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良い気分・悪い気分と指導

スポーツ指導をする上において、選手や現場の環境をよく観察することもコーチにとって非常に重要な“やるべき事”です。観察する中でいろいろなことに気付き、気付いたことに対してアクションを起こす(指導する)ことになります。

こうした指導の現場におけるコーチの“気付き”について考える上で、参考になるものに“気分一致効果”(Bower, 1981)という人の心理現象があります。

「気分」と聞くと、「今日監督の機嫌悪いらしいよ・・・。」といった会話をしたり聞いたりした読者の方もおられるのではないでしょうか。機嫌が悪いと聞いた日はより一層ミスしないように・・・とビクビクしながら練習した思い出がある方も多いかもしれません。

気分一致効果とは、感情が認知(知覚した対象に対する判断や解釈)に影響を及ぼすものの一つであり、“その時点での感情に一致した情報を記憶したり判断することが促される”現象のことをいいます。その時点において気分がいい時は気分が悪い時と比べてポジティブな内容がよく記憶されていたり、ポジティブな事を思い出したりし、気分が悪い時はその逆となるといわれています(Bower,1981)。また対人評価や印象にも影響するとされ、気分が良好な時の対人評価は気分が悪い時よりも肯定的な評価になりやすいと報告するものもあります(Forgas et al.,1984)。

スポーツ指導に置き換えるならば、コーチは“気分が良い時には選手の望ましい部分”によく気付きやすく、“気分が良くない時には選手の望ましくない部分”によく気付きやすくなる傾向にあると考える事ができます。つまり自身の気分によって指導現場の“見え方”が多少なりと影響を受けているわけです。

そのため、「機嫌が悪い〜」という日のコーチは”選手の望ましくない部分”を見つけ、それによって機嫌が悪くなり、”さらに選手の望ましくない部分が余計目に付く状態になっていた!?”のかもしれません・・・。

ここで考えておきたいポイントは3つあるかと思います。
まず1点目は、不機嫌な状態で指導の場に立つと、選手の望ましい部分や長所といった部分に気づきにくくなる可能性があること。常にネガティブな部分ばかり気に留めていれば、その選手に対して否定的な印象が強化され続け、本来気付けていたであろう長所や個性をコーチが見失う可能性が生まれます。また、否定的な印象が強化され続ければ、高圧的な指導や否定的な言動をとってしまうかもしれません。

2点目は、気分一致効果の記憶に及ぼす影響です。
気分が良い時に得た記憶の再生(思い出す)は相手の望ましい部分がより多くなる傾向にあり、気分が良くない時の記憶の再生は相手の望ましくない部分がより多くなるとされています。
気分が良くない状態で指導現場に立ち続けると、選手に対して否定的な印象を持った状態で固定化され、その後もずっとその印象が覆らなくなる可能性があります。人は誰でも個性があり、それぞれに“いいところ”がありますが、コーチは見つけるどころか「あいつはダメなヤツだ!」と決めつけてしまい、ずっと望ましくない部分を責めるようになってしまうかもしれません。一度固定化された印象を覆すのは簡単ではありませんので、偏った見方をしたままの状態で選手を指導し続けることになりかねません。
気分一致効果はその場その場だけでなく、長期的な面でも指導に影響してくるものと考えて良いと思います。

3点目は、気付く部分に偏りが出ないようにしなくてはならないことです。
相手の「望ましい部分」ばかり気づくだけでは効果的な指導は行えません。「望ましい部分」も十分に把握し、「望ましくない部分」もきちんと把握する必要があります。指導においてできる限りの盲点を無くす努力は必要です。

この3点のポイントを踏まえ、指導の場に立つコーチは「自身の気分の状態を意識的に気づいておく」必要があります。人は誰しも何かしら影響を受けて気分が変化しています。コーチ自身も、「結果を出さなければならない」「良い指導を行いたい」などといった様々なプレッシャーや、私生活やその他の仕事のストレスを少なからず受けており、日々の気分は一定ではないはずです。決して常に気分が良い状態でいなければいけないというわけではなく、まずは、自分自身の気分の状態を意識的に把握するように努めることで、「今日は気分が良くないから、いつもより否定的に見ているかもしれない」と気づけるように務めると良いと思います。これに気づいていることで、少しでも視野は広がるかもしれません。

そして、出来る限り気分を一定にするよう努めるのも大事かもしれません。
気分を一定に保ち、できる限り良い気分でいられるようにするには、人それぞれいろいろな方法があるだろうと思います。選手と同様、指導に入る前のルーティンがあっても良いでしょう。ただし中長期的に持続させるには、やはり自身の指導に対する「考え方」も一度見つめ直しておくことが重要になってきます。
自分自身がどのような場面や内容に対して、“どのように考えがちか”といった考え方の傾向を知っておくだけでもいいかもしれません。

今回は“気分一致効果”についてまとめてみました。
効果的な指導を行う上で、自身の心理状態も少なからず把握する必要があると考える事ができる話題だと思います。より良い指導を行うために、自分自身の状態を整える習慣づくりも指導者にとっては大切なのかもしれません。

まとめ

○「気分一致効果」とはその時点での自分の感情に一致した情報を無意識に集めようとする、感情が認知に及ぼす影響のこと。

○コーチは自分自身の気分に意識的に気づくことで、気分による認知の影響に左右されないようにする。

引用参考文献


・Bower, G. H.(1981). Mood and memory. American Psychologist, 36, 129-148.

・Forgas, J. P., Bower, G. H., & Krantz, S. E. (1984). The influence of mood on perceptions of social interactions. Journal of Experimental Social Psychology, 20, 497-513.

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