今日この頃。
丁寧に文章を紡ぎたいとは思うけれど、常体の方が筆がノッてくるような気がします。ミステリやちょっと重めの物語を読んだ後なんかは特に。
そんなわけで、以下は常体で。

1,本の紹介

まずはじめに、読了した本の紹介を。
今回読んだのは、知っている人も多いと思うけれど有栖川有栖さんの『こうして誰もいなくなった』という作品集。

表紙はこちら。

有栖川有栖『こうして誰もいなくなった』
角川文庫

不思議の国のアリスを思わせる、笑う猫、シルクハット、懐中時計、またそれらの影響で一瞬ウサギに錯覚してしまうネズミ。怪しげな雰囲気の漂う表紙が魅力的である。

この本は14篇の中短編をまとめたもので、前口上では『有栖川小説の見本市みたいなもの』と表現されている。
私は以前から有栖川有栖さんの本を読んでみたいと思いつつもズルズルと読まないまま成長し、これが初めての作品だったので、『はじめましての私にぴったりだ!』と思いながら購入した。

『ファンタジー色の強いものからホラータッチを経て本格ミステリへと、おおよそグラデーションになるように並べてある』と前口上に述べられていたので、とりあえずはその通りに読んでみた。
どの順で読んでも面白いそうだが、まずは与えられた通りに味わってみる方がいいだろう。

中短編ということなので、ひとつの物語を読み終わる度にnoteに感想をまとめてみた。

2,⚠️ネタバレあり⚠️ 感想タイム①(1篇ごと)

館の一夜
12ページの短編。
黒田という男の回想という形で物語は進む。登場人物は若き日の彼とその助手の美佳子。
よくある山道で迷い込んだ先にある館で1晩を明かす話だが、特に何が起こるというわけでもなく、拍子抜けしなかったといえば嘘になる。だが“常に何かが起こりそう”な雰囲気作りには美佳子同様、してやられた。
意図的な吊り橋効果を狙った彼だが、それによって上がった好感度に胡座をかくのではなく相応に努力したからこそ望んだ通りの結果を掴み取ったのだと思うと素直に認めるしかない。
雰囲気作りだけであっさり引き込んでしまった作者の文章力にも驚いたが、これでまだ1篇目である。

線路の国のアリス
52ページの中編。
1篇目と比べて格段に厚みがあり、読み応え抜群で嬉しかった。
鉄オタの妹であるアリスが、不思議の国のアリスと同じようにウサギを追いかけて不思議な世界へ迷い込む話。
アリスは少しませた所がある、強気で物怖じしない性格の少女。不思議な乗客達に翻弄されながらも、電車を運転することになったり女王への謁見でも自分の主張を貫いたり、様々なピンチに対して堂々と立ち向かっていく姿は素直にかっこいいと思った。
最後、夢オチで終わりかと思ったら序盤と同じようにウサギを見かけ、彼女は今度こそ困難があることを承知した上で『目が覚めるまで、あとひと冒険』とまた元気よく追いかけていく。あんなことがあったのに、自らもう一度体験しにいくなんて……と驚き、同時にそんな彼女がとても眩しく感じた。

名探偵Q氏のオフ
9ページの短編。
名探偵Q氏が助手のF穣に告白する話。
物語は居合わせたパーティ会場で起きた盗難事件を華麗に解決したシーンから始まった。犯人を特定する決め手となったのは『R伯爵夫人の寝言を知らなかった』ということだとQ氏は高らかに語る。……どんな事件だったのか気になってしまうが、残念ながらメインはその事件ではない。
重要シーンは省いて感想だけ語ると、私が面白かったのはメインの出来事の後である。
『急な求婚』『呼吸困難でバタンキュー』『至急、救急車』『心配のあまり号泣』……これはほんの一部で、15行の間に46回(パッと数えた感じおそらく)も『きゅう』とつく言葉が使われている。重複しているものを除いたり『きゅう』ではないが近い音の言葉も含めたりすれば9の倍数にでもなったかもしれない。
後半で有栖川有栖さんのユーモアと語彙力が爆発しているのだ。ラップでも聴いているのかというくらいの小気味良いリズム感に思わず酔いしれた。
そして読み終えて気付いた。そう、この短編は“9”ページだということに。この本を読んでいる瞬間全ては有栖川有栖さんの掌の上なのだろう。

まぶしい名前
3ページの短編。
切り詰めた生活している男の話。
“似たような生活”をしている野球好き仲間の健ちゃんがレストランで『名前を書いてもらって、悪いね』と言った時にはもしかして健ちゃんは主人公のイマジナリーフレンドか、はたまた犯罪者か……と邪推したものの、オチでなるほどなぁと思った。
しかしスポンサー付きネームとは何だ?
聞いたことがなかったしどういうものなのかも掴みにくい。宣伝になっているんだろうか……。まあ主人公のそれはくすりと笑えてしまう絶妙なラインで、自分がこうだったらと思うと確かに恥ずかしいけれど面白い。健ちゃんの名前も知りたいと思った。

妖術師
5ページの短編。
『大切な人といっしょに見ない方がいい』というショーの話。
1人で見に来る男性客が多い、という描写から、卑猥なショーなのかと思ったがまさか恐怖に魅入られてしまうステージとは。
主人公のように、決して幸せではない人生を送っているというか、どこか退廃的な、怠惰というよりは色褪せた生活をしている人こそ夢中になってしまうのかもしれないなと思った。
次は自分があのシーンで選ばれるかもしれない、というギリギリの恐怖が生を実感させる。生きていたいと強く思うほど執着しているものがないからこそ、摩訶不思議な力によってあのショーの一部となるという幕引きに惹かれてしまう。
私はまだ人生に未練があるけれど、それでも不思議な雰囲気に呑まれそうになってしまった。もし、主人公のような生活をするようになったら……通ってしまうかもしれない。

怪獣の夢
26ページの中編。
『わたし』が幼い頃から見る不思議な夢の話。『わたし』が少年の頃は怪獣を見る側の視点で夢は進行していくが、成長するにつれて怪獣目線での話に変わっていく。
最初は恐怖していた怪獣も、自分が怪獣になってみると心地良さを感じ、映画で描かれる怪獣の行動に共感したりもする。弱者だった者が、弱者を顧みない強者へと成り上がっていくという、感情の変化がとても興味深かった。
ファンタジー色はあるもののホラーに移行してきたとはっきりわかる、鮮烈な描写に惚れ惚れした。少年の頃、怪獣を恐れる立場からの描写、怪獣になって、思いのまま世界を薙ぎ払う描写、そのどちらも勢いとリアリティがもの凄い。
グロい描写はないので、怪獣と成ってしまう主人公に思うところはあれど暴れるシーンは爽快感に包まれた。
こういうのも書けるのね……とまた新たな一面を知った物語だ。

劇的な幕切れ
36ページの中編。
冴えない人生を送ってきた男が、女と2人で心中しようとする話。
この話から劇的に雰囲気が変化し完全にファンタジー色は抜け、ミステリ書きが練った『死』の話だとひしひしと感じるようになった。
前半は、主人公が考える通り単調な日々こそがストレスに感じることもあるよなあ、としみじみ共感したものだが、中盤の場面の転換が鮮やかだった。
テンポは速まり、直前になって心中は中止だと言い出す女に対し男は激昂し、自分だけでも死ぬつもりで奪い取った青酸カリを見て世の中を混乱させるテロの計画を立てる。優しさだけが唯一の特徴とも自虐するような人物だったのに、と豹変した男に息を飲んだ。
しかし結局、心中が迫る中なんとなく妄想した内容というオチがついて場面はクールダウン。
なんだそうだったのか……と思ったらラストの裏切り。ちっとも休ませてくれない。場面の転換が見事すぎる。
もちろん初心者と言えどミステリを嗜む私だ、途中で予想していた通りの展開だったが、中盤の出来事によってなんだこういう展開じゃないのか……と1度除外していたから、しっかりやられた。
ミステリは読者と予想をあの手この手で掻い潜って、斬新な驚きを与えてくれるから楽しい。驚く瞬間とは、作者の手腕に惚れ直す瞬間と言ってもいい。

出口を探して
11ページの短編。
女が夢の中で迷路を彷徨う話。
最初、幼児の玩具に使われているような弾力のある壁と描写された時、もしかしたらこの壁が動いて圧殺しようと迫ってくるのでは、と思ったけれど、そんなことはなかった。淡々と迷路としての役割を果たすだけの壁。意図が読めず、正解がわからない、迷路とは無機質であればあるほど不安を煽るものだ。
結局迷路は夢だったと覚醒した後、女は夢で出会った男と現実でも出会い、気味が悪いと逃げ出す。しかしその後、あの男は逆に運命の人なのではないかと悔しがる。
夢で出てきたものが現実の世界でも存在している、という奇妙な体験は私もした事があるが、初めて見たはずなのに知っている、という状態は何ともいえない気持ちになる。意識してないだけで前に見た事があって、それが夢に出てきたのだろうと自分を納得させるけれど。
もし女が出会ったのが本当に運命の人ならば、彼女は華麗に迷路から救い出してくれるヒーローではなく、不安で不安でどうしようもないときに落ち着いた態度で励ましてくれる人を求めていたということか。夢の中での描写ではかっこいいと思わなかったけれど、人生のパートナーとして見ればたしかに良い相手かもしれない。

未来人F
36ページの中編。
明智小五郎と怪人二十面相の話。
怪人二十面相といえばもはや乱歩の手を離れいくつもの作品に登場する大怪盗だ。今回は何が起こるのだろうと序盤からわくわくが止まらなかった。
捕らえていた怪人二十面相が脱獄した数日後、怪人二十面相ではなく『未来人F』と名乗る人物が犯行を予告する。明智小五郎は海外に行ったばかりで、彼がいないまま怪人二十面相も新たな悪党も対処しなければならない……物語はそんな状況から始まる。
怪人二十面相の鮮やかな立ち振る舞いは見られなかったものの、叙述トリックが光るストーリーだった。
自分達が存在している時代と自分達の発言のズレから、自分達が物語の登場人物かもしれないと“メタい”発言をするシーンも面白い。
物語の鍵となる未来人Fについてや、最後の場面など、乱歩ではなく現代を生きる有栖川さんだからこそ書けた話だと思ったし、『継承する意味がある』という説得力があった。

盗まれた恋文
3ページの短編。
悪い癖がある探偵が国民的女優の恋文を取り戻す話。
私もこの探偵のように、取り戻した後その中身を覗いてしまうかもしれない。覗いたとしても悪用しようなんて考えることはないと思うけれど。
恋文ほど握られたくない弱味が他にあるだろうか。悪事の証拠よりよほど心が揺さぶられるし、誰にも知られたくない弱い部分だろう。
文字として残すことで第三者に知られる可能性が高まる。そう考えると、殺人がラブレターというのは意外と理にかなっているのかもしれない。(殺人の、ではなく恋心という面において)物的証拠はないが、それ以上に強く深い気持ちの表明。本気度は伝わる事だろう。
自己満足の行動で、結ばれたいなどと思っていないからこそできるのだとは思うけれど。
しかしやはり、破格の報酬ではまったく足りないと言わしめた女優の恋文の内容が気になる……。一体どれほどの事を綴っていたのだろう。

本と謎の日々
33ページの中編。
主人公の、ありふれた、だけど小さなドラマがある書店で働く日々の話。
梱包が破れてしまった本を『むしろありがたい』と言って受け取った男、2冊買ってしまったから1冊返品したいと言ってきた少女が『これからは気をつけてくださいね』と言い残した意味、2度消えたPOPの行方。3つの謎を瞬く間に解き明かしてしまう店長がかっこいい。
小さい謎でも丁寧に作られていることに感嘆しつつも、特に後半2つは書店を利用する客としてのマナーを考えさせられる内容だった。
日常の、ありふれた流れから逸脱しすぎない程度のミステリーが心地よく、キャラも親しみがあってとてもよかった。

謎のアナウンス
6ページの短編。
空港で飛行機を待っている間に、カフェで隣の席になった日本人の紳士から出された謎について考える話。
主人公は回答者の立場を、紳士は出題者の立場を楽しむ。この構図はまさにミステリを読む読者と書く作家の構図そのものではないかという気がして面白かった。
謎についても、わかりそうでわからないラインが絶妙。短編だから与えられる情報はそう多くないが、少ない情報から正解に辿りつく可能性は十分にあり、ぼんやり浮かんできたところですとんと落とされる。私は自力で謎を解き明かそうとする読み方をするタイプではないのでこのテンポの軽さが楽しかった。


2ページの短編。
これはもう読んでくれと言う他ない。内容について語れることは何もない。
紙だからこそより迫るものがあるというか、こんなのもアリかと驚愕する遊び心の作品。
何かのプロローグのようでもあり、たったこれだけで完成形でもある。
やっぱり本は、物語は凄いなと教えてくれる。こんなに簡単に心が揺さぶられるなんて。
有栖川有栖さん、私たちのことをわかりすぎている。

こうして誰もいなくなった
141ページの中編。
待ってました表題作。
アガサ・クリスティの『そして誰もいなくなった』のように、集められた島で起こる連続殺人事件の話。
私はアガサ・クリスティの話は未読なのだが、粗筋は知っている。本作ではそれをなぞるように10体の人形が出てきたりして、知っている興奮と未知への期待が両方味わえた。
犯人が絞り込まれていくということがなく、正体が掴めない、不気味な存在にぞくぞくした。探偵がいないクローズドサークルはこうなる。
しかしこれは有栖川有栖さんが独自に再解釈した話で、最後にアガサ・クリスティの原典とは違い探偵が登場する。全てが終わった後、間に合わなかった探偵が事件を推理してくれるのだ。ありがたい。やっぱり探偵がほしいよね、と安心を提供してもらった。
長編でしっかり各登場人物の心情を追ってみたい気もするが、これくらいがちょうどいい気もする。つまり素晴らしい塩梅ということだ。
アガサ・クリスティの物語を模倣している、と作中でも触れられるが、決して原典の真相をばらさないよう配慮してくれたのも助かる。まだ原典が未読だという人も安心して読んでほしい。


3,最後に

楽しかったーー!!!
色んなジャンル、テーマ、キャラクターが1冊の本になったこの作品はまさに宝箱。

ファンタジー作品はポップだったりほんのり不思議だったり、ワクワクしながら楽しめたし、ホラーやミステリ色の強い作品はごくりと息を飲みページを捲る手が止まらない、目がギンギンに冴え渡っていく、そんな勢いのある雰囲気だった。

有栖川有栖さんの遊び心や巧みな流れに唸り声が出てしまう。どんどん続きが気になったし、鮮やかに騙されたし、すとんと納得させられた。
有名な作家さんだから取っ付きにくいかも……と思っていた過去の私、安心してほしい。有名なのは作品が面白くて愛されるからだ。読みにくいわけがない。

幅が広い作品群を読んで、有栖川有栖さんの凄さは十分にわかった。様々な雰囲気を使いこなすその手腕に惚れた。
それに、パロディに強い。なんでも書けるのではないだろうか……。
私が好んでいるシリーズものを多く書いているようだし、他の作品もチェックしてみようと思う。
短編集はお見合いのようなものだ。有栖川有栖さんの魅力に気付いてしまった私はこれから財布が軽くなることが決定している。

と、そろそろ感想文を締めくくろう。
感想ターンが長くて申し訳なかった。
最後にもう一度有栖川有栖さん最高!!と叫んで。

それではみなさま、とある蛹でした〜(*´▽`*)ノ))

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