見出し画像

名盤と人 第14回 愛憎の果てに。  『Rumours』 フリートウッド・マック 

クリスティン・マクビーが11月30日逝去した。累計4,000万枚の売上となったFleetwood Macの『噂(Rumours)』の立役者だ。2つのカップルが崩壊し、愛憎の果てに完成したアルバムだが、全てが名曲と言えるハイクオリティな作品となった。今でも若いアーティストのフォロワーが絶えない彼らの躍進の裏側を探った。

記録的なビッグヒットアルバム『噂(Rumours)』

1977年に発売されたFleetwood Mac『噂(Rumours)』はビルボードにおいて31週も1位を維持し年間売上No.1となる。
2012年時点で累計4,000万枚の売上となるモンスターアルバム。(売上では史上8位。1位はスリラー)

累計4000万枚の驚異的売上

1977年と言えば「Hotel California」「Aja」など名作アルバムの当たり年だが、それらを抑えてグラミー賞の最優秀アルバム賞(1978年)を獲得。
その前年の1976年の売上げNo.1はPeter Frampton「 Frampton
 Comes Alive」
で、2位が Fleetwood Macの「Fleetwood Mac」。この年はアルバムのビッグヒットが量産される元年で、その後は「産業ロック」と言う名のロックの商業化が始まる。

1975年にリリースのFleetwood Macは「ファンタスティック・マック」と言う奇妙な邦題が付いていたが、1976年9月のチャートインから58週かけて1位になると言う珍記録を持つ。
当時は地味なバンドがあれよあれよと言う間に順位を上げ、自分もそれに釣られて輸入盤を購入した。が、ロックともポップスとも言えない曖昧な音には馴染めずに、聴かれることもないままホコリを被ってしまう。

因みにその前作1974年の『クリスタルの謎』 (Heroes Are Hard to Find) では初めて全米40入りを果たしたのだから、アメリカではヒットの予兆はあったのだろう。
が、直後にリードボーカル&ギターのBob Welchが脱退し存続の危機に。
窮地を救ったのが、その後に加入した「バッキンガム・ニックス」という名の当時は恋人同士のデュオのLindsey Buckingham(Guitar)Stevie Nicks
(Vocal)
だった。
2人が参加後のアルバム「Fleetwood Mac」で、1967年から苦節10年でチャート1位の栄光が訪れたわけである。

最悪の状況下で録音された「Rumours」

2人のテープを聴いたMick Fleetwoodは当初リンジーだけの加入を希望したが、リンジーの強い押しでスティーヴィーの参加も認められた。
だが、それだけ絆が深いと思われた2人も「Rumours」の制作の前に事実婚にピリオドを打つ。
さらに夫婦だったJohn McVie(Bass)とChristine McVie(Kee)も離婚し、2つのカップルが壊れた最悪の状況で制作に入ったのがこの「Rumours」である。
因みに「Rumours(噂)」と言うタイトルはJohnMcVieが「噂であって欲しい」と言う願望から考えたらしい。

仲良さげだが険悪な人間関係
サウンドの核を担ったのはLindsey Buckingham

Rumours」の曲は何度かリバイバルと言う形で世の中に再登場する。
それだけ、古くならない普遍性があるのだろう。

自分はリリース当時は単に売れたアルバムとしてしか興味が持てなかった。
なぜだか日本ではFleetwood Macの人気は無く、周囲に彼らのファンもいなかった。
スティーヴィーの色物感が偏見を生んでいたのか、正当な評価を得始めたのはここ数年のことかもしれない。

クリントンの応援歌として使用されたDon't Stop

Don't Stop (Christine McVie)
リリース後15年経過し、1992年のアメリカ大統領選挙でクリントン陣営の応援歌として使用されたのがDon't Stop。選挙に勝利したクリントン大統領は、解散していたフリートウッド・マックを再結成させ1993年の就任式典のために演奏してもらっている。

Don't stop thinking about tomorrow
Don't stop it'll soon be here
It'll be better than before
Yesterday's gone, yesterday's gone

立ち止まるな!明日のことを思おう
立ち止まるな!明日はすぐにやってくる
昨日よりもいい日になるはず
昨日はもう過ぎ去った、昨日なんてさよならさ

JohnMcVieと離婚したChristine McVieが「過去は忘れて未来を明るく生きようという」、元夫へのあてつけで作ったかとも思える曲だが、クリントンは「明日への賛歌」としてポジティブに使用している。
離婚したばかりの2人は録音期間中、事務的な会話以外は口を聞くこともなく、別れたもう一つのカップルもあり、重苦しい中で録音が続いた。

そんな中、クリスティンとリンジーは音楽的に認め合う仲だったようで、この曲でもボーカルを分け合い、リンジーは独特の指でピッキングする奏法でソロを見せている。
2人の信頼関係は続き、2017年4月にはクリスティンとリンジーはデュオ名義でアルバム『Lindsey Buckingham Christine McVie』を発表している。

写真にも微妙なメンバー間の空気が現れる

2020年、Dreamsのリバイバルヒット

Dreams(Stevie Nicks)

さらにリリースしてから43年後の2020年、Dreamsがリバイバルヒットしたのは記憶に新しい。
きっかけは、アメリカ・アイダホ州に住むTik Tokerのネイサン・アポダカの投稿。クランベリージュース片手にスケートボードで滑走しながら「Dreams」を口ずさむという“ゆるい”動画。
あっという間にTikTokとTwitter合わせて7千万回近くの再生数を達成。
その影響でDreamsの再生数、ダウンロード数も伸び、全米チャートの上位にランクインした。
さらにMick Fleetwoodも呼応して、自身の動画で同じシュチュエーションの動画を上げて話題となる。

険悪な別れた2組のカップルの間でバンドを調整したのがリーダーのMick Fleetwoodであったが、「Rumours」の録音期間中にミックとスティービーも恋人関係になり、さらに男女のゴタゴタは複雑化する。

危機の中でも全員で作曲したThe Chain

The Chain (Nicks, Buckingham, C. McVie, John McVie, Mick Fleetwood)

そんな解散寸前のまま録音を続けたバンドだが、The Chainでは全員で共作をしている。
この曲はそれぞれが作っていた曲やフレーズをつなぎ合わせたものらしい。
スティーヴィーがメインの歌詞を書き、リンジーとクリスティンが曲とサビの歌詞を書いた。
珍しくジョンがベースソロまで聴かせて、リンジーがエンディングにギターを加え、さらに「バッキンガム・ニックス」時代の詩まで加えて、The 
Chain
は誕生する。
このKeep me thereは原曲のようだ

You would never break the chain (Never break the chain)
あなたは鎖を断ち切ることなんて出来ない(鎖は断ち切れない)

歌詞でも「恋愛関係が終わり、人間関係が崩れてもChain(鎖)が繋ぎ止めている」と歌い、崩壊寸前のバンドは鎖でギリギリ繋がれ踏み止まる。

最近では若いアーティストにも、Fleetwood Macは大きな影響を与えていて、2012年にはインディ・ロックのアーティストによるトリビュート・アルバム『Just Tell Me That You Want Me』がリリースされた。リッキー・リーやテイム・インパラ、セイント・ヴィンセント、ザ・キルズ、ハイムなどが参加。

Hary Stylesも最近The Chainをカバーしている。

誰もいないライブ会場で録音されたSongbird

Songbird (C. McVie)
クリスティンの作ったSongbirdはスタジオではなく、誰もいない会場でライブ録音されている。
(カリフォルニア大学バークレー校ゼルバック・ホールで録音)
舞台袖で見ていたミックとジョンは曲の美しさに泣いたそうである。

33歳という若さで1996年この世を去った伝説のボーカリスト、Eva 
Cassidy
(エヴァキャシディ)もSongbirdをカバー。
逝去して4年後、アルバム「Songbird」がBBCラジオで紹介され大反響を呼び、アルバムチャートの1位に輝く。

名曲の多いクリスティンの中でも代表曲である。
自分は3人の中で誰が好みかと言うとChristine McVieになる。
鼻にかかった中性的で特徴的な声とミステリアスなルックス。
昔は妖麗過ぎて受け付けなかったが、年を重ねると好みは変わるものだ。

Christine McVieは1968年にマックのライバル的なブルースバンドChicken 
Shack
に参加。

1970年夫ジョンのいるFleetwood Macに参加する。
年下のStevie Nicksとの関係は良好だったようで、最終面接で採用を決めたのもクリスティンで、「噂」の録音時はLAで2人は共同生活を送っている。
(この後の12月に流れてきたクリスティンの訃報に対して、スティーヴィーは自筆の追悼メッセージを投稿した。享年79歳)

離婚後はビーチボーイズのDennis Wilsonとのロマンスも有名だが、Hold 
me
はデニスに捧げられた曲。
だがその翌年デニスは事故で溺死、彼女をひどく悲しませた。

自分の好きなChristine McVieのベスト3にはBob Welch時代のものが2曲含まれる。彼女は「噂」が売れる前から素晴らしかったのだ。

そしてトップはRumoursYou make loving fun。
クリスティンの弾くクラビネット (clavinet)が印象的。
ここでもリンジーの指弾きソロが素晴らしく、包み込むようなコーラス、安定したリズムセクションの演奏も完璧だ。

外された名曲"Silver Spring"

Silver Spring( Nicks)
そして、残念ながら漏れてアルバムに入らなかった曲もある。
"Silver Spring"はアルバム「噂」に入る予定だったところが外され、その代わりに同じくスティーヴィーの作品になる"I Don't Want To Know"が収録され、Silver Spring"Go Your Own Way"のB面に回る
決定をミックから伝えられたスティーヴィーは動揺し、反抗の証として"I Don't Want To Know" をライヴでは歌わないことに決めた。

Silver Springは「Rumours」の2004年のリイシュー盤には収録(Songbirdの後、The Chainの前)された。

これだけの名曲がB面に埋もれたまま数年が経過している。
それだけ「Rumours」は捨て曲なしで、濃厚で完全な作品である証である。

Lindsey Buckinghamの貢献と悲しい結末

Go Your Own Way (Buckingham)
このアルバムの最大の功労者は自曲だけでなく、トータルなアレンジにアイデアを提供し活躍したLindsey Buckinghamだろう。

最初のシングルに選ばれた"Go Your Own Way"も彼の曲だが、抜群のアレンジセンスを見せる。
当初はエレクトリックギターのみだったが、その後オーバーダブされた生ギターの包容感が曲に全く新しいイメージを付け加えている。
さらにRolling Stones の「Street Fighting Man」のドラムに触発され、思い描いたドラムパートを手真似でミックに実演した。
タム使いの名手ミックでもリンジーと同じことができるか不安だったが、最終的に「Street Fighting Man」のグルーヴの独自のドラムを考え出した。
後半の圧倒的なリンジーのギター・ソロは、6つの異なるギターソロをオーバーダビングすることによって作られたという。

そのLindsey Buckinghamも2018年にFleetwood Macを解雇されると言う残念なニュースが入って来た。
クリスティンからは『親愛なるリンジーへ。今回の件について、私は一切関与していないということを知っておいてほしい。あなたのことを恋しく思っていることを覚えておいて』と言うメールを受け取ったとリンジーは明かしている。

結局最近になり和解したらしいが、リンジーにとってはFleetwood Macは悲しい結末となった。

2022年の今年The Killersの8月27日、ロサンゼルスでの公演にリンジーがゲストとして登場しGo Your Own Wayを元気に演奏したと言う嬉しいニュースもあった。

日本では想像できないが、Fleetwood Macと「Rumours」はアメリカでの根強い人気は相変わらずで、さらに新しいフォロワーをZ世代にも獲得しているようである。

最後になるが改めてアナログでこの作品を聴き直すと、バンド名の由来になったフリートウッドマクヴィー(マック)の2人のリズムセクションの演奏の凄さに気づく。
Dreamsでのドラムとベースの地味で渋い演奏が、どれだけ曲のクオリティを高めたか。
デビュー以来バンドを支えた2人にも敬意を払わざる得ない。

バンドの歴史は50年以上になる

Side one
1.Second Hand News(Buckingham)
2.Dreams( Nicks) 
3.Never Going Back Again(Buckingham)  
4.Don't Stop(C.McVie)
5.Go Your Own Way(Buckingham )
6.Songbird(C. McVie )
Side two
1.The Chain (Buckingham,Mick Fleetwood,C. McVie,John McVie,Nicks)
2.You Make Loving Fun (C. McVie) 
3.I Don't Want to Know (Nicks ) 
4.Oh Daddy(C. McVie )
5.Gold Dust Woman (Nicks )


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?