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「型と海と沖縄、ときどき猫、アンパンマン」

先月、ワークショップ開催のために沖縄に滞在してきた
緊急事態宣言が発令され、沖縄県内の感染者数も増え続ける中で、感染対策を行いながらのワークショップになった
(この期間はほとんどホテルと劇場の往復のみで、写真は2021年5月に別件で沖縄滞在した時のもの)
ぼくは役者なので、ワークショップの内容は、演技のための、身体を操作するようなことがメインになる

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タイトルは、<「スズキトレーニングメソッド」を考える演劇キャンプ2021>、とあるように、スズキトレーニングメソッド(以下、スズキメソッド)を中心としたワークショップになっている

スズキメソッドは、富山県利賀村で活動している劇団・SCOTの演出家・鈴木忠志が考案し実践している身体訓練で、日本古来からある能や歌舞伎、世界各地の芸能などの身体所作から抽出した身体運用を、鈴木さん自身の作品作りのために独自の論法でメソッド化したものになっている
日本よりも海外で教えられる事が多く、その俳優訓練の普遍性から、モスクワ芸術座、ジュリアード音楽院(ニューヨーク)、中国国立中央戯曲学院(中国)など、世界各地で学ばれている

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ぼくが初めてスズキメソッドに触れたのは、およそ20年前で、当時、演劇塾と呼ばれていた企画で2週間ほど利賀村に滞在し、日本各地から集まった俳優たちと一緒に学ばせてもらった
その後、所属している第七劇場で数年ほど同訓練を積んだけれど、今ではもう劇団としてはスズキメソッドはやっていない

ワークショップの内容は、そのスズキメソッドを軸に、ぼくが今まで培ってきたことを織り交ぜながら、主に俳優の身体操法について展開している
流れとしては、最初に車座になってもらって、一人ずつ、楽しかったことムカついたことなど、短いエピソードをしゃべってもらう
そして、スズキメソッドをひと通り行い、その後、全員で太極拳から引用したスワイショウをやり、さいごに立禅で終わる

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太極拳も立禅も、がっつりと修得できているわけではなく、舞台に関わる人間としてかじらせてもらっている程度で、ぼくなりの解釈と表現を交えて、ワークショップに転用させてもらっている
そして、スズキメソッドも同じように、自分が学んだことをそのまま伝えるということはしないようにしている

そもそもスズキメソッドは、
鈴木さんの演出によって、テキストレジされた古典の言葉を、大自然に囲まれた野外舞台や、建物そのものが重厚な存在感を放つ劇場などの、非日常的な空間に拮抗するような俳優の肉体と発語を成立させる上で編み出された訓練なので、それと同じ強度の訓練と結果をワークショップ参加者に求めても意義がないし、各地域によって異なる環境や、それぞれに根ざした集団による変化と影響を鑑みることのない型稽古は、一方的な演劇観の押しつけであり、それがまかり通ったところで、地元に定着することもなく形骸化するだけだろうと思う

SCOTのメソッドは今も常に進化しているだろうから、ぼくが知っているものとはもう別ものと言ってもいいかもしれない
もともと鈴木さんの芝居をやるためのメソッドなのだから、解釈も目的も少しずつズレて当たり前、別物としてやらせていただきますということにしている
もし、本場のものを体験したければ、スズキ・トレーニング・メソッド日本語コースというかたちで、今も毎年利賀村で催されているので、そちらへの参加をお勧めしている

世界に通じる俳優を育てるためのメソッドとうたっているように、SCOTの俳優のためだけでなく、身体訓練、集団形成、評価の判断基準の手段として非常に洗練されたメソッドであり、やるたびに演者としても指導側としても得るものが多く、自分自身の演技を顧みても、スズキメソッドからの影響と恩恵は計りしれず、今でも舞台に立つ手がかりとして大いに頼らせてもらっている
とくに、目に見えないものをどう感じるかとか、動物的エネルギーについての思索はとてもおもしろいので、詳しくは鈴木さんの著書を読んでいただきたい

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沖縄でのワークショップを通して一貫したかったことは、参加者がある一定の共通言語を持つに至ることと、演技を批評するということを俳優自身が考えることにある
(短期間のワークなので、長期的な蓄積や変化はひとまず考慮していない)

スズキトレーニングメソッドも、太極拳も、立禅も、どれも型があり、
型に沿って動くことで、身体には一連の型枠があてがわれることになる
慣れないうちは、姿勢は崩れ、動作はぎこちなく、呼吸は乱れるけど、繰り返し、繰り返し型に寄りそうことで、全身が型にハマってくる
型稽古はこの型に身体がハマって、型通りに動けるようになってからがおもしろい
その時、身体はひとつの装置のようなものになる
装置なので、一連の動きはほぼ全自動で行われる
機械でもないのに、全自動という言い方はおかしいのだけど、ほかに言い方を思いつかない
正確には、全自動で動いているように見える・思われる、ということになるだろうか

ここで型稽古の概念についてくわしく講釈をたれるほど、自分は型についてどっぷりと浸かっていないし、型の深淵をのぞいたわけでもないのだが、
ぼくとしては、
その自動で動いてしまう身体が、自分以外のまわりの世界と接触したとき、他者や事物と関わるときに、それによって自分の肉体や思考に起こった反応が、まわりにどう作用し、影響していくのかを、その都度、具体的に観察できる時間が連続的に生まれること、
これが型稽古のおもしろみのひとつだと思っている

型を用いることのない行き当たりばったりな訓練も、カオスを味わうという点では、思いつきの遊びに似ておもしろいけれど、どんなに無知蒙昧なカオスもいつかは頭打ちになり、飽きるので、ある程度、定められた型通りの事をするということは、勉強においても遊びにおいても、世間一般に通じるものがあると思われる
それでも型は型で、いつかは飽きるので、信頼しすぎるのもどうかと思うが

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型稽古によって導かれる世界があるとすれば、同時に、型稽古には限界もある
正しくは、型にとらわれることで起こる限界、と言えばいいのだろうか
これは誰でも、いつでも起こりうることだと思われるが、型を繰り返すことに夢中になるほど、独りよがりの世界に没入してしまうことがある
自分としか向き合わず、自身の編み出す速さや強さに納得するだけに留まり、外界との関係が何も生まれなければ、その稽古はただの自己満足の筋トレになるだろう

今ある体を鍛えるのでなく、今、当たり前だと思っている体に対する認識を変えて、別次元の当たり前の体をつくっていく、
ということを型稽古の理想のひとつとするなら、肉体だけではなく、そもそもの思考回路も刷新されないと、結局は何も変わらないことになる
それを一人で自家発電的にやるのは、ちょっと厳しい
そういう時、他者の存在はいろいろと変化へのとっかかりになってくれることがある
自己満足の筋トレがわるいとは思わないし、そういう時間もあっていいと思うけれど、俳優である限りは、自分ではない何かしらと関係をとるということは、ただ筋トレをするにしても、いつも念頭においておいたほうがいいのだろう

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とらわれる、という点で言えば、ある型を修めるということは、その型にはまらない者や、事象に対して、排他的、あるいは無頓着になる可能性ももたらすのではないだろうか
スズキメソッドのような身体性と呼吸法を習得していくことは、それ以外の表現を良しとせず、身についた型が、やがて殻に変わって、自分自身を閉じこめることにもなるかもしれない、ということもやはり念頭においておいたほうがいいのだろう
これは現代口語演劇のような、一見、型による表現とは遠いように思える芝居においても起こることだと思う

でも、そういった閉鎖性は時として、その集団や個人の表現におけるエネルギーの密度を高めるものでもあることは考慮しておきたい

こういったことは人間が人間を克明に描こうとする限り、そして、その方法を洗練させていこうとする限りは、ついてまわることだろうから、考えるにこしたことはない

型という言葉を、システムや習慣などの言葉に置き換えてみれば、型通りであるとか、型破りだということが、良くも悪くも日本人の特性に根づいているものであることが見えてくる
混迷の世の中(歴史をふりかえると混迷でない世は一度もないのだけど)を鑑みれば、人がどんな型をもっているかの選別に注力するよりも、どう型と向き合っているのかを批評することに努める方が、社会性を保つ演劇人としては健全だ

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共通言語をもつこと、批評性のある演技を考えること
今回のワークショップで参加者と共有しておきたかったことは、ある程度明るみになったところはあるけれど、ここに書ききれないことがまだまだたくさんあるだろうし、書きながら思いついたことも多々ある
いかんせん、ぼくは適当な人間なので、思慮や配慮の足りていないことがあるのは否めない
しかしながら、誤解、曲解、盲信、妄想、間違ったことを自分は行ってないだろうかと、不安に苛まれるのは仕方ないとしても、現段階ではこうなのだとはっきり立場を示しておかないと、後々の修正や補正、もしくは、ころっと転換するときの判断材料にもなりゃしないのだ

次回の沖縄ワークショップは、11月に催される
自分の目と手の届く限りは、歓喜と落胆の、せめて半々くらいで葛藤しながら、先人たちから受け取ったバトンを、自分も存分に味わいつつ、次の世代の人たちに渡していくことに、これからも努めていきたい

小菅 紘史

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小菅紘史の記事はこちらから。
https://note.com/beyond_it_all/m/m1775a83400f9


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