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映画みたいな人生〜木村幸治「吉田善哉 倖せなる巨人」を読んだ。

現代日本競馬の中心的存在、ノーザンファーム、社台ファーム等を擁する社台グループ総帥・吉田善哉氏の妻である和子さんが2022年1月19日に逝去されました。100歳になったばかりだったそうです。二冠牝馬ベガや、初代秋華賞馬ファビラスラフインの馬主でもありました。
以前書いたこちらの記事。
善哉氏の一生を書いた本についての感想記事ですが、善哉氏を支えた和子さんとの馴れ初めも本に書かれていました。第二次対戦後で物資が乏しい時代に、善哉氏が父を通じて懇意にしていた和子さんの実家(長森家)に、米や味噌、海産物を届けたことが最初の出会いとなったそうです。

2022年1月21日・記


強烈な人生

2001年発行と新しくはない本ですが、とにかく面白くて一気に読んでしまいました。

内容は本の帯にある通り。社台グループ総帥・吉田善哉氏(1921年生〜93年没)が夢の実現に向け挑戦し続けた強烈な人生をノンフィクション作家の木村幸治氏が丹念な取材を元にまとめたもの。

吉田巨人
2001年発行


10歳で第1回ダービーを観戦、65歳で第53回ダービーに勝利

ドラマチックな人生です。善哉少年は10歳で昭和7年(1932年)の第一回東京優駿大競走を観戦し、将来の夢を自分で生産した馬でダービーを勝つことと定め、54年後の昭和61年(1986年)にダイナガリバーで勝利し、夢を叶えます。

(なお、第一回には父・善助の社臺牧場で生まれた善助所有の4頭が登録したものの、出走は叶わず。ただ、別の馬主に買われた生産馬・ヨシキタが出走にこぎつけ、善哉少年は観戦のために父に連れられ当時ダービーが行われた目黒競馬場を訪れたとのこと。しかし、ヨシキタは16着に敗戦)。


善哉氏の信念、社台グループの隆盛

夢を叶えるまでの歩みは本に詳しく書かれていますが、自分がもっとも感銘を受けたのは信念に殉じたその凄まじい生き様と、先見の明でしょうか。

競走馬の生産の世界では、「今」が良くても常に「未来」を描き、投資を続けていかなければならない。生産馬の質を向上させていくために、常に世界の潮流にキャッチアップし、新しい種を追い求め配合を考え、同時に育成の技術も絶え間なくレベルアップしていく必要があります。

本書では、善哉氏が目をつけた海外の種馬であるガーサントやノーザンテースト、そして今や日本のみならず世界の血統図を塗り替え続けているサンデーサイレンスの導入経緯が詳しく描かれており、社台グループの今の隆盛が、かつて善哉氏が描いた未来図と重なり合っていることを感じます。


「博労で金儲けしているから嬉しい。」

この本が読み応えがあるのは、善哉氏と一緒に仕事をしていた方が実際の善哉氏の言葉を語ってくれている点。例えば、善哉氏がどういう気概で仕事をしているのか、よくわかるシーンがあります。

それは、善哉氏直下の部下で社台の番頭役である菊池勇次郎氏が、日高地方に将来的に地価が高騰する可能性を秘めた土地があり、資金作りのために買っておいたらどうか、と善哉氏に提言するシーン。善哉氏はこう答える。

「おい、菊池。俺は馬をつくって、馬を売って、博労で金儲けしているから嬉しいんだ。勘違いするんじゃないぞ。馬に関係のない農地を転がして、大金を手に入れたってちっとも嬉しくはない。分かるか、菊池。お前、そこんとこを絶対、間違えるんじゃねえぞ。言っとくがな、俺にとっちゃ仕事が趣味で、趣味は仕事だ。だからこそ毎日が楽しいんだ。」

良い馬を作って、高く売る。売れた資金でもっと良い種を仕入れて、より良い馬を作る。そしてさらに高い値段で売る。・・シンプルにこれだけを考え、やるべきと決めたことだけに努力を集中したからこそ、成功したのかもしれません。


またまた社台、また社台

話は突然先月末に行われた第88回ダービーの事になりますが、17頭立てのうち12頭が善哉氏の次男である勝己氏が率いるノーザンファームの生産馬で、しかも優勝したシャフリヤール以下、掲示板の1〜5着までを同牧場の馬が独占したことが話題になりました。また、長男・照哉氏の社台ファーム生産馬も1頭いたので、実に17頭中13頭までが社台グループの生産馬という、恐るべき寡占状態です。

この状況では、「またまたノーザン、またノーザン。」という感じですが、もう少し長いスパンで捉え、「またまた社台、また社台。」と表現した方が、ここ数十年の日本競馬の傾向を表現できているかもしれません。(この、またまた◯◯、また◯◯は、1996年の桜花賞の名実況から拝借。)

今度ちゃんと調べてみようと思いますが、近年のダービーでは出走馬の半分以上を社台グループ出身馬が占めるのは当たり前のような状況です。


善哉氏の夢のつづき

善哉氏が素晴らしいのは、自身の一代ではなく、照哉氏や勝己氏に仕事を引継ぎ、自身の他界後にむしろグループの発展が加速するほどの土台を作った事だと思います。

晩年、善哉氏は番頭の菊池勇次郎氏に「アメリカでもう一度、デカい仕事がやりたかったなあ。」と話したそうです。

その夢は息子たち、孫たちに引き継がれ、善哉氏が日本に連れてきたサンデーサイレンスの血が世界を駆け巡っています。

今年の秋に行われる世界最高峰のレースと言われる凱旋門賞の前売り1番人気は"日本近代競馬の結晶”ディープインパクト(父サンデーサイレンス)の娘でノーザンファーム産のスノーフォール。日本からはこれも母系にサンデーサイレンスの血を持ち、同じくノーザンファーム産のクロノジェネシスも遠征予定。

凱旋門賞を日本産の馬が勝つことは、今年はもちろんチャンスがあると思いますし、例え今年叶わなくても、近い将来きっと叶う夢だと思います。

世界には他にもビッグレースがありますので、一ファンとしてはもっと大きな夢を、と期待してしまいます。


映画化は・・ウマ娘の方が先かな、、

読み応えのある本を読むと、すぐ映画化して欲しいなぁ・・と思ってしまうのですが、特にこの本は映像化しても見応えのあるシーンの連続になるんじゃないかと妄想します。凱旋門賞をスノーフォールやクロノジェネシスが勝ったら、それを祝して・・とか・・ないかな?

ウマ関係で言うと、ウマ娘の方が映画化の可能性ありそう??(笑)
(・・ウマ娘詳しくないので、これ以上話広げられない・・)。

・・本書のラスト近く、善哉氏に向けた弔辞のひとつとして、照哉氏が盟友であるアメリカのホースマン、アーサー・ハンコック三世が詠んだ散文詩『裏庭で』を選び、その詩が引用されています。その内容は、父から息子への、自分がいなくなった後を託すメッセージであり、息子がそれを受けての決意を示すものとなっています。これがすごく感動的で、もしいつか吉田善哉氏の人生が映画化されたら、ぜひラストシーンかエンドロールに使って欲しい。


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