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長島信弘「競馬の人類学」を読んだ。

岩波新書では珍しい、たぶん唯一?の競馬本。(もし勘違いだったらすみません)。
文化人類学者の長島信弘さんによる、1988年発行の本。

Amazonで調べてみたところ古い本だからといって手に入りにくいこともない模様。
自分は神保町の三省堂古書館で200円で買いました。この本のことを知らなかったのですが、すっと手が伸びました。

このnoteではこのぐらいの時期の本を取り上げることが多いのですが、なんかこの時期の競馬本が好きなんです。今も読める本、つまり古くなっていない本が多い気がします。

この本ですが、章構成がまずしゃれていて、8章から成るのですが、「章」ではなく、競馬にならい「枠」で構成されています。

特に面白く読めたのは最初の1枠「馬は駆ける、人は賭ける -文化表現としての競馬」。それから3枠「射幸心は原罪か?」、あとは5枠の「草競馬流浪記外国篇 -カリブ・ケニア・タイ」

好きな枠を中心に紹介したいと思います。

1枠 馬は駆ける、人は賭ける -文化表現としての競馬

競馬を通しての文化比較ということで、敢えて日本から地理的にも文化的にも遠く離れたところ、ということでトリニダード・トバゴの競馬が取り上げられます。(本記事のTOP写真は、トリニダード・トバゴ競馬のレースクラブのホームページから拝借しました。)

著者は、「おそらくこれまで日本人が誰一人として見たことのないと思われる競馬場」と書いています。確かに、当時はおろか、現在でもなかなか生でトリニダード・トバゴの競馬を見た人はいないと思います。(もちろん、自分もないです。)

著者が実際に観戦したトバゴ競馬は、世界中でもっとも貧弱なもののひとつであろうが、それでも近代競馬の基本的要素はすべて備えているとのこと。

その確認のためのアプローチが面白くて、文化比較の第一歩のようですが、以下のように競馬を構成する要素をリストアップします。

<空間>競馬場と競馬を開催するための諸施設・・入場券売り場と入口、外縁空間、走路とそれに囲まれた空間・・などなど。
<組織>競馬運営のための様々な組織
<人馬>騎手、調教師、厩務員・・などなど。
<物>入場券、プログラム、新聞、スタート装置、テレビジョン。
<馬券>単勝、複勝、連勝単式、連勝複式・・などなど。
<時間ーイベントと人々の行動>第一レースから最終レースまで、一定の流れがある。パドック、馬場入場、返し馬、この間観客は馬を見たり馬券を買ったり歓談したり飲食をしたり。スターターの合図、ゲートイン、ファンファーレ。レーススタート、実況放送、ゴールイン。着順決定、審議・抗議の際は裁決があり、レースの確定・払い戻し金額の発表。そして次のレース。大レースの日にはアトラクション。
<色彩>騎手の勝負服、馬の覆面、観客の服装などなど。
<音>ファンファーレの音、スターティングテートの開く音などなど。
<賞>勝った馬や成績上位の馬の関係者には賞金や賞品が与えられる。
<払い戻し>窓口で的中馬券の払い戻しを受ける人たちの列。得意そうな声。

著者によると、「他にもまだ捜せば万国共通の要素はあるだろう。ただ、いくら個別的要素を並べても競馬のトータルな雰囲気は出ない。そしてそのトータルな雰囲気に文化差が出てくるのだ」そう。

そしてそれは、「他の”見るスポーツ”と違って、競馬では観客も実によく動くことにその一因がある。観客もまたこのゲームのプレーヤーだからである」と書いています。

確かに、競馬は野球観戦や大相撲観戦とは違い、観客自身の参加度合いが高いです。著者も言っていますが、祭やカーニバルにも通じるところがあります。

競馬の魅力を簡潔に言い表すのが難しかったのですが、この本の以下の部分はなるほどな〜、その通りだな〜と思いましたのでまた引用します。

競馬の魅力は何かと考えてみると、知的推理をともなったギャンブルに、馬と人の織りなすドラマへの陶酔(いわゆるロマン)、それに加えてファッションを伴った祝祭性があると思う。
祝祭性というのは、一つの中心的イベントを核として雑踏があり、見世物や飲食があり、ささやかな(あるいは途方もない)浪費と不道徳性、というよりも日常の掟からの解放があり、お祭り騒ぎの中で混沌とした制御されない生命力が溢れ出るような時間と空間をいう。

さらに、女性や子供の参加は不可欠であり、カリブ海諸国の競馬に祝祭性が強く感じられるのは、まさにこの点にあるそうです。

確かに、トリニダード・トバゴのレーシングクラブのHPからはお祭り感が伝わってきます。明らかにJRAのHPとは雰囲気が異なります。

以下のような感じで、上の写真は競馬場のスタッフだと思います。下は、ヤギのレースのようです。

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ヤギのレースはお祭りの日に催されるようです。ヤギ券を買うことができるのかは不明・・(笑)。

2枠 太古の人も馬に賭けた 古典にみる競馬の起源

古代の競馬に近代競馬とつながる要素があるのか、競馬が登場する古代の叙事詩を読み解いています。
とっつきにくさを解消するために現代風の実況放送を模して古代に行われた競馬の様子を紹介してくれているのが面白いです。
ちなみに、古代競馬の優勝賞品は「女たち」で、著者も古代的ですごい、と書いています。

日本の歴史では、文武天皇の大宝元年(701年)に、宮廷における神事祭礼の一部として「走馬」が行われた、という記録が競馬に関連する最初の記述だそうです。

3枠 射幸心は原罪か? -競馬の社会的負価性

日本社会における競馬の「マイナスイメージ」について考察した章です。

競馬はいかがわしいものなのか、ということについて、著者の個人的な体験や、周辺の人のエピソードが語られています。

面白いエピソードの一つとして、80年代にJRAの理事長を務めた内村良英氏は、競馬会への転職が決まった時、そんな世間体の悪いところは困る、という理由で大学教授の夫人に猛反対されたそう。その後、内村氏が夫人を競馬場に連れて行くと、夫人はこれはなかなか良いものだ、と分かってくれたそうですが。

自分の個人的な体験として、昔会社で「趣味は競馬」と話したら、同僚の女子に「だめだこりゃ、、」と言われてしまい、そういう風に思う人もいるんだな、と思ったことがあります。

競馬のイメージは明るくなったとはいえ、まだ人によってはマイナスイメージが強いこともあるんでしょうね。

この章で同感した部分を引用しておきます。

ネガティブな要素を拡大して他人を低くみる態度ほど不快なものはない、と個人的には考えている。アフリカ難民の為に寄付する千円と、一瞬の興奮のために馬券に投ずる千円を優劣つけて考えるのは真の意味での人間の自由を否定するものでさえある。

4枠 一味ちがう本場のベッティング -イギリス競馬と社会

著者は合計4年近くイギリスに滞在し、相当競馬に親しんだそうです。

イギリス競馬の起源から当時の最新の馬券種類やオッズの見方、賭け店についてまで、確かに相当競馬をやり込んでいたんだろうな、という熱のこもりっぷりで詳しく書かれています。

5枠 草競馬流浪記外国篇 -カリブ・ケニア・タイ

競馬大国とは言えない国々での旅打ちの記録。

ケニアの競馬場が、行ってみたらゴルフ場だった、という話が面白かったです。

ゴルフ場だから起伏が激しい。そのうえ雨が降ってドロンコ状態のコースで障害レースや子供のポニーレースまで行われたそうです。

障害レースの騎手の体重をみると70キロとか(笑)。

日本でもポニーレースは毎年一度行われますが、もっとやっても面白いと思うんですけどね。ポニーはかわいいし、中には騎手志望の子もいる子どもたちの追いっぷりにも結構興奮します。

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全国ポニー競馬選手権「ジョッキーベイビーズ」。以下のJRA HPのリンクから動画も見ることができます。
https://www.jra.go.jp/company/racing/jb/

ケニアではポニーレースも馬券が買えるそうです。・・日本では難しそうですね。上の写真を見てもわかる通り、スタートのゲートがないんで、ダッシュが悪いポニーを買った人は「公平競馬じゃない!」とかクレームをつけそうです(笑)。

6枠 事なかれ主義の軟式競馬 -日本競馬の現在

当時の日本競馬に対する意見や提言をまとめた章で、競馬評論家の赤木駿介氏との対談なども収められています。

本自体が約30年前の本なので、著者の提言のうちいくつかはすでに実現されていますが、その中で個人的には「難しい馬券は10円で買えるようにすること」というのはいつか実現したらいいな、というところです。

馬券はできればしぼって買いたいとは思うのですが、宝くじ的に三連単を買いたい気分な時もあります。そんな時、10円とは言わずとも一点50円ぐらいで買えるといいのにな、とは思います。

7枠 情報信ずべし、信ずべからず(菊池寛) -予想と情報

この章は流し読みで済ませてしまいました・・。

著者が競馬を予想する上でのファクターの整理、信頼に足る予想家はいるか(→結論としては結局いなかった)、などが書かれています。

8枠 胸つぶるるもの、競馬(くらべうま)見る(清少納言) -私の競馬戦歴25年

著者の馬券戦略や、25年間の収支について書かれています。

競馬歴25年でプラス300万円、という戦績に驚愕です(笑)。

相当な名人だと思います。

著者が初めて馬券を買ったという1962年の日本ダービー(勝ち馬はフェアーウイン)の時のエピソードも面白いです。修士論文を書くために大学から借りた研究書の貸し出し超過罰金を捻出するために初めて馬券を買ったそうです。

あとは、ダービー後の二ヶ月ぐらいはあまり馬券を買わず、よくわからないのでしっかり研究した、というあたりは、さすが研究者は違うな〜と感じました。

以上、いちばん面白かった1枠の紹介だけ明らかに長い記事になってしまいました。

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