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「浪漫と刹那とパワーボール」NSNO Vol.18 / 22-23 エバートン ファンマガジン


NSNO Vol.18
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◇「はじけて まざれっ!!!!」


このフレーズは、かの有名な少年漫画「ドラゴンボール」に登場する主要キャラ、サイヤ人の王子ベジータの台詞だ。カカロットこと、界王拳を習得した孫悟空との初対戦で追い詰められたベジータ。戦闘力を大幅に上げるため、大猿に変身する前に放った技である。

その名も"パワーボール"。
ベジータの技の中では比較的マイナーな部類であるのは、台詞の方が有名すぎる所以かもしれない。初期の必殺技、「ギャリック砲」がカカロットに通用しなかったベジータにとって、想像を超えてきた相手の強さに奥の手を使うしか方法がなかった瀬戸際の決心が伝わってくる。

弾けて、混ざる。
エネルギーを集め、解放し、周囲の環境を混ぜ合わせて強力な個体を作り上げる。その影響力は生まれ持った才能を開花させる必殺技だ。



◇厳しい冬の始まり


さて、孫悟空に追い詰められたベジータのように、既に危機を感じている私たちのフットボールについても話そう。

W杯期間中、私にとっての6週間は休養の期間として役立った。大会を観戦したのは数える程度、日頃の寝不足習慣の改善、趣味や家族との時間に当てることができた。

そんな中、ふと読み返した「ドラゴンボール」で懐かしさを覚えた「パワーボール」は、ピンチになったベジータの底力、No.2としてあり続けた第2の主人公の強さを改めて感じたのである。

そして、エバートンが戻ってきた。
4年ごとのサイクルで訪れるW杯期間。
異例の冬開催は私にとって休息の期間だった訳だが、エバートンはどうだったか。

W杯に招集・出場した選手がいる一方で、オーストラリア・シドニーへ遠征した残された選手たち。練習やオフの合間を縫って慈善活動に勤しむ選手もいた。スポンサー企画の動画配信やクリスマスイベントに参加する彼らの姿は微笑ましかった。


ところがプレミアリーグが再開するにあたり、今季の振り返りや過去の記事、プレビューなどで情報収集をするうちにチームの深刻な症状が記憶として蘇ってきた。都合の悪い出来事や状況は自分の頭から自然と排除されているのだと実感した。

現実と向き合う覚悟だ。


12月下旬はボクシング・デイ。
ホーム、グディソンパークで迎え撃ったのは最下位に位置したウルヴァーハンプトン。冬の間に智将フレン・ロペテギが就任。プレミアリーグのデビューを果たす曲者指揮官を相手にすることとなった。

ご周知の通り、結果は敗戦。

最下位だったウルヴズとのシックス・ポインター・ゲームで敗戦を喫したとき、「いつからだろう」と記憶を探す自分に気づいた。「あのときだったか?」

それは「弱さ」と向き合い始めた時だ。
いつから弱者でいることに馴染んだのか。

ここでの「弱者」はエバートンについて尋ねられた際、「強くはないけど…弱くもないよ」といじっぱりに答えることができた「弱者」とは異なる。ベジータのように「オレはスーパーベジータだ!!」と自信過剰に豪語することはないものの、過去の良かった時期を思い出すときはこれまでもあった。それはノスタルジーを抱えたオッサンのカタルシスでしかないが、弱いことを当然として応援するなんて「いつからだ?」と考えてしまった。

と、プレミアリーグ再開後に意気消沈したブログなど誰も読みたくないと思うので、少しでも先のことを考えていきたいと思う。息つく間もなく、新年には無慈悲なマンチェスター・シティとの対決を控えている。我々は前を向くべきなのだ。


◇ランパード・ボール


パワーボールと聞いて、''ランパード・ボール''というフレーズを連想した方がもしかしたらいらっしゃるかもしれない。

10月、クリスタルパレス戦でのゴールシーン。
現地では「Lampard Ball.」と称賛され、チーム浮上のきっかけとなる試合として、思わず期待が高まったゲームだった。

ところが、このゲームを最後にエバートンは勝利から遠ざかっている。

ランパードに浪漫を感じた瞬間的な風速は大きかったものの、尻すぼみなムードへと一変してしまった。

選手たちは現在でも、口々にクリスタルパレス戦のことを挙げている。そして、「ぼくたちに必要なのは一貫性なんだ」と厳しい現状を理解し、真面目な言葉が発せられては、フワフワと風船のように飛んでいってしまう。簡単にはじけて割れてしまう風船は、膨らんだ頃の誇らしい張りとは裏腹に、刹那的にすぼんでいくベジータの強がりに似ている気がした。

「限られたサイヤ人にだけ人工的に1700万ゼノを超える小さな満月を作り出すことが出来るのだ!!!星の酸素とこのパワーボールをまぜあわせることでなっ!!!」
ジャンプコミックス/鳥山明「ドラゴンボール」20巻

"パワーボール"は言わば人工的に作り出した月。尻尾の生えたサイヤ人は、月を見ることで大猿に変身し、爆発的な戦闘力を手に入れることができる。

その限られたサイヤ人であるベジータが大猿に変身すると、変身前に比べ戦闘力が10倍にも膨れ上がるのだ。

しかし、ドラゴンボールを読んだ方ならご存知の通り、ベジータはこのあと孫悟空に敗れてしまう(孫悟飯やクリリン、ヤジロベーの助けもあり)。

まさに浪漫と刹那。
強気な姿勢と、力を増幅できる術はいつまでも続かない。

では、このパワーを持続させるには何が必要なのか。相手に打ち勝つにはどうしたらいいのか。

今、エバートンというクラブはこの十数年で最も難しい時期を過ごしていると思う。2021〜2022年は本当に色々なことが起きた。

カルロ・アンチェロッティ電撃退任に始まり、ラファエル・ベニテス就任、ハメス・ロドリゲスの退団、闇に消えたギルフィ・シグルズソン、泥沼の連敗と絶えない怪我人、DoF/マルセル・ブランズ退任、古参メディカルスタッフの解雇、リクルート部門の瓦解…
チャンスクリエイトの核リュカ・ディニュがベニテスとの不和をきっかけに移籍、積み重なる散財による皺寄せとFFP抵触の恐れ、主要スポンサーの資産凍結と契約停止、一向に進まない新スタジアムの資金調達、真の意味で説明責任を果たさないオーナーや役員たち…そして残留争い。

チームを残留に導いた立役者、リシャーリソンが資金難を和らげる置き土産を残し、新しいシーズンを迎えたエバートン。

打ち勝つための即効薬は存在しない。
(仙豆みたいなアイテムがあればいいのにね)

それでも、就任から300日以上が経過した新DoF/ケビン・セルウェルが時代遅れのクラブに大胆なメスを施した。

浪漫を刹那で終わらせないための改革だ。

かのベジータも、幾度となくプライドをへし折られ、挫折を経験したが、スーパーサイヤ人になるため、強敵を打ち破るため、孫悟空を倒すため、あらゆる修行を積み続けた。時空の異なる部屋に何年も入るし、パワーアップのためには悪魔にも心を売る(売っちゃダメ)。新たな挑戦と要素を注ぎ込み続けたのだ。その度に負け続けたけど。

セルウェルが悪魔に心を売っていることは決してないと思うが、自身の経験と人脈、綿密なプランを最大限に発揮しようとしている。

彼の働きと努力を知って、浪漫の中に確固とした信念を感じる。達成するためにはどうしたらいのか、どのような道を歩むべきなのか。

だが、同時に思うことがある。
私は決して「ナンバーワン」を求めていないということだ。それはクラブの目標としても同じことだろう。

チームの戦闘力を高めるには、"パワーボール"のような一時的な麻薬に頼ってはいけない。それがたとえ10倍の効力を持とうとも、必要なのは10倍になる前の戦闘力を向上させることなのだ。

''ランパード・ボール''も一時的なものに終わってしまった。ここまでの内容と結果からすれば、再現性の薄いものとして捉えるほかないと考えている。

それでも、ポテンシャルがないわけではない。
小さな変化、昨季より向上している部分は少なからずある。見ているファンも選手も、そしてランパードも気づいている。

クラブは失ったリシャーリソンの穴埋めや、継続的な目処が立たないカルヴァート・ルウィンの代役を探すため、前線の選手獲得に躍起だが、実力者を手に入れるだけでは解決に至らないと私は感じている。夏に加入した新戦力をどう生かすか、既存の選手たちを如何にして伸ばすか。


◇キャノン・ボール

もちろん、一時的にでも現在のポジションから抜け出すために深刻な得点力を補填する試みは必要だ。

冬の市場で期待することは誰しも感じるものだろうし、変化を加えることはチームに新たな風を送り込み、刺激を与え、空気を変え得る選択肢だろう。

そこで、多くのファンがもうひとつの選択肢を期待していることは間違いない。

アカデミーの新獅子、トム・キャノンに触れておきたい。

昨季以前も、有望な若手の台頭は少なからずあった。ユースレベルでは得点を量産したエリス・シムズ(ローン/サンダランド)、諸外国からも注目の的となった気鋭のWGルイス・ドビン(ローン/ダービー・カウンティ)。


彼らがU21から卒業した今季、いやその前から着々と成長を遂げてきたのが新たなストライカー、キャノンの存在だ。

''キャノン・ボール''とは文字通り''大砲の弾''を表す言葉だが、キャノンはその名前に恥じない思い切りの良さが売りのひとつである。

シニアチームを相手に健闘したエバートンU21。U18の監督から昇格したポール・テイトが新たなエッセンスを注入している。

キャノンは今季新たな3年契約を締結し、下部リーグからも熱視線を受けている。
そして、彼以外にもアイザック・プライス、スタンリー・ミルズ、リース・ウェルチといったアカデミー産の有望株。シムズやドビンと同じくローン出向中のルイス・ウォリントンなど、プレシーズンやカップ戦でアピールした選手たちも続いている。

大砲に弾をこめるか否か、ランパードにその余裕があるかどうか、今後注目が集まるポイントだ。敗戦したウルブズ戦で、一度選手交代に備えキャノンを呼び寄せたランパードは、何を躊躇したのか交代を遅らせた。私はあの数分の迷いを見たくない。守り切るか、勝ち点3を取りに行くのか、ファンのブーイング故か、曖昧な先に敗戦があった。


◇ドラゴンボール


優秀なコーチ陣のバックアップを受け、上司と良好な関係を築き、クラブとファンを一時的に繋ぎ止めたランパードはその資質を垣間見せている。だが、いつまでもその影響力だけに頼っていると本来伸ばすべき戦闘力は一向に上がらない。

セルウェルが足場を固め、挑戦と革新を続ける中で皮肉にも最も重要な選択に迫られていることも事実である。

それは、監督の選択だ。

忘れていけないこととして、ランパードはセルウェルが選んだ監督ではないということ。
選んだのはファンの声であり、それを汲み取った上層部たちである。

セルウェルとランパードの関係は良好とされ、互いのオフィスは近く、リクルートリーダーが不在だったこともあり、夏の移籍市場では2人の意思を尊重し合って決断されたものだ。

しかし、結果が伴わない今、ランパードのタイムリミットが迫っているかもしれない。
セルウェルの描く青写真には、理想とする監督像が必ずある。それは時間をかけてでも、達成すべき目標だろう。

私たちファンもまた、多少の我慢と向き合いながらもランパードを応援したいと思う人は多いはず。

それでも、また降格の2文字がチラつき始め、底なし沼に片足を入れた時、苦渋の決断を下さなければいけない状況は十分に起こり得る。

26の新たな人事を構築し、12の新たな役目を施行したセルウェルの改革は、新年にリクルートマネージメントのリーダーらを加えることで完成形に近づこうとしている。

それはドラゴンボールを集める、孫悟空たちの姿に投影できる。7つの玉を集め、神龍を呼び、なんでも願いを叶えてくれるドラゴンボール。

今、エバートンというクラブは願いを叶えるための要素を5つか6つ集めたところかもしれない。

だが、肝心の7つ目が揃わない。揃わなければ、意味を成さない。
それがランパードなのか、はたまた別の人材なのか、我々はまだ物語の途中で迷っている。

もしも、最後のピースがランパードならそれでいい。もしも、別の人間であっても7つ揃った時に真っ当な願い事を叶えてほしい。


ベジータには数々の努力と挫折の後、魔人ブウとの最終決戦で孫悟空に語った名言がある。

「がんばれカカロット…
おまえがナンバーワンだ!!」

今でこそ、実力差の開いたライバルクラブ、リヴァプールに対してもそう言ってやりたいのだ。しのぎを削りあい、高め合い、倒したいと思う。その先で負けてしまってもいい、胸を張って「強くはないけど、弱くはないよ」と意地を張りたいのだ。

ベジータの賢さは、孫悟空との初対戦でパワーボールを披露して以降、2度とその技を使わなかったことにある。

浪漫と刹那とパワーボール。
エバートンは、そのどれからも卒業する必要がある。浪漫だけでは登れない、刹那的なスタイルは求めない、一時的なパワーは必要ない。


今、''弱者''としての「強さ」を私は欲している。



2022年12月 
月刊NSNO Vol.18

「浪漫と刹那とパワーボール」


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